042.開戦
沈黙のなかに、何かが蠢いていた。
空気は氷のように冷たく、乾いた息すら張り詰めた空間を裂く。ジコネーとニーツーノのスタッフたちが向かい合い、互いの指先ひとつが合図になり得る、戦の幕開けを待つ静謐な間合い。
その均衡を壊したのは、老人の言葉だった。
場違いなくらい明るく、しかし底がない。
「地下室は有効活用したほうがいいんだよ!」
その一言に、銃声が答えた。
ヤーガーマの部下、黒服の1人が先に動く。
胸元から抜かれた銃が黒光りし、閃光が咲く。
破裂音とともに、薄い空気を切り裂いた。
「あ……、ぷ……、ぱ……」
三下らしい悲鳴。
それよりも早く、ルミナエルスが先に叫んでいた。
クシードが放った弾丸は正確に男の左脚を撃ち抜く。
骨を叩く乾いた衝撃。
遅れて重い悲鳴が落ち、黒服の体が床へ沈んだ。
「ジコネーさんを守るよッ!」
パーレットの声が鋭く響く。
消防団員たちも一斉に構えを取った。
二人は拳を打ち鳴らし、闘志の狼煙を上げる。
敵はヤーガーマを含む8名。
倉庫の空気は、戦場の形に固まりはじめていた。
【水系魔法・耐侵撃攻防一対壁ッ!!】
敵は魔法を発動する。
床を這うような声と共に水の壁が出現し、視界が塗り潰された。
生ぬるい湿気が頬をたたき、冷や汗と混じって敵味方の位置を曖昧にする。
「下がるでッ!」
優先すべきは、非戦闘員であるジコネーの身。
4人は取り囲むように防御陣形を整えた。背中を預け、呼吸を合わせる。
水の壁は霧散し、視界が戻った。
敵はすでに動いている。
その一歩は無駄がない。
狙いは鋭く、重心が揺れない。
もはや、ただの倉庫作業員ではなく、訓練を受けた戦闘員だ。
微かな足音。
コンクリートを擦る音が耳の奥に張りつく。
――来る。
クシードの視界には、5つの敵影。
いや、動く殺意の塊を捉えた。
鼓動が耳を打つ。
ルミナエルスを跳ね上げると同時に、左肩の筋肉が震えた。
1発、2発。
そして身を翻す。
「うわらばッ!」
銃弾は肉を裂き、肩口と腿に命中。
破裂音の後、重力が遅れて仕事をする。
2人の敵兵が崩れ落ちた。
傍らでは、パーレットの鞭剣が舞う。
華奢な身体が、刃の軌跡だけを残して滑る。
虚空を切り、敵の腕を袈裟に斬り落とすと、そのまま流れるように斬り返して腹を裂いた。
流麗な斬撃。
しかし、美しいのは軌道だけ。
血飛沫が舞い、ハラワタを散らし絶叫が倉庫の天井を震わせた。床に落ちた赤が、靴底に引き延ばされていく。
「――うおおぉッ!!」
残る敵兵に挑むは、屈強な消防団員の2人。
彼らは腕にガントレットを装着し、短剣と警棒を持つ敵と渡り合っていた。
だが、闘いは熾烈。
拳は弾かれ、頭突きによる一閃が1人の団員の眉間に刺さる。
「うぐぅ……」
仰け反った瞬間を逃さず、敵は凶器を振り上げた――。
「オラッ! 死ねよッ!」
凶刃が消防団員へ。
刺突。
刹那。
クシードがその凶刃を、ナイフで掴んだ。
刃を受けた金属が悲鳴を上げ、火花が散る。
「――たわばッ!」
クシードは敵の腕を逆方向へ捻った。
ゴキリ、と関節が外れる鈍い音。
敵の顔が苦痛に歪むより先に、力が抜ける。
「まだやッ!」
身体能力強化魔法を発動。
敵の身体を持ち上げた。
そして、全力で背後のコンクリートへ叩きつける。
骨が砕ける鈍音を倉庫内に響き、ほどなく戦闘員は白目を剥いて力なく倒れた。
「クシードさん、助かりました!」
「気ぃ抜いたらあかんでッ!」
もう1人の消防団員は――。
「ああたああぁーーッ!」
警棒の打撃を喰らい流血しながらも、敵の頭部を壁に叩きつけている。乾いた衝突音が二度、三度。敵の膝が崩れ、最後に滑り落ちた。
これで敵は残り3人。
であるが……、その姿が見当たらない。
ヤーガーマとその他、一体どこへ行った。
クシードは地面を蹴り、高く飛ぶ。
梁に掴まり、倉庫内を見渡すも“動き”が見えない。
「どこにもいてへんぞッ!」
「アイツら、外へ逃げているわッ!」
窓を見遣るパーレットは叫ぶ。
次いで、ジコネーの怒声の似た響きで指示が飛んだ。
「クシードちゃん! パーレットさん! 追ってくれッ! それと、消防団員の2人はコッチだッ! 地下を捜索するぞッ!」
ここで、二手に別れて行動する。
迷っている場合ではない――。
クシードとパーレットが外へ出ると、戦場は拡がっていた。
まず目を引いたのは、あまりに異質な存在……。
「……サイクロプス?」
「何言ってるの!? “ニードタンガ”じゃんッ!」
どっちでもいい。
それより――。
「あれはモノノケ……やんな?」
「アイツら“口寄せ”と“あやつる”のグリスタの使い手ね」
つまり召喚と使役の合わせ技。
一つ目の巨人が2体。術者は肩に乗り、騎手のようにモノノケを操作している。
巨体が一歩踏むだけで地面が震え、瓦礫が跳ねた。
クシードは瞬時に戦況を見極める。
自衛団の8名はどこからか湧いた、敵の増援部隊を相手にしていた。
アマレティはメイスを構えながら巨人を警戒しつつも、口元が微かに動いている。
おそらく、魔法の詠唱をしているのだろう。
ミルフィはいない――、いや、建物の影に隠れていた。預けたショットガンへ寄り添うように、強く抱えている。
だが、オゥタニサの姿がどこにも見えなかった。
「クシードッ! ボサっとしてないで行くわよッ!」
彼の安否は後だ。
今はとにかく、この場の制圧を優先しなければ。
真っ先に巨人を斃す。
だが、ルミナエルスでは火力不足……。
クシードはミルフィの元へと急いだ。
影から影を縫い、最短距離で。
「ミルフィッ! 銃をッ!」
クシードの声を聞き、ミルフィの表情に光が宿る。
怯えながらもレバーアクション式ショットガン“ハーヴィスロート”をクシードに差し出した。
即座に弾薬を装填。
スラグ弾、威力を優先する――。
「ミルフィ。落ち着いて勇気を出し、周りをよう見るんや。ええなッ!?」
諭すようで、命令にも似ている。
ミルフィは荒い呼吸の中で、きゅっと唇を結び、しっかりと頷いた。
「よしッ!」
クシードはミルフィの肩に手を添えると、戦場へと戻った。
彼女は、その背中をそっと見送る。
“無理はしないで”と、言葉にならない祈りを胸に抱きながら――。




