035.最愛の孫娘
「クシードちゃんが本物の女の子ならば、良いお嫁さんになれるのにね!」
「見た目だけですので、“嫁”にはなられへんですわ」
「でも意外ね。料理上手な男子はポイント高いわよ」
クシードは元いた世界で、節約生活を送るために自炊を余儀なくされていた。そのおかげで鍛えられた料理の腕前は、見知らぬ異世界においても見事に通用している。
台所では包丁が小気味よい音を立てて野菜を刻み、鍋の中ではオリーブオイルが食材を香ばしく揚げている。クシードの手際の良さは、横に並ぶアネニヨと見てるだけのパーレットを感嘆させていた。
「――ミルフィちゃんのことはゴメンね」
「本人、気にしてへんと思うので大丈夫ですよ!」
「それより、なんでアヴスーメちゃんは、ミルフィのことをママって言ったのかしら?」
アネニヨは一瞬黙り、視線を外へ向けた。
その先には、リビングでアマレティに助けられながら、懸命にアヴスーメの相手をしているミルフィがいる。
「うん……、もう3年程前のことだけど、娘夫婦はモノノケに殺されてしまってね」
クシードの手が止まる。
鍋の中の泡だけが、ただ静かに音を立て続けていた。
「その日から、アタシら夫婦とオゥちゃんの3人で育てているんだ。アヴスーメはまだ小さいから、遠くへ出かけてるって言っているけど、いずれ本当のことを伝えなきゃいけないかもしれないね……」
クシードとパーレットは無言で頷く。
アヴスーメの明るい笑い声が聞こえるが、なぜか痛ましく聞こえた。
「それに、ここ最近はアタシやミルフィちゃんのようなネコ科のケモ族を見ると“ママ”って言うようになってきてね」
その言葉に、クシードは改めてリビングを見つめる。
アヴスーメはリリーナちゃん人形を持ってミルフィにくっつき満面の笑みだ。
戸惑いを見せつつも、ミルフィはそっと頭を撫でていた。
「あの子が立派な大人になるまで、アタシ達は死ねないよ!」
そう言って、アネニヨは孫娘への深い愛情と強い決意を滲ませていた。
「……なら、美味しいモン食べて明日も楽しくせんなんアカンな」
調理器具を握るクシードの手に力が入る。
さぁ、今夜は異世界なのにスペイン料理。
煮込みとコロッケ、アヒージョとクロケータス・デ・ハモンだ。
◆◆◆
「「「いただきまーす」」」
夕食のテーブルを囲んで、賑やかな声が響き渡った。
ジコネー夫妻、オゥタニサを交えての温かな食事。
アヴスーメは目を輝かせてミルフィを見上げた。
「ママおねえちゃん! これ! おいしいね!」
「……せや、ね……」
似ているけどどこか違う。
だけど同じ匂いなのか、余程嬉しいのだろう。
ミルフィの頬がほんのり赤く染まる。
アヴスーメが自分を母親のように慕ってくれるのは嬉しい反面、少し切なくも感じていた。
食後の団欒の中、アヴスーメはミルフィに甘えるように抱きついた。
「――きょう、ママおねえちゃんとおふろはいりたーい!」
「……えっ? えっ……?」
ミルフィの耳がピクッと跳ね、慌てて目を泳がせた。
ここまで来ると、ミルフィのお泊まりは濃厚だな。
「あなた達、今夜は泊まるとこ無いでしょ?」
アネニヨは“泊まっていきなさい”と気を利かす。
確かに宿は手配していない。
だが、いくら使っていない部屋があるから問題ないとは言うものの、このままでは至れり尽くせりである。
「――じゃあ、お風呂入る前に写真でも撮ろっか?」
せめて何かお返しをと、パーレットは趣味のカメラで写真撮影を提案した。
「パーレットさん! 写真なんて、そんな高価なモン、悪いよ!」
「気にしなくていいですよ! ささ、みんな並んで!」
ジコネーは過剰な気遣いだと遠慮するも、パーレットは半ば強引に撮影準備にかかる。
卓上の食器類を片付けて、ジコネー夫妻とアヴスーメを中心に全員で集合写真を2枚。
和やかな笑顔をレンズに収めた。
「後は暗い部屋でもあれば、明日にでも現像が出来るわ!」
フィルム式カメラの現像方法は少し興味深いが、それは出来てからのお楽しみにしよう。
夜も更け、やがてベッドの時間だ。
「まっくらなおねえちゃん! ほんよんでー!」
アヴスーメは絵本を持ってくる。
ミルフィの膝にちょこんと座り、彼女の豊満な胸を枕に、アマレティの読み声を聞き入った。
すごく羨ましい態勢だ――。
「――でしたぁ〜、おしまいぃ〜」
「アヴスーメ、もう寝る時間だよ」
アネニヨが声をかけると、アヴスーメは少し名残惜しそうにミルフィの袖を掴んだまま。
「えー、もういっさつ!」
「じゃあぁ〜、ベッドでぇ〜、読んであげようかぁ〜?」
「うん!」
アマレティの優しい提案。
アヴスーメは嬉しそうに頷き、ミルフィとアマレティの手を引いて寝室へと向かっていった。
リビングの大人たちには、静かになった空間に安堵と寂しさが残る。
「賑やかだったね……」
アネニヨがしみじみと言う。
「大事に育てられているのが伝わってきますよ!」
パーレットは笑って返した。
「残った唯一の家族だからね。最近、この辺では人攫いが横行しているから、なおさらさ」
「治安がよろしくないんやな……」
「つい先月だって、知り合いの知り合いの次男が居なくなって、今だに見つからないのね」
そのまま神隠しにあった、で済まされる内容ではなさそうだな。
「……あたし達みたいな、流れ者を泊めて大丈夫なんですか?」
「伊達に長生きはしてないね。それに旦那とオゥちゃんが馬車に乗せた時点で、善人確定さ」
アネニヨは大きく口を開けて笑い、クシードとパーレットは思わずお互いを見合わせた。
善人に見える……か。
孫娘ではなく孫息子だったら、パーレットのショタの性癖が発動し、危なかったかもしれない――。
「むーすーめーがぁ……、増えーたー……」
「いかっだなぁー……」
「いきなり何だい。この飲んだくれのジジイ2人は……」
酔いが回り、座った目でそのまま翌朝を迎えてしまいそうなジコネーとオゥタニサを、アネニヨはソファに寝かした。
夜風が静かに吹く。
窓を小刻みに揺らした。
「さて、明日はこの町の収穫祭なんだ。混む前に、早めに出発するといいね」
アネニヨはそう言って、明日の旅立ちを見送るような目を向ける。
「お祭りなら見てまわりたかったなぁ。何だかもったい気分だわ」
観光をしたいパーレットの気持ちも分からなくはないが、旅行で訪れていない。
「収穫祭は半年ごとにあるね。その時にまた来てくれるといいさ」
「次回へ持ち越し、ですね」
寝室では、ミルフィとアマレティに挟まれてアヴスーメ達はスヤスヤと寝息を立てている。
こうして、旅人達の夜はそっと更けていった――。
本日はもう1話更新します
22:20〜23:00ごろの予定です




