036.ママおねえちゃん…
朝陽が町を黄金に染めるなか、トサブジエカの空は澄み渡り、爽やかな風が軒先の草花を優しく揺らしていた。
今日から2日間、町を挙げての収穫祭が開催される。豊穣を司る女神に捧げる喜びの日。
だが、その喜びに水を差すように、鋭く切ない叫び声がジコネー宅の空を裂いた。
「もっとママおねえちゃんと、まっくらなおねえちゃんといたいッ!!」
アヴスーメの泣き声だった。
小さな身体を震わせ、顔を真っ赤にしながら、彼女は嗚咽混じりに涙をこぼし続けていた。
無理もない。
ほかの子は親が存在しているのに、自分にはいない。
『どこか遠くへ行っている』
そうとしか教えてもらっていない中、“たまたま似た人”がやってきた。
確かにリビングにある母親の写真は、ネコ科のケモ族だ。
しかし、ミルフィとは髪が長い程度しか似ていない。
本人からすれば、おそらく違うと分かっている。
だけど、それでもいい。
もう一度“帰ってきてくれた”。
一夜限りの来訪者ではなく、長く心の中に空いていた穴を埋めてくれる存在だったのだろう。
残酷な現実である。
それを優しく教えるにはどうすれば良いのか……。
その答えは見つからず、クシード達はおろか、ジコネー夫妻、オゥタニサは胸を締め付けられていた。
「……アア、アヴ、アヴスーメ……、ちゃん……」
大粒の涙を流し、泣きじゃくる少女の元へミルフィは歩み寄る。
「ママおねえちゃん、いっちゃやだぁぁぁーッ!!」
抱きしめられたミルフィの胸元に顔を埋め、アヴスーメはなおも訴えた。
その様子はもはや、我が子をなだめる母親そのもの。
頭を撫でる。
優しく抱きしめる……。
別れを惜しむ感情は、涙で流れただろうか。
程なく、アヴスーメの泣く声がどこかへ消えた頃、ミルフィはスケッチブックを取り出し、ペンを走らせた。
『今日一日、一緒におってあげたらアカンかな?』
パーレットが朗読する。
場の空気が和らぎ、ジコネーはひときわ大きな声で笑った。
「宿はウチを使っていいぜ! なんせ、みんなもう俺の家族だからな!」
「また勝手なこと言うね。でも、ミルフィちゃん、先を急がなくていいのかい?」
アネニヨは気遣いを示すも、ミルフィは首を横に振った。
滞在の延長も美辞麗句ではなく、ジコネー夫妻は大いに歓迎してくれている。
「オレはジコネーさん達やミルフィがOKならええで!」
ミルフィは1日も早く、故郷のオウレに戻りたい。
そんな彼女が自らの意思で、帰郷の先延ばしを選んだ。
止める理由なんて無い。
「そうね。あたしも構わないわ!」
「ウチもぉ〜!」
全員の承諾を得たミルフィは、涙でぐしゃぐしゃになったアヴスーメの顔をそっと拭い、微笑んで頷いた。
「……あ、アヴ、スーメ、ちゃん。今日、まで、おるで……」
「ほんと? ほんとに?」
「……うん……」
ぱっと咲いたような笑顔を浮かべ、アヴスーメは跳ねるように喜びの声をあげた。
「ママおねえちゃん! しゅーかくさいにいこー!」
◆◆◆
半年に1度行われる収穫祭。
どうでも良いが、1ヶ月は28日で13ヶ月ある。
それとは別で、お祭りと言えばパレードやダンスといった催し物を想像するが、トサブジエカの祭りは全然違っていた――。
「アミューズメントパークやんけ……」
クシードの呟きに、パーレットの眉が歪む。
「なによ、その、あみゅーナントカって? エンニチでしょうが」
屋台が軒を連ね射撃ゲーム、ボールすくい、輪っかを投げる遊び等々。
ここは体験型の出店で溢れていた。
「なぁパーレット、あれはなんや?」
「ヤキヌードルじゃん、おいしそうね」
「ほなあれは?」
「チョコバナナじゃん、結構可愛くデコってるわね」
このエンニチと呼ばれるものの数々。
多くの人を魅了しているのも理解できる。
異世界のエンターテイメント力、侮れないな……。
「……ん?」
クシードは遠くの方で威勢の良い掛け声に気づく。
「ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤ――ッ!」
統一されたアウターを羽織り、煌びやかな担ぎ物を大人数で運ぶ集団がいた。
「あの人たちは何をしてんの?」
「クシードちゃん、オミコシを知らねぇのか?」
隣にいたオゥタニサが驚いた様子で言う。
どうやらオミコシは神様の乗り物で、普段は家にいる神様を出張させて方々を巡り、幸運をもたらせているのだと言う。
「なんて言うか、記憶が曖昧で飛んでるところがありますので……」
「そうか……」
ご都合主義の記憶喪失は、どこまで通用するのだろう……。
「……にしても、えらい警備が多くないか?」
エンニチの集客力に驚き周りが見えてなかったが、小さな町のお祭りにも関わらず、町の自衛団に加えて、そこらじゅうに警備員が配置されている。
片方のツノが折れたコーヌ族、眼帯をした男、顔面にタトゥーのあるイームップ族と呼ばれる成人しても子供のような種族。
各々、横切る者を見る目が鋭い。
ただものではなさそうだ……。
「スリやひったくりが多いから、そのための警護かもしれねぇな」
オゥタニサの言う通り、一度離れると再開に手こずるほど混雑している。
彼らの目線の鋭さは、防犯の裏返しなのだろう。
もっとも、人間を壁のように並べているのはやりすぎな気もするが……。
「ジジッ! あれやりたい!」
ともあれ、アヴスーメが祖父母の手を引きお祭りを楽しむ姿を見ると、過剰な警備だからこそ、それを実現できているのかもしれない。
頬やましい光景にクシードは目を細めていると、服の袖を引っ張られた。
“お手洗い”と申し訳なさそうに呟くミルフィだ。
「行っといれ。この辺で待っとるから」
さて、折角の機会でもある。
エンニチを楽しまなければ――。
「パーレット、アマレティ。オミコシの神様のお告げで、アレをせんなんアカンねん」
「素直に射的をしたいって言いなさいよ」
「もぉ〜、しょうがないなぁ〜。ウチがぁ、連れてってあげるよぉ〜――」
――パシュッ。
手渡されたライフルのアイアンサイトを睨み、照準を合わせトリガーを引く。
疾るコルク弾。
放たれた先は鋼板の塔の重点。
ここを射抜けば崩壊する。
だが……。
「あれ? 倒れへんな」
「ヘッタクソね! あんた本当に銃使いなのッ!?」
「違うねん! 銃が悪いんやッ!」
「物のせいにしてるぅ〜」
薄板を折り曲げて積まれただけなのに、まるで固定されているのかビクともしない。
「ほい、ネエちゃん。参加賞だ」
「……」
駄菓子をもらったって全然嬉しくないねん。
「も、もう一回や!」
「素直にヘタクソを認めなさいよッ!」
「そおそぉ〜」
「ええやろうがッ!!」
悔しがるクシード達が過ごす、無邪気な時間。
これからも続くと感じていた。
数秒前までは――。
それは突如、終わりを告げる。
「クシードちゃん達、アヴスーメを見なかったか?」
「……?」
ジコネーの顔面は蒼白し呼吸は荒い。
祭囃子だけが、場違いなほど賑やかに鳴り続けていた――。




