1-6 鼠は群れ、餌を狩る。やがて餌が尽きれば、共食いを始める
遥か昔、偉大なる母の御手により祝福された大地――《ミセラ大陸》。
ミセラの王冠を戴く皇帝が崩御し、統一国家《ミセラ大帝国》が滅んで800年。
大陸には数多の国が生まれ、それぞれの秩序のもと、独自の歴史と文化を築いてきた。
その長い混沌と淘汰の末、現在のミセラで覇権を握るに至った3つの大国。
北。大陸の半ばを呑み込み、独裁者たる総統が全てを掌握する軍事大国。
東。伝統と繁栄を両輪とし、政治・経済・文化の中心に君臨する繁栄国家。
西。聖教の総本山にして、教皇が神の代弁者として大衆を導く神権国家。
交わることのない三つの秩序。
それらは互いの喉元に刃を突きつけ、均衡という名の冷戦を続けてきた。
――しかし、1981年5月2日。
その危うい均衡は、その日いとも容易く、無慈悲に傾いた。
突如として結ばれた前代未聞の『三大国同盟』。
三大国が掲げた唯一の目的は、ある一つの小国に対して、圧倒的な戦力をもって、軍事制裁を行うことであった。
『親愛なる同志諸君よ!』
古ぼけたブラウン管のテレビから、張り上げられた力強い声が響く。
厳めしい軍服に身を包み、ケピ帽を深くかぶった威厳ある男が、鋭い眼光で画面の向こうから語りかけてくる。
地響きのような歓声が上がる。熱狂する大群衆に囲まれる中、グラキエ総統による、『カミノ戦争』の開戦演説が始まった。
『この時間、《グラキエ》《アルトリア》《ルセラ》の連合軍は、ミセラを重大な危険から守るため、《カミノ》に対して一斉に軍事行動を開始した!』
総統は拳を突き上げ、熱弁を振るう。
『カミノは――悪の枢軸国である!
奴らは、天恵たる資源を傲慢に独占するだけでなく、偉大なる我らの母である『はじまりの神』を冒涜し、世界を滅ぼす禁忌の大量破壊兵器を生み出した!
今、ミセラの平和は、奴らによって脅かされている!』
画面が激しく揺れ、群衆の喚きがテレビのスピーカーを割らんばかりに響き渡る。
『はじまりの神は、我らに祝福を与えてくださった!
刻印という形で、選ばれし者にのみ権能を授けてくださった!
すべては正しくミセラを導くために。
それは神のみに許された大いなる力だ!』
総統の口調が、激しい怒りを帯びて加速していく。
『だが、奴らは、それを穢した!
非道な人体実験によって、神の祝福たる刻印を、偽物として作り出したのだ!
奴らの目的は、恐怖によるミセラの支配。
それは冒涜だ!
それは大罪だ!
決して! 決して許してはならない!
今こそ、我々は手を取り合い、ミセラを守るため、脅威を取り除かなければならない。
全兵力の投入を以て、我々の名誉と正義、ミセラの平和を守り抜かなければならない。
必ず勝利を、我らの手に!
グラキエに、そして我らに、はじまりの神の加護があらんことを――!』
――1981年9月。
首都トキオの陥落、そして、カミノ王統の断絶。
4か月に及んだ『カミノ戦争』は、連合軍の勝利宣言によって呆気なく終結した。
戦後、カミノの貴族制度は廃され、財閥と軍は徹底的に解体された。
領土もまた、三国によって無残に分割された。
カミノは、滅んだ。
なお、開戦の最大の理由とされていた『世界を滅ぼす禁忌たる大量破壊兵器』については、ついぞ発見されることはなかった。
カミノ戦争は三大国によって周到に仕組まれた、でっちあげの戦争だった。
――そう評する者も決して少なくない。
カミノに眠る豊富な天然資源や、カミノの高度な技術を強奪するため。
成長を続けるカミノによって、ミセラの均衡が崩壊するのを恐れて。
はじまりの神降臨の聖地や、解放の王の遺物を手に入れるため。
あるいは、戦争需要によって経済を爆発的に成長させるため――。
陰謀論も含めて、現在も様々な憶測が飛び交うが、いまや歴史の真実を知るすべはどこにもない。確かなことは何もわからない。
だがしかし、この理不尽な戦争によって、数えきれないほど多くのカミノ人の命が、未来が、希望が、無慈悲に奪われた。
どんな大義名分を並べようと、この血塗られた事実は、未来永劫消えはしない。
――同年同月。
カミノを滅ぼすという共通の目的を果たしたことで、三大国同盟は解消された。
やがて三大国は、再び互いの喉元に刃を突きつけ合い、ミセラの均衡を保ち始める。
だが、その均衡は、以前と比べものにならないほどに、きわめて脆い。
鼠は群れ、餌を狩る。やがて餌が尽きれば、共食いを始める。
その共食いが、たった一匹の鼠によって唆されていることも知らずに……。




