2-1 人生はポップコーンだ。熱にあてられ、ポンッと弾ける。形が変わると、 ――もう二度とは戻れない。あとの祭りだ
1982年9月――《アルトリア王国・ストラスベリー街道》
ゆるやかな起伏の続く田舎の街道を、一台のトラックが走っていた。
刈り取り終わった畑が左右に広がり、ヒツジの群れが時折、のんびり道を横切る。
トラックの荷台には、一人の傭兵が仰向けに寝転がっていた。
「のどかだなあ。……のどかすぎるなあ」
ポケットから、安物のチョコを取り出し、指先で弾いて宙に放る。
口を開けて待ち構えるが、受け損ねてチョコは荷台の上をころころ転がっていく。
ちょうど道が僅かな上り坂に変わり、がたん、と荷台が激しく跳ねた。
「あ、チョコ落ちた。……チッ。まじで揺れるなこのボロトラック。修理しろよ」
「――おい!」
助手席に座る少年が、後部の小窓から不機嫌そうな顔を出す。
「タダで乗せてもらっておいて、文句言うなよな、カミノ人! 父さんが優しさで乗せてやってんだからな!」
ハンドルを握る父親の方は、バックミラー越しに苦笑していた。
「はいはい、悪かったよ」と傭兵は頭を掻きながら、のそりと起き上がる。
「でも、このままだと板バネがポッキリ折れるぞ。さっきから段差を越えるたびに後輪が軋んでるし。そろそろ交換した方がいいよ」
「へえ、やけに機械に詳しいな。なんだ、あんた傭兵じゃないのか?」父親が訊ねる。
「今はね。でも、昔は機械技師をやってた。こう見えても、名の知れた職人の弟子やってたんだぜ」
「へえー。……それが、どうしてまた傭兵に?」
すかさず少年が、「クビになったんだろ」と茶化してくる。
なんだか、この生意気さが懐かしく感じられて、無性にわしゃわしゃと頭を撫でてやりたくなった。
「働いてた工房がなくなったんだよ」
傭兵は悲壮感なく、あっけらかんとして答えた。
「それに、この右腕じゃ、もう細かい作業はできないしね」
「その腕、事故か?」
「うん。自己でやっちゃった」
傭兵はお茶目に笑う。
「……そうか。若いのに、色々と苦労してんだな」
「まあね。おかげですっかりグレちゃった。今じゃこんな風貌だしな」
傭兵は苦笑し、大袈裟に肩を竦めてみせる。
少年は、怪しげな傭兵の外見を、改めてじろじろと確かめた。
カミノ人特有の黒い髪。左は濁った灰色、右は澄んだ碧色、左右で異なる不気味な瞳。
服の隙間から覗く肌には、びっしりとタトゥーが刻まれており、そして、右腕には金属剥き出しの義手。
「もしかして、その右腕で戦うのか? それ、変形したりすんの?」
少年の視線は、無骨な義手に釘付けだった。
やはり、義手に武器を仕込むというのは、男のロマンなのだろうか。
「さあ、どうだろうな。気になるか?」
「べ、べつに気になんねえよっ!」少年は慌てて顔をそむけた。
「クロム領まで何しに行くんだ? 仕事か?」父親が訊ねてくる。
「うん、そのつもり。あそこはカミノ人への差別も少ないらしいから」
カミノが悪の枢軸国であると断じられて以来、半分でもその血が混じっていれば、アルトリアでまともな職に就くのは難しい。
だが、そんな中でも例外はある。――その一つが、これから向かう《クロム領》だ。
なんでも領主の亡き妻がカミノ人だったらしく、比較的よそ者にも寛容だという。
「バカげた話だ。あの戦争が正義だとのたまってるのは、貴族と成金どもだけだ」
父親は吐き捨てるように言った。そうだな、と傭兵は楽しげに笑いながら頷く。
「でも残念ながら、大金を稼ぐには、貴族か成金、どちらかの下で働くしかない」
やがて、蜂蜜色の石造りの家々や、赤レンガの古い家並みが見えてきた。
トラックは速度を落とし、街道の脇へゆっくりと停車する。
「すまんな。ここまでしか乗せてやれなくて」
「いいよいいよ。ここまで乗せてくれただけで、十分。ありがとう」
礼を言って、荷台からジャンプする。
そして、少年に、「やるよ」と窓越しにチョコを渡した。
一瞬だけ、ぱあっと少年の頬が嬉しそうに緩む。
けれど、思い出したように表情を取り繕って、「もらってやるよ」と、ぶすっとしながら言った。
可愛いやつだ。このチョコがとんでもなく苦いことは、黙っておこう。
「あっちのフットパスを進めば、クロム領の近くに出る。結構な近道だ。……ただ、途中に牧場がある。そこには、絶対に近づかないほうがいい」
「牧場? なんで?」
「もとは老夫婦がやってたんだが、最近、貴族に無理やり買収されてな。今は、ろくでもない連中が住み着いてる。悪い噂ばかり聞くし、まあ、近づかないことだな」
「ふうん。了解。気を付けるよ、ありがとう」
そこで親切な親子とは別れた。トラックは黒い煙を上げて走り去っていく。
一人残された街道で、傭兵は両腕を上げて大きく伸びをする。
予定もあるし、暗くなるまでには街に着かなければならない。
息を吸い込む。
田舎の空気は、この国でも澄んでいた。




