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銃とスケッチブック  作者: ジュウニシカナ
第3章 古の英雄とトサブジエカ
36/43

036.ママおねえちゃん…

 朝陽が町を黄金に染めるなか、トサブジエカの空は澄み渡り、爽やかな風が軒先の草花を優しく揺らしていた。

 今日から2日間、町を挙げての収穫祭が開催される。豊穣を司る女神に捧げる喜びの日。


 だが、その喜びに水を差すように、鋭く切ない叫び声がジコネー宅の空を裂いた。



「もっとママおねえちゃんと、まっくらなおねえちゃんといたいッ!!」


 アヴスーメの泣き声だった。

 小さな身体を震わせ、顔を真っ赤にしながら、彼女は嗚咽混じりに涙をこぼし続けていた。


 無理もない。

 ほかの子は親が存在しているのに、自分にはいない。


『どこか遠くへ行っている』


 そうとしか教えてもらっていない中、“たまたま似た人”がやってきた。


 確かにリビングにある母親の写真は、ネコ科のケモ族だ。

 しかし、ミルフィとは髪が長い程度しか似ていない。


 本人からすれば、おそらく違うと分かっている。

 だけど、それでもいい。

 

 もう一度“帰ってきてくれた”。

 一夜限りの来訪者ではなく、長く心の中に空いていた穴を埋めてくれる存在だったのだろう。

 

 

 残酷な現実である。

 それを優しく教えるにはどうすれば良いのか……。


 その答えは見つからず、クシード達はおろか、ジコネー夫妻、オゥタニサは胸を締め付けられていた。



「……アア、アヴ、アヴスーメ……、ちゃん……」


 大粒の涙を流し、泣きじゃくる少女の元へミルフィは歩み寄る。


「ママおねえちゃん、いっちゃやだぁぁぁーッ!!」


 抱きしめられたミルフィの胸元に顔を埋め、アヴスーメはなおも訴えた。


 その様子はもはや、我が子をなだめる母親そのもの。


 頭を撫でる。

 優しく抱きしめる……。


 


 別れを惜しむ感情は、涙で流れただろうか。


 程なく、アヴスーメの泣く声がどこかへ消えた頃、ミルフィはスケッチブックを取り出し、ペンを走らせた。


『今日一日、一緒におってあげたらアカンかな?』


 パーレットが朗読する。


 場の空気が和らぎ、ジコネーはひときわ大きな声で笑った。

 

「宿はウチを使っていいぜ! なんせ、みんなもう俺の家族だからな!」

「また勝手なこと言うね。でも、ミルフィちゃん、先を急がなくていいのかい?」


 アネニヨは気遣いを示すも、ミルフィは首を横に振った。


 滞在の延長も美辞麗句ではなく、ジコネー夫妻は大いに歓迎してくれている。


「オレはジコネーさん達やミルフィがOKならええで!」


 ミルフィは1日も早く、故郷のオウレに戻りたい。

 そんな彼女が自らの意思で、帰郷の先延ばしを選んだ。

 止める理由なんて無い。

 

「そうね。あたしも構わないわ!」

「ウチもぉ〜!」



 全員の承諾を得たミルフィは、涙でぐしゃぐしゃになったアヴスーメの顔をそっと拭い、微笑んで頷いた。


「……あ、アヴ、スーメ、ちゃん。今日、まで、おるで……」

「ほんと? ほんとに?」


「……うん……」


 ぱっと咲いたような笑顔を浮かべ、アヴスーメは跳ねるように喜びの声をあげた。

 

「ママおねえちゃん! しゅーかくさいにいこー!」



◆◆◆



 半年に1度行われる収穫祭。

 どうでも良いが、1ヶ月は28日で13ヶ月ある。


 それとは別で、お祭りと言えばパレードやダンスといった催し物を想像するが、トサブジエカの祭りは全然違っていた――。




「アミューズメントパークやんけ……」


 クシードの呟きに、パーレットの眉が歪む。

 

「なによ、その、あみゅーナントカって? エンニチでしょうが」


 屋台が軒を連ね射撃ゲーム、ボールすくい、輪っかを投げる遊び等々。

 ここは体験型の出店(でみせ)で溢れていた。


「なぁパーレット、あれはなんや?」

「ヤキヌードルじゃん、おいしそうね」


「ほなあれは?」

「チョコバナナじゃん、結構可愛くデコってるわね」


 このエンニチと呼ばれるものの数々。

 多くの人を魅了しているのも理解できる。

 

 異世界のエンターテイメント力、侮れないな……。


 

「……ん?」


 クシードは遠くの方で威勢の良い掛け声に気づく。


「ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤ――ッ!」


 統一されたアウターを羽織り、煌びやかな担ぎ物を大人数で運ぶ集団がいた。


「あの人たちは何をしてんの?」

「クシードちゃん、オミコシを知らねぇのか?」


 隣にいたオゥタニサが驚いた様子で言う。

 どうやらオミコシは神様の乗り物で、普段は家にいる神様を出張させて方々を巡り、幸運をもたらせているのだと言う。


「なんて言うか、記憶が曖昧で飛んでるところがありますので……」

「そうか……」


 ご都合主義の記憶喪失は、どこまで通用するのだろう……。


 

「……にしても、えらい警備が多くないか?」


 エンニチの集客力に驚き周りが見えてなかったが、小さな町のお祭りにも関わらず、町の自衛団に加えて、そこらじゅうに警備員が配置されている。


 片方のツノが折れたコーヌ族、眼帯をした男、顔面にタトゥーのあるイームップ族と呼ばれる成人しても子供のような種族。


 各々、横切る者を見る目が鋭い。

 ただものではなさそうだ……。

 

「スリやひったくりが多いから、そのための警護かもしれねぇな」


 オゥタニサの言う通り、一度離れると再開に手こずるほど混雑している。

 彼らの目線の鋭さは、防犯の裏返しなのだろう。

 

 もっとも、人間を壁のように並べているのはやりすぎな気もするが……。



「ジジッ! あれやりたい!」


 ともあれ、アヴスーメが祖父母の手を引きお祭りを楽しむ姿を見ると、過剰な警備だからこそ、それを実現できているのかもしれない。


 頬やましい光景にクシードは目を細めていると、服の袖を引っ張られた。


 “お手洗い”と申し訳なさそうに呟くミルフィだ。

 

「行っといれ。この辺で待っとるから」


 さて、折角の機会でもある。

 エンニチを楽しまなければ――。


「パーレット、アマレティ。オミコシの神様のお告げで、アレをせんなんアカンねん」

「素直に射的をしたいって言いなさいよ」

「もぉ〜、しょうがないなぁ〜。ウチがぁ、連れてってあげるよぉ〜――」





 ――パシュッ。


 手渡されたライフルのアイアンサイトを睨み、照準を合わせトリガーを引く。

 

 疾るコルク弾。


 放たれた先は鋼板の塔の重点。


 ここを射抜けば崩壊する。


 

 だが……。



「あれ? 倒れへんな」

「ヘッタクソね! あんた本当に銃使いなのッ!?」


「違うねん! 銃が悪いんやッ!」

「物のせいにしてるぅ〜」


 薄板を折り曲げて積まれただけなのに、まるで固定されているのかビクともしない。


「ほい、ネエちゃん。参加賞だ」

「……」


 駄菓子をもらったって全然嬉しくないねん。


「も、もう一回や!」

「素直にヘタクソを認めなさいよッ!」

「そおそぉ〜」


「ええやろうがッ!!」



 

 悔しがるクシード達が過ごす、無邪気な時間。

 これからも続くと感じていた。

 

 数秒前までは――。

 

 それは突如、終わりを告げる。



「クシードちゃん達、アヴスーメを見なかったか?」

「……?」


 

 ジコネーの顔面は蒼白し呼吸は荒い。


 祭囃子(まつりばやし)だけが、場違いなほど賑やかに鳴り続けていた――。

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