043.馬を撃て
轟音。
それは怒号でもなければ、銃声でもない。
殺意そのものが具現化したような叫びが、白昼下の倉庫街に響き渡った。
剣と魔法。
斃し、斃される。
自衛団の若き勇者たちは、暗躍する犯罪組織と戦う。
訓練された戦闘員たちは人間の皮を被ったまま、肉を裂き、骨を折り、そこに残るはただの肉塊。
――傷つく覚悟はできている。
モノノケ討伐で鍛え、いつか来る悪党との戦いを夢想してきた。
それが今、現実となっている。
西側ではロクエティアの名を借りた反逆者たちのせいで、国中から憲兵たちが招集されてしまい警備が手薄になった。
治安は悪くなったが、今は国の一大事。
こんな田舎から憲兵を減らせば分かりきっている。
だからこそ――。
「俺らの町を汚してんじゃねぇぇぇーッ!」
建屋内で突如響いた銃声。
3人の輩が飛び出してきたかと思いきや、剣を持った1人は逃走、残りの2人がモノノケを口寄せてきた。
同時に、どこから来たのか獲物を持った5人の敵が雪崩れ込む。
躊躇は要らない。
出会った瞬間に斃す。
それが答えだ――。
自衛団の青年は槍を振り回す。
戦闘員が身体を捻り、槍先は空を裂いた。
しかし、青年の目はすでに動きを捉えている。
足腰に力を入れ、一歩で間合いを詰める。
戦闘員の体勢が崩れる。
槍を逆手に持ち替え、そのハラワタを――。
悪を討つッ。
「――ッ!」
槍は確かに敵を貫いた。
戦闘員は血泡を吐きながら笑う。
「ハハ……、犬……死……だな……」
「……でも、好き勝手は……させねぇ……」
青年も背後から放たれた槍の投擲魔法に身体を射抜かれ、若き命は地に伏してしまった――。
――混乱する戦場。
クシードはそれらを振り返る余裕は無い。
あの地下倉庫には、アヴスーメや他に攫われた人がいると見て間違いない。
平和を奪い、私利私欲のために行動し、口封じのために牙を向ける。
つまらない悪党たちだ――。
クシードはショットガンを構え、巨人“ニードタンガ”を睨む。
振り上げた巨躯の剛腕は、パーレットへ向かった。
身体が開く。
――今だ。
独特の甲高い音とともに、スラグ弾が飛ぶ。
「――なッ!?」
確かに命中した。
しかし、硬質な音を立てて銃弾が砕け散る。
一瞬ではあるが閃光がニードタンガを包んだ。
一体、何が……。
巨人は何事も無かったかの様に、石畳の舗装を叩き割る。
紙一重。
パーレットは豪腕を宙を舞って躱す。
【――二段階強化・雷系魔法・前方三点放射弾ッ!!】
攻撃から生まれた僅かな隙を突き、アマレティは雷魔法を放った。
3つの雷球が巨人を襲うも、寸前で閃光が走り雷魔法も霧散。
これはもしや――。
「“障壁”のグリスタよ! 反転魔法を展開しているわッ!」
なるほど、防御系の魔法か。
「じゃあ、どうすりゃええねんッ!」
「そのまま攻撃してッ! 割れた瞬間ブッた斬るッ!」
パーレットの作戦は、バリアを叩いての破壊。
シンプルでとても良い作戦だ――。
クシードは、一軒家に相当する2体のニードタンガを視界に収めた。
その内の1体が、急に吼える。
威嚇……とは違う。
何かに応えたようだった。
その証拠に、重い一歩を踏み出し、戦場を揺らす。
おそらく、肩に座る柄物のネクタイと黒いネクタイを締めた小柄な術者が、各々、何か指示を出したのだろう。
この術者が装備しているグリスタは、おそらく“口寄せ”“あやつる”“障壁”そして、属性の標準グリスタと予想される。
平均的な装備可能数は、3〜4と聞いているが、身体能力を強化できる標準グリスタを装備しないのは、この世界の人間ではまずあり得ない。
それに肩に乗っている術者達の、“あやつる”のグリスタの精度は、精密では無いと思える。
手綱を握る乗馬状態だからだ。
つまり、巨人の意思もあると思える。
裏を返せば巨人の物理攻撃以外に、術者の魔法攻撃にも注意しなければならない。
「――バリアをブッ壊すからぁ〜! 時間稼いでぇ〜ッ!」
アマレティは叫んだ。
具体的な意図はわからないが、何か強力な魔法でも叩き込むのだろう。
彼女を信じる。
援護に専念だ――。
クシードは巨人の気を引くため、前進。
銃口を向け、発砲。
砕け散る銃弾の奥から、ニードタンガの剛腕が迫った。
捕まれば、粘土のように潰されるだろう。
クシードの脳髄がピリリと刺激を受けるも、息を呑み、ローリングで股下を駆け抜ける。
銃を撃つ。
ターゲットは総柄のネクタイの術者だ。
肩先を狙うも、銃弾は予想通り散った。
だが、敵の視線は他。
牽制がまだ効いていない。
「オイッ! バリアの防音は万全なんか!?」
術者は目線を合わせようとしない。
本当に聞こえないか、過信しているかどちらかだろう。
「なら、騒音サービスを始めたるわッ!」
クシードは足元に転がる石を投げては、銃を放つ――。
それが五月蝿いと感じたのか、術者はクシードを見た。
よし、牽制は成功した。
このまま続行する。
【――地系魔法・フォンアシュークッ!!】
突如、クシードの鼓膜を打った魔法名。
声の先には彼に向けて、赤黒い魔法陣が出現していた。
しまった。
もう片方の術者に隙を与えてしまっていた。
鋭利な岩石が射出する。
それも一つではない。
まるで岩石の機関銃。
――まずい。
クシードは即座に身体を翻した。
「痛ッ!」
初撃を喰らった。
右脇腹と右腕から赤い筋が走る。
幸い軽傷。
このまま走り続けて回避。
黒いネクタイの術者は腕を動かし、クシードを追尾した。
「……ッ」
コイツらの連携、見事だ。
近づけば潰され、離れれば撃たれる。
そして、鉄壁の防御。
まさに人馬一体。
無理な体勢からの全力疾走で、もはや筋肉は痙攣し、悲鳴を上げている。
どう戦う。
どう攻める……。
「ハァ……、ハァ……」
クシードは額を伝う汗を拭う。
「ふぅ……」
そして、ルミナエルスを静かに抜いた――。
冷静に考えれば、あれこれ悩む必要なんてなかった。
確かに、攻撃力と防御力は上かもしれない。
ただ、素早さと命中率はこちらが勝っているのだ。
だから、先人の知恵を拝借しよう。
『将を射んとせば先ず馬を射よ』だ――。
身体能力強化魔法で脚力を強化。
クシードは、抗議するふくらはぎの筋肉を無視し、高速移動を開始する。
黒いネクタイの術者が駆る巨人の頭部に照準を定め、ルミナエルスを放った。
もう一度。
それも挑発的に。
霧散する銃弾の先で、ギョロリと一つ目と眼が合った。
「――さぁ、コッチやッ!」
クシードは背後へと回ると、ニードタンガは彼を追った。
身体を大きく旋回する。
「アホやな……」
クシードは呟き、口元が緩んだ。
シートベルトのようなものも無いのに、暴れ馬の手綱を握っている。
ニードタンガの自律的な行動と、術者のコントロールしようとする抑制的な行動。
相反する出来事が衝突すれば当然――。
「うわあああぁぁーーッ!」
バランスが崩れる。
術者は悲鳴を、巨人は轟音を上げながら地に堕ちた。
「アマレティィィッ!」
クシードは吼えた。
――足の筋肉はもう、限界だ。
彼女は身を覆えるほどの大きな雷の盾を、5つ纏っていた。
「起きろぉぉーーッ! あ、あの魔法はヤバいッ!!」
総柄のネクタイの術者の焦りが尋常じゃない。
初見の魔法だが、見るからに強力。
相当ヤバいのだろう。
「行っけぇーーーッ!!」
いつものふわりとした口調に、強さも混じったアマレティの号令。
砲弾の如く発射された1発は、耳をつんざく雷鳴を轟かせると消滅した。
「もう1発ぅーーーッ!!」
再び響く爆裂音。
微かにガラスが割れる音もある。
耳が痛い。
鼓膜がおかしくなりそうだ……。
「ルークォス流剣技……ッ!」
轟音が鳴る中、パーレットが剣技名を叫んだ。
煌々と輝く鞭剣。
華奢な身体が一回り大きく隆起――。
「獅子昇天牙・繚乱ッ!!」
斬り上げの一閃は、ニードタンガを真っ二つに裂いた。
爆炎の大輪も咲かせながら――。
◆◆◆
クシード達がニーツーノの倉庫から外へ出る少し前のこと。
剣を持ち、部下を引き連れて出てきたヤーガーマの姿が、オゥタニサの眼に鋭く止まった。
響いた銃声。
武装した姿。
只者ではないのは一目瞭然である。
「――始末しろッ!」
ヤーガーマは部下達へ命令を下す。
これは、オゥタニサ達を敵と認識しているからではない。
ただ単純に、今の騒動を見られたからである。
2体のニードタンガが出現すると、ヤーガーマ自身は影へと去ろうとした。
同時にオゥタニサは瞬時に悟る。
奴を決して逃してはならないと――。




