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銃とスケッチブック  作者: ジュウニシカナ
第3章 古の英雄とトサブジエカ
42/43

042.開戦

 沈黙のなかに、何かが蠢いていた。


 空気は氷のように冷たく、乾いた息すら張り詰めた空間を裂く。ジコネーとニーツーノのスタッフたちが向かい合い、互いの指先ひとつが合図になり得る、戦の幕開けを待つ静謐(せいひつ)な間合い。


 その均衡を壊したのは、老人の言葉だった。

 場違いなくらい明るく、しかし底がない。


「地下室は有効活用したほうがいいんだよ!」



 その一言に、銃声が答えた。


 ヤーガーマの部下、黒服の1人が先に動く。

 胸元から抜かれた銃が黒光りし、閃光が咲く。

 破裂音とともに、薄い空気を切り裂いた。


「あ……、ぷ……、ぱ……」


 三下らしい悲鳴。

 それよりも早く、ルミナエルスが先に叫んでいた。


 クシードが放った弾丸は正確に男の左脚を撃ち抜く。

 骨を叩く乾いた衝撃。

 遅れて重い悲鳴が落ち、黒服の体が床へ沈んだ。

 


「ジコネーさんを守るよッ!」


 パーレットの声が鋭く響く。

 消防団員たちも一斉に構えを取った。

 二人は拳を打ち鳴らし、闘志の狼煙を上げる。


 敵はヤーガーマを含む8名。


 倉庫の空気は、戦場の形に固まりはじめていた。




水系魔法(サーヴァイア)耐侵撃攻防一対壁(レータランル・オー)ッ!!】



 敵は魔法を発動する。

 床を這うような声と共に水の壁が出現し、視界が塗り潰された。


 生ぬるい湿気が頬をたたき、冷や汗と混じって敵味方の位置を曖昧にする。



「下がるでッ!」


 優先すべきは、非戦闘員であるジコネーの身。

 4人は取り囲むように防御陣形を整えた。背中を預け、呼吸を合わせる。


 水の壁は霧散し、視界が戻った。


 敵はすでに動いている。


 その一歩は無駄がない。

 狙いは鋭く、重心が揺れない。

 もはや、ただの倉庫作業員ではなく、訓練を受けた戦闘員だ。


 微かな足音。

 コンクリートを擦る音が耳の奥に張りつく。

 

 ――来る。


 クシードの視界には、5つの敵影。

 いや、動く殺意の塊を捉えた。


 鼓動が耳を打つ。

 ルミナエルスを跳ね上げると同時に、左肩の筋肉が震えた。


 1発、2発。

 そして身を翻す。


「うわらばッ!」


 銃弾は肉を裂き、肩口と腿に命中。

 破裂音の後、重力が遅れて仕事をする。

 2人の敵兵が崩れ落ちた。



 傍らでは、パーレットの鞭剣が舞う。

 華奢な身体が、刃の軌跡だけを残して滑る。

 虚空を切り、敵の腕を袈裟に斬り落とすと、そのまま流れるように斬り返して腹を裂いた。


 流麗な斬撃。


 しかし、美しいのは軌道だけ。


 血飛沫が舞い、ハラワタを散らし絶叫が倉庫の天井を震わせた。床に落ちた赤が、靴底に引き延ばされていく。




「――うおおぉッ!!」



 残る敵兵に挑むは、屈強な消防団員の2人。

 彼らは腕にガントレットを装着し、短剣と警棒を持つ敵と渡り合っていた。


 だが、闘いは熾烈。


 拳は弾かれ、頭突きによる一閃が1人の団員の眉間に刺さる。


「うぐぅ……」


 仰け反った瞬間を逃さず、敵は凶器を振り上げた――。


「オラッ! 死ねよッ!」


 凶刃が消防団員へ。



 刺突。



 刹那。

 クシードがその凶刃を、ナイフで掴んだ。

 刃を受けた金属が悲鳴を上げ、火花が散る。

 

「――たわばッ!」


 クシードは敵の腕を逆方向へ捻った。

 ゴキリ、と関節が外れる鈍い音。

 敵の顔が苦痛に歪むより先に、力が抜ける。


「まだやッ!」


 身体能力強化魔法を発動。

 敵の身体を持ち上げた。


 そして、全力で背後のコンクリートへ叩きつける。


 骨が砕ける鈍音を倉庫内に響き、ほどなく戦闘員は白目を剥いて力なく倒れた。


「クシードさん、助かりました!」

「気ぃ抜いたらあかんでッ!」


 もう1人の消防団員は――。


「ああたああぁーーッ!」


 警棒の打撃を喰らい流血しながらも、敵の頭部を壁に叩きつけている。乾いた衝突音が二度、三度。敵の膝が崩れ、最後に滑り落ちた。


 これで敵は残り3人。

 であるが……、その姿が見当たらない。

 

 ヤーガーマとその他、一体どこへ行った。


 クシードは地面を蹴り、高く飛ぶ。

 梁に掴まり、倉庫内を見渡すも“動き”が見えない。


「どこにもいてへんぞッ!」


「アイツら、外へ逃げているわッ!」


 窓を見遣るパーレットは叫ぶ。

 次いで、ジコネーの怒声の似た響きで指示が飛んだ。


「クシードちゃん! パーレットさん! 追ってくれッ! それと、消防団員の2人はコッチだッ! 地下を捜索するぞッ!」


 ここで、二手に別れて行動する。

 迷っている場合ではない――。



 

 クシードとパーレットが外へ出ると、戦場は拡がっていた。

 まず目を引いたのは、あまりに異質な存在……。

 

 

「……サイクロプス?」

「何言ってるの!? “ニードタンガ”じゃんッ!」


 どっちでもいい。

 それより――。


「あれはモノノケ……やんな?」

「アイツら“口寄せ”と“あやつる”のグリスタの使い手ね」


 つまり召喚と使役の合わせ技。

 一つ目の巨人が2体。術者は肩に乗り、騎手のようにモノノケを操作している。


 巨体が一歩踏むだけで地面が震え、瓦礫が跳ねた。


 クシードは瞬時に戦況を見極める。


 自衛団の8名はどこからか湧いた、敵の増援部隊を相手にしていた。

 

 アマレティはメイスを構えながら巨人を警戒しつつも、口元が微かに動いている。

 おそらく、魔法の詠唱をしているのだろう。


 ミルフィはいない――、いや、建物の影に隠れていた。預けたショットガンへ寄り添うように、強く抱えている。


 だが、オゥタニサの姿がどこにも見えなかった。


「クシードッ! ボサっとしてないで行くわよッ!」


 彼の安否は後だ。

 今はとにかく、この場の制圧を優先しなければ。


 真っ先に巨人を斃す。

 だが、ルミナエルスでは火力不足……。


 クシードはミルフィの元へと急いだ。

 影から影を縫い、最短距離で。


「ミルフィッ! 銃をッ!」


 クシードの声を聞き、ミルフィの表情に光が宿る。

 

 怯えながらもレバーアクション式ショットガン“ハーヴィスロート”をクシードに差し出した。


 即座に弾薬を装填。

 スラグ弾、威力を優先する――。


「ミルフィ。落ち着いて勇気を出し、周りをよう見るんや。ええなッ!?」


 諭すようで、命令にも似ている。

 ミルフィは荒い呼吸の中で、きゅっと唇を結び、しっかりと頷いた。


「よしッ!」


 クシードはミルフィの肩に手を添えると、戦場へと戻った。

 彼女は、その背中をそっと見送る。

 


 “無理はしないで”と、言葉にならない祈りを胸に抱きながら――。

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