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銃とスケッチブック  作者: ジュウニシカナ
第3章 古の英雄とトサブジエカ
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037.老剣士の願い

 アヴスーメがいなくなった。

 ほんの一瞬、目を離した――その隙にだ。



 あれほど注意していたのに。

 混雑を警戒して、手をつなぎ、目線を合わせ、万全を期したつもりだった。

 それでも、その現実は誰の手からも零れ落ちるように、あまりに簡単に起こってしまった。

 


「アヴスーメちゃーーーーーんッ!!」


 怒号のような必死の呼び声が、祭りの喧噪に飲まれていく。

 クシード、パーレット、アマレティは、その名を何度も叫んだ。

 

 後で合流したミルフィも事を知り、地面に膝をついてうなだれてしまい、彼女の小さな肩が震えた。


 彼女は悪くない。

 そう、誰も悪くは無いんだ。


 事態は突然で、理不尽。

 全員が言葉を失っていた。

 

 

 祭りへとやって来ていたジコネーやオゥタニサの友人、知人達も何事かとすぐに反応する。


「孫が……」


 なんとも言えない苦痛を堪えるかのように、ジコネーは喉の奥から言葉を絞り出した。

 

 だが、皆、口を揃えて同じことを言う。


 

 見ていない、と――。



 誰一人、アヴスーメの姿を見ていないという。

 あまりにも不自然な沈黙だった。

 

 

「おい、憲兵に知らせるぞッ!」

「自衛団のアイツらにも聞こう!」


 

 有志の呼びかけによって、人海戦術が敷かれる。見知った顔が知人を呼び、またその知人が他の仲間を連れ、捜索の輪は瞬く間に広がっていった。


 その間にも、オゥタニサは祭りの警備員に詰め寄る。

 

「――なぁ、警備員さん。不審者を見てねぇか?」


 オゥタニサは聞く。

 観客は楽しむことがメインのため、不審者の存在に気づいていないのかもしれない。

 

 しかし、返ってくるのは同じだった。


「いや、見てないな」

 

 歯噛みしそうな思い。

 やりきれない思いは胸に、オゥタニサは言葉を飲み込む。


「ジコネー、アネニヨ。俺は実行委員会へ言いに行く」


 無能な警備員達だ。

 これは雇った本人に直接言った方が早い。

 

「クシード、ついて行ってあげて。あたしはここに残るわ」


 パーレットはその場に留まり、絶望の只中にあるジコネー夫妻、ミルフィ、アマレティ達に寄り添うと決めた――。



◆◆◆




 収穫祭の会場はトサブジエカの中心にある公園内で開催されており、その一角に実行委員会の本部がある。


「……ナイッツじゃねぇか」


 オゥタニサは、眼鏡をかけた茶髪の若い事務官に声をかけた。


「オゥタニサさん、どうしたんですか?」

「ジコネーの孫娘が行方不明になったんだ」

 

「えっ、そうなんですか? 今年は書類の不備があって警備員が増えたんですねどねぇ……」


 その瞬間、怒声が響き渡った。

 

「呑気なこと言ってんじゃねぇーよッ!!」


 辺りの喧騒が静まり返る。

 オゥタニサの剣幕に、ナイッツはただ立ち尽くすしかなかった。


「役立たずな警備員を大量に雇いやがって……。税金の無駄使いが役人の仕事なのかッ!?」

「そ、そんなことないですよ! 組織的な動きだと警備員ではわからないですよ!」


 ――ナイッツの言葉に、クシードの眉は違和感を感じて僅かに動いていた。


「とにかく探せ! 警備員全員にそんな指示をしろ!」

「でも委員長の許可が……」


「人命優先だろうがッ! 町長に言うぞ!」

「わ、分かりました!」


 ナイッツは慌てて本部を飛び出す。


「何が委員長だ。これだから役人は……」

「最初から町長に言ってはダメなんですか?」


「確かにその方が早ぇ。町長とは旧知の仲だからすぐに動いてくれる。けどよ、今回の捜索依頼は、半ば個人的なことだ。役人は私情だと動けねぇからな……」

「周りから固めていく、と言うやり方なんですね」


「そういうことだ。よしッ、次は憲兵のとこに行くぞ」


 


 ――オゥタニサはこの町の元憲兵とあって、現役の憲兵にも知り合いがいる。人脈を駆使し、ジコネー夫妻の大切な孫娘を探すため詰所へと向かった。


「――オゥタニサさん! 内容は把握しております!」

「そうか。すまねぇが、協力してくれねぇか?」


 詰所の若い憲兵は、敬礼をしながら答える。


「ジコネーさんには皆んなお世話になっております! 失踪の件は上官にも報告済みで、すでに捜索は始まってます!」

「さすがだな」


「最近は不可解な行方不明者が多いですから、治安維持の面子にかけてでも、絶対に見つけ出しますッ!」


「ん? 不可解……?」


 拳を握りしめ、やる気を見せる若手の憲兵とは対照的に、クシードは眉を寄せた。


「ええ。多くの人が集まっているのに、なぜか目撃者がいないのですよ」

「今回のアヴスーメの状況と一緒だな」


「ある程度の年齢ならば、家出も考えられます。ただ、アヴスーメちゃん同様、小さな子供が忽然と消えるのです」

「普通なら泣き叫んでもおかしくないのにな……」


「転移系の魔法か何かではないんですか?」


「そんな便利な魔法なんて存在しないよ。クシードちゃん」


 魔法は何でもできると思っていたが、どうやら限界があるようだ……。


 ならば被害者の知り合いによる犯行……。

 いや、何件も同様に起きているとなれば、その可能性は低い。


 そう考えると、確かに不可解だ。


「まぁ、とにかく知っている人全員に声をかけたんだ。田舎町だから何かしらあるだろう」


 オゥタニサは重いため息混じりに語った――。




 


 クシードとオゥタニサが現場へ戻るとジコネー夫妻は、少しだけ落ち着きを取り戻していた。

 そのそばで、ミルフィとアマレティが静かに寄り添っている。


「ジコネー、アネニヨ。多くの人がアヴスーメの捜索に協力してくれている。じきに見つかるさ」

「ありがとうな。オゥタニサ……」


 深い疲労と、わずかな希望が混ざったジコネーの声。


「気にするな。気持ちは俺も理解できるしよ」


 オゥタニサは小さくなっているジコネーとアネニヨの肩を叩く。

 

 “おじぃじ”としてアヴスーメに親しまれているオゥタニサからしても他人事ではない。

 彼自身も憲兵時代、多くの同僚や部下を亡くしてきた。それに数年前には奥さんも病気で亡くした、とアネニヨから聞いている。

 息子は2人いて、孫もいるが、どちらも都会へ行ったきりほとんど帰ってこないとぼやいていた。

 

 だからこそ――。


 オゥタニサは、アヴスーメを本当の孫のように可愛がっていた。


 

「ところでよ……」


 オゥタニサは改まった態度でクシード達を見る。


「これは俺らの問題でもあるし、この町の問題でもある……、けど……」


 少し大きく息を吸い、オゥタニサは続けた。


「満足のいく報酬は出せない。嬢ちゃん達は冒険者だと知っている。だから断っても構わない」


 オゥタニサは(ひざまず)き、頭を垂れた。


「アヴスーメの捜索に協力して欲しい」


 クシードはパーレットを見ると、口元は綻び、いつもの自信に満ちた眼差しでいた。

 彼女の答えはすでに決まっているみたいだ――。


 

「報酬はアヴスーメちゃんとの再会がいいですね!」



 金より人情。

 その言葉は、場の空気が少しだけ和らいだ。

 

 

 だが、この失踪事件は不可解な点が多い。

 胸中には不穏を抱きつつ、アヴスーメの捜索が始まる――。

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