第35話 旦那様の生きる道を探すのは従者の独りよがりなのでしょうか
眠れない。もう床につくべき時間だし、はやく寝なければ明日に響く。だがどうしても眠れない。ノクト様がお仕事をされなくなった間、必然的に自分の仕事もなかったせいで体力が有り余っているのである。
「今日は遊びすぎて月送りのことがわからずじまいです……遅れを取り戻さなければなりません」
私のベッドを我が物顔で占領している子猫に話しかける。全然聞いてくれている気配がないので、無防備なお腹に顔を突っ込んだ。大きく息を吸うとお日様の香りがする。月の国に太陽はないけれど。
「旦那様はお休みになりました。イーエン家の次期当主様、外出の許可をいただけますか?」
「…………なーぅ」
ノクト様が以前勝手に作っていた設定で許しをもらった。付き合ってられないといった表情だったが、ルナは鼻をチョンとくっつけてくれる。
「ありがとうございます! 行ってきますね」
こんな夜遅くに勝手な外出をすれば、ノクト様だけでなくアドリ様にもどやされてしまう。細心の注意を払いつつ、屋敷を抜け出した。三日月のブローチはルナのお腹の下に隠して。
街に出ると、深夜だというのに賑わいがまだ残っていた。片付けをする者、酒盛りをする者──人々はランタン祭りの余韻に浸っている。
月送りのことを調べるにも、この時間では資料館も閉まっている。となれば、選択肢はヴァン様を探す一択だ。常日頃サボっておられるが、自警団として夜の見回りをしているはず。お会いできるだろうか。そう思ったのも束の間、あっさりそのお姿を見つけることができた。
「寝ておられますね」
広場の中心、巨大な魔導具の下。ベンチをベッド代わりにして夢の中にいらっしゃった。起こすのが忍びないくらい気持ちよさそう。あまりジロジロ見るなんて不躾だが、寝顔も旦那様そっくりだ。
起きるまで待っていようかと隣のベンチに移動しかけたとき、背後で派手な物音がした。振り返ると、ヴァン様がうずくまっている。寝返りを打って、ベンチから転げ落ちてしまったらしい。
「い゛ってぇ……」
「お怪我はありませんか?」
「んん……? ルナ……?」
寝ぼけ眼で私を見ながら「ルナ」とお呼びになる。うちで飼っている子猫と同じ名前だ。誰かとお間違えになっているのだろうか。
「いいえ、エクレティカにございます。ヴァン様」
「ヴァン様ぁ? お前、いつから旦那に様づけするようになったんだよ」
いま、なんとおっしゃったのか。ぼんやりとしたお顔でふにゃふにゃとしたお声だが、確かに「旦那」と聞こえた。この方は貴族ではないから、配偶者のことに違いない。あれほど女性好きで、私のことを口説いていたお方に奥様がおられたなんて。
「あれ、レティ。なんでここにいんの」
「ご結婚されていたのですか?」
起き上がったヴァン様の瞳は、先ほどと比べるとはっきりしていた。月送りのことを聞かなければいけないはずなのに、好奇心が勝ってしまう。
「は? してないって」
「先ほど、私のことを間違えてルナと呼んでおられました」
「……猫。猫と勘違いしたんだよ」
「ですが、ご自分のことも旦那とおっしゃって」
「だーっ! この話は終わりっ!」
あまり詮索されたくないのだろう。ヴァン様はベンチの下にあった魔導工具を乱暴に片付けはじめた。月の国のシンボルともいえるこの魔導具は、建国当時からあるらしい。こんなものの整備までできるなんて。
「ずっとヴァン様にお会いしたかったのです」
「へーへー、そりゃどーも」
拗ねてしまわれるのもノクト様に似ておられる。本当に生き別れの兄弟とか、魂をわけた同一人物とか、そんな次元だ。
「月送りのことをお聞きしたくて」
「なんで、俺? そんな詳しくないよ」
「ヴァン様が教えてくれたと、旦那様はおっしゃっていたではありませんか」
言葉にしてから、言い方がまずかったと気づいた。これではお二人の話を立ち聞きしていたと自白しているようなものだ。案の定、ヴァン様に気づかれ、口元に白々しく指先を当ててニヤニヤと笑われてしまう。
「レティってばやらしー。盗み聞きしてたのぉ?」
「あっ、あれは不可抗力なのです!」
本当に話す気がないのか、さっさと魔導工具を片付けて立ち去ろうとしておられる。まだ、なにも教えていただけていない。
「フェルガント様の魂が旦那様のお体に還らなかったのです。きっと、月送りにはなにか仕組みがあるのですよね?」
「さぁねえ」
「お願いです、どうか私にも教えてくださいまし」
「…………還らなかったのは魔物化してたからだよ」
必死に縋る私を哀れに思ってくださったのだろうか。ヴァン様は頭の後ろをガシガシと掻くと、空に浮かぶ三日月を見上げた。月は変わらずほんのりと赤みを帯びている。
「彷徨い人を月送りしたら呪われんのよ。あいつも今まで頑張ってきたじゃん? だから俺が一肌脱いで魔物をぶっ飛ばしてるってワケ」
ヴァン様は自警団でいらっしゃるから、魔物化した彷徨い人をたくさん討伐しておられる。確かに、魔物から月送りをしたときに現れる蝶を見たことはない。
でも、なぜか腑に落ちない。フェルガント様が魔物になっていたとは思えなかった。記憶を取り戻し、ペルシスタ様とレヴェヴィア様に別れを告げていたあの方は、その身を蝶に変えて月に還っていったはず。物思いに耽っていると、これみよがしに深いため息をつかれた。
「ていうかさ。なんでそんな月送りのこと知りたいの?」
「月の呪いを解きたいのです」
「誰のため? レティのため?」
えっ、と思わず声が出てしまう。そんなのノクト様のため以外にあるだろうか。うろたえる私にヴァン様は追い打ちをかけるように言葉を重ねてくる。
「こんな夜遅くに楽しく一人で出歩いてさ、あいつのことほったらかして」
「そんなつもりは」
「ノクトと一緒に逃げたらって俺が勧めても、最後までお側にいるんですって言ったのはレティなのに」
まるで私のしていることは独りよがりで勝手なことだと責められているみたいだった。そんなことはない、と言い切れるほどの自信もない。
『旦那様がお望みでなくても?』
いつかのアドリ様のお言葉が蘇る。ノクト様に生きていてほしいと願っているのは自分だ。でも、でも、旦那様だって「生きたい」と言ってくださった!
「わ、私は旦那様のために──」
「じゃあ帰ったら? ノクトのために、さ」
私はなにも言い返すことができなかった。




