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クラウンオブミセラ  作者: タクマ・オレンジ
1章 笑うギャング、破滅するポップコーン
15/30

3-4 黒い雲、赤い空。終わった世界

 鳴り続ける空襲警報。耳を劈く断続的な爆発音。

 心を抉る愛する者たちの断末魔。


 戦車が火を噴き、爆撃機の編隊が通過していく。魔術や、呪術が人々を殺していく。

 見上げる空は赤かった。悍ましいほどに赤かった。


 まるで終わらない夕日のように、すべては真っ赤に染まりきっている。


 ――燃えているのだ。


 街が、人が、国が、すべてが。

 今まさに灰へと向かって燃え盛っている。



《カミノ王城、玉座の間》

 

 かつて栄華を極めた白亜の床には、今や足の踏み場もないほどに無数の死体が転がっていた。

 カミノ人だけではない。

 アルトリア、グラキエ、ルセラ。

 敵も味方も関係なく、千切れた四肢と内臓、どす黒い血肉が、無慈悲に大理石の床へと散乱していた。

 

 血塗られた玉座へと続く、崩れかけた大理石の階段。

 血の川が流れるその階段には、たった一人の男が、すべてを諦めたように静かに腰掛けていた。

 

 静寂に支配された玉座の間の、巨大な両開きの扉がゆっくりと、重々しい音を立てて開いた。

 煤と血にまみれ、満身創痍となった一人の軍人が姿を現す。


「アシュラ様……! よくぞ、ご無事で!」


「ああ。不幸にもな」


 カミノ王国第三王子アシュラは、崩れかけた大理石の階段に腰掛けたまま、乾いた笑みを唇に浮かべた。


「――だが、父上は死んだぞ」


「え……」


 軍人の視線が、吸い寄せられるように玉座へと向く。

 そこには、王冠を戴いたまま、微動だにしない凄惨な王の躯があった。


 つい先ほど、王城へ突入してきた連合軍によって、無残に命を奪われたのだ。

 あまりにも、あっけないものだった。

 

 軍人は絶望に唇を震わせながらも、アシュラ王子の前へと進み出て、その場に崩れ落ちるようにして跪く。


「貴方様さえ……生きていれば……この国はまだ――」


「馬鹿を言うな」


アシュラ王子は、その希望の言葉を冷酷に遮った。


「いいから銃を貸せ」


「……銃を、ですか?」


 軍人は戸惑いながら、背負っていた小銃を差し出す。


 アシュラ王子はそれを無言で受け取ると、手慣れた動作で小銃からスリングを外して、自身の右腕の付け根に、鬱血するほどきつく執拗に巻き付けた。


「腰の刀を」


「……なにを、なさるおつもりですか?」


 軍人の表情が強張る。

 王子が今、何をしようとしているのか――そのあまりにも異常な準備の意味を、男は理解してしまった。


「お、おやめください! アシュラ様!」


 アシュラ王子は静かにかぶりを振り、美しい顔で朗らかに笑う。


 そして、そのまま立ち上がると、恐怖で動けずにいる軍人の腰から、鋭利に研ぎ澄まされた軍刀を抜き取った。


「俺の価値なんて、右手だけだ」


 自嘲気味に呟き、自身の右手の甲を見つめる。


 そこには、ミセラの王冠を意味する『月桂冠の刻印』。

 ――それは神から祝福として、『世界の権能』を与えられた王者の証。


 アシュラ王子は真っすぐに右腕を伸ばし、奥歯を食いしばった。


 カミノは滅び、アシュラ王子も、今日この場で死ななければならない。

 

 大きく息を吐いた後、自身の右腕へ向けて、渾身の力で刀を振り下ろした。

 肉を裂き、骨を断つ鈍く悍ましい感触。鮮血が白亜の大理石へと派手に、そして美しく飛び散る。

 斬り落とした右腕が、血の海の中へと転がる。


 全身を焼き尽くすような激烈な痛み。


 だが、この痛みは、罰であり、誓いである。

 決して、死ぬまで忘れてはならない。


 アシュラ王子は、最後まで悲鳴一つ上げず、ただ冷徹にその痛みを噛み殺してみせた。


「……カミノ王国第三王子として、最後の命令だ」


 切断面から血を滴らせながら、アシュラ王子は静かに告げる。


「……なん、なり、と」


 あまりに凄絶な光景を目にして、大粒の涙を流しながら、軍人は拳を強く左胸へと当て、深々と頭を下げる。


「――この城を爆破しろ」


「はっ……。謹んで、承りました」


 軍人は震える声で答え、血の海に沈んだ右腕を見つめる。


「……貴方様は、これから?」


「俺はもう死んでいる。――腕一本だけを残して」



◇◆◇◆◇



 はっとして飛び起きるように目を覚ます。


「はぁ……はぁ……」


 悪夢から現実へと引き戻された。額は、脂汗でびっしょりと濡れている。

 アトラは混乱する意識のまま、焦るように左手を伸ばし、自身の右腕へと触れる。


 指先に伝わってきたのは、温かな人間の肌ではない。

 どこまでも無機質で冷たい金属の感触だった。


「……やっぱり、無いか」


 思わず自嘲気味に笑ってしまった。小さく息を吐き出す。

 ここでようやく、自分が戦場ではなく、ホテルのベッドにいることを思い出した。


「大丈夫かい?」


 隣のベッドで眠っていたロイが、眠たげな口調で訊ねてくる。


「ああ、すまん。起こしちまったな。大丈夫だ、気にすんな」


 アトラは額の汗を拭い、平静を装って答えた。


「本当に? 凄い汗だよ、アトラ。……水でも飲むかい?」


「いや、いい。いつものことだ。……ちょっと、おばけが怖くてな。クソみたいな亡霊に憑りつかれちまってんだ」


 そう冗談めかした口調で言ってのけると、アトラはベッドサイドに置いてあった鞄をごそごそと漁り、その奥底から筒状の小さなプラスチックケースを取り出した。


「それは……?」


「特製の睡眠薬だ。これを一錠飲むだけで、耳元で銃声が鳴り響こうが絶対に起きない。それくらい、ぐっすり眠れる」


「それ……明日、ちゃんと起きられるのかい?」


「頼んだぞ」


「僕に起こされる前提なんだね」


「そう簡単には起きないと思うから、明日の朝は、死ぬ気で頑張ってくれ。……そんじゃあ、おやすみ」


 アトラは手のひらに白い錠剤を出して、水も使わず唾液だけで呑み込む。

 

 それから数分もしないうちに、強烈な薬効が全身へ広がっていき、アトラはまるで糸がぷつりと切れたように、深い眠りへ落ちていく。


 もう、悪夢は見なかった。


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