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クラウンオブミセラ  作者: タクマ・オレンジ
1章 笑うギャング、破滅するポップコーン
5/30

1-5 寂しくないよ……

 昼の2時を過ぎていた。


 まとわりつく少年と少女の目を盗み、一人で森の奥深くへと進む。


 あらかじめ目印をつけた大木を探す。枝に巻き付けた黄色い紐。――見つけた。


 木の根元にかがみ込み、素手で泥土を掘り起こしていく。湿った黒土が爪の間に入り込んでくる。

 

 やがて、頑丈な布に包まれた木箱の角が覗いた。


 両手で引き上げる。ずしりと重い。

 布を乱暴に解き、蓋を開ける。中には、軍用の短波無線機が収められていた。


 湿った地面に無線機を据え置き、慣れた手つきで配線を繋いでいく。

 ワイヤーアンテナを引き出し、近くの木の枝に投げかけた。

 

 主電源のスイッチを入れる。


――――ザザッ……、――――ザザッ…………。

 

 砂嵐のように不快なノイズが鼓膜に流れ込んでくる。

 ダイヤルを慎重に回し、特定の周波数へと合わせていく。


『――ザッ、……こちら……応答せよ』

 

 途切れ途切れの声が聞こえる。調整を重ねるうちに、音の歪みが少しずつ薄れていく。


「聞こえています」


 ノイズの向こうで、僅かな沈黙が走る。


『――識別コードを』


「識別コード007――刑死者」


『――確認。状況を報告せよ』


「カンザキ領サイハテ村にて、『ミセラの王冠』を確認。併せて――カミノ王国第三王子、アシュラ・カミノの生存も確認しました」


 それは、普段どもりがちな少女のものとは到底思えない、流暢なグラキエ語だった。


 これで、ようやく任務も終わりだ。

 あの吐き気のするような、偽善に満ちた温かい日常から解放される。


 そう、わずかに気を抜いた時だった。


 背後で、パキッと枝を踏み折る硬い音が響く。

 はっとして咄嗟に振り返る。

 

 そこにいたのは、二つ結びの少女だった。


「……ナ、ナナちゃん? い、いまのなに? ……外国語?」


 見てはいけない世界の禁忌に触れてしまった。

 そんな怯えきった顔で、ミユキはそこに立ち尽くしていた。


 気づかなかった。


 無線機からは、『応答しろ。何があった?』と緊迫した声が割り込んでくる。


 長い間、あの生温い環境に浸かりすぎたせいだ。そのせいで、地獄のような訓練で鍛え上げてきたはずの、アサシンとしての感覚が決定的に鈍っていた。


 小さく息を吐き、感情を殺す。


「いえ、問題ありません。報告終了」


 それだけを告げて、ナナは通信を一方的に切断した。


「まさか、こんなところまでついてくるとはね。……本当についてない」


 スゥーッと右手の爪を伸ばす。

 肩にある『輪縄の刻印』が熱傷痕の下で淡く光を放ち、その指先が鋭利な刃物のように硬化していく。


 本当に運がない。本当についていない。――もう殺すしかない。


「……な、なに?」


 じりじりと後ずさるミユキ。その幼い顔が、見る間に恐怖で歪んでいく。


「なんて言ってるの⁉ 分からないよ! 私にもわかるように、カミノ語で話してよ!」


 きゃっ、と短い悲鳴が上がった。

 焦るあまりに足をもつらせ、木の根に引っかかって、ミユキはその場に尻もちをつく。


「残念。運がなかったね」


 ナナは無感情な瞳で、恐怖に震える幼い少女を見下ろした。


 ゆっくりと膝をつき、ミユキの身体の上に馬乗りになる。


「さようなら。私の、可愛い妹」


 容赦なく振り下ろされた鋭い指先が、ミユキの胸へと無慈悲に沈んだ。


 ミユキの震える小さな手が、ナナの腕を必死に掴んでくる。

 けれど、その抵抗はあまりにも弱々しく、振り払うまでもない。


 ひゅーひゅーと、肺から空気が漏れるような浅い呼吸。夢や希望に満ち溢れていたはずのミユキの瞳から、急速に光が失われていく。


 生命の光が融けて消えていく。


「……パパ……ママ……」


「だい、じょうぶ。さびしく、ないよ」


 今度は、いつものたどたどしいカミノ語でそっと呟き、ミユキの首筋に指を突き刺す。


 生暖かい血がナナの顔に跳ねる。

 一瞬だけ、縋るように強まったミユキの手の力が、嘘のように抜けていく。


 やがて呼吸が完全に途絶えて、ミユキは、ぴくりとも動かなくなった。


 自分の顔と指先についた血を無造作に拭い、ナナはミユキの瞼をそっと閉じる。


「寂しくないよ」


 乾いた声で、続ける。


「怖くないよ」


 いつのまにか零れ落ちた涙が、頬を伝う。


「どうせこの国は亡びる。みんな死ぬんだから」



 それから、僅か二十日後。

 ――カミノ戦争が始まった。


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