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第41話 旦那様へのサプライズを考えましょう

 階段を降りてくる足音とともに手足の拘束具が外れる。ノクト様がお仕事を終えて帰ってこられた合図だ。


「ただいま、レティ!」


 お部屋に入ってくるなり抱きついてこられる。労いを込めて私もノクト様の背に腕を回した。

 この方の宝箱に閉じ込められてから、いったいどれほどの月日が経っただろうか。窓もなく時計もない空間では確かめようもない。はじめは抱きしめられるたびに体を強張らせていたものだが、もう慣れてしまった。体の自由を奪われることにも、溢れる愛を全身で受け止めることにも。


「はぁぁ……疲れたぁ……」

「んな〜」


 横で寝ていたルナのお腹に顔を沈めているものだから、そのお声はくぐもっていた。子猫の絶妙に嫌がっている鳴き方からするに、吸っているのは間違いない。

 ここに監禁されたとき、寂しくないようにと真っ先にルナを連れてきてくださった。アドリ様ともお会いしたいと言えば話ができるようにしてくださったし、不自由のないように手を尽くしてくださる。

 領主としての務めを果たすため、どうしても離れないといけないときだけ鎖で拘束された。お役目を放棄してはいけないと咎めた従者の言葉を忠実に守っておられるのだ。


「お疲れ様でございます、旦那様」

「ほんとだよぉ。ペルシスタ嬢が里帰りしないからって、なんで国王がわざわざお忍びで月の国に来るんだ!?」


 愚痴をこぼしながら、膝の上へ横たわってこられる。先触れがノクト様に届いてしまっているから、領主が国王を放置するわけにもいかない。対応に追われ、さすがに疲れ果てていらっしゃるみたいだ。


「もおぉぉっ! ペルシスタ嬢なんて嫌いだっ!」

「いけません、軽々しくそんなことを言っては」

「……はぁーい」


 諌めるために頬を手で包んで軽く潰すと、嬉しそうにお返事をされた。少しだけ歪んで、少しだけ壊れてしまった日常が旦那様を幸せにしてくれている。私はもう、なにもしなくていい。


『よかったな、ノクト。夢が叶ってさ』


 一度だけ、ヴァン様がこの部屋に来たことがあった。ノクト様と軽く話をして帰る間際に残された言葉。夢を叶え、いまがいっとう幸せでいらっしゃるなら、それ以上なにも望むことなんてない。あるはずがない、のに。


「レティ、どうした?」

「いえ、少し。考え事を」

「あ、レティの誕生日だろ。もうすぐだもんなぁ」


 誕生日が近かったのか。日付感覚が狂っているから気づかなかった。孤児であった自分の誕生日はノクト様に拾っていただいた日なのだ。


「プレゼント期待しててくれっ!」

「私は、ご用意が……」


 今回ばかりはできそうにない。拾われた当初、なぜ主人から突然プレゼントをいただくことになったのかわからず、自分もノクト様にお返しをするという奇行に走った。私の誕生日なのに。散々笑われたが、そのときからお互いに贈り物を用意するのが慣例となっていた。


「…………レティ。その日、街に行こっか」


 街に行く、と聞こえたのは気のせいだろうか。唇を軽く噛み、視線を彷徨わせるノクト様の表情にはまだ迷いが見える。


「よろしいのですか?」

「俺に贈ってくれるものをそこで見つけたら、いつも通りだろ」


 本当は嫌だ、と顔には書いてあった。素直に感謝を伝えれば「まだ足りない」と首に回される手。私から口づけを落とすと、照れくさそうにはにかんでおられた。

 穏やかな時間を阻むノックが聞こえてきたのは、無慈悲にも直後だった。ペルシスタ様が訪ねてきておられる旨をアドリ様からお聞きになると「だーっ!!」と頭を抱えて叫ぶ。


「すぐ戻るからぁ」

「いってらっしゃいませ、旦那様」


 国王陛下ご来訪の件で打ち合わせることがたくさんあるのだろう。とぼとぼとお部屋を後にする背中には哀愁が漂っていた。残されたアドリ様は主人の命令通り、娘に手枷を嵌めようとされる。


「お待ちください、アドリ様」


 お呼びすると、ぴたりと動きを止められた。顔をこちらに向けてくださらないけれど、必死に言葉を紡ぐ。


「旦那様に贈りたいものがあるのです。お力をお貸しいただけませんか?」


 静かに首を横に振って拒絶された。


「どうして……」

「お前を大事に思っているのは旦那様だけではないのです、エクレティカ。愚かで可愛い、わたくしの娘」


 アドリ様は隣に腰を下ろされた。ルナを抱えて、顎を指で撫でる。喉をゴロゴロと鳴らす子猫をじっと見つめていた。十年前、私を拾っていただいたときと同じ目をして。


エクレティカ(選択)という名を与えたのは、運命に囚われた旦那様の希望となってほしかったから。ですが、真実を知ったお前が選び取るであろう未来を想像して……怖気づいてしまった」


 やっとわかった。かたくなに月の呪いを解く方法を教えていただけなかった理由。厳格で甘えを許さない剣の師であり、穏やかながらも一切の隙を見せない家令。それが私の養父、アドリ・テルブルア。彼はただ、案じてくださっていただけなのだ。ノクト様のためなら命すら惜しまない娘のことを。


「テルブルア家に代々受け継がれてきた指輪。これに認められたのならば、わたくしはもうなにも言いますまい」


 手のひらにのせられたのはサファイアの指輪だった。埋め込まれた宝石は美しい青を湛えていたが、それだけだった。握ったり、撫でてみたり、かざしてみたりしたけれど、なにも起きない。真実が見えてくることも、ない。

 認められなかったということだろうか。じわりと視界が歪む。最後の望みを賭けて指輪へ魔力を込めても、部屋は静まり返っていた。これ以上は無駄だと、アドリ様が指輪に手を伸ばしてこられた──そのとき。


「ルナ?」


 指輪にルナの鼻先が当たる。瞬間、指輪から目を開けていられないほどの光が放たれた。遠い、遠い過去の記憶が頭の中に入り込んでくる。

 小さく瞬きを繰り返し、やっと目を開けると一人の女性がこちらを見て笑っていた。深い青の髪、淡い水色の目。その方は少しだけ私に似ている。


「一緒に……サプライズをしませんか?」


 にゃあ、と返事をした女性は一匹の蝶となり、私の胸の中へ光となって消えていった。

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