第33話 え? 旦那様、花火で聞こえません!
ペルシスタ様が次々と扇を振り下ろしていく。そこに躊躇いなど一切ない。質問の内容はいたってシンプルなのだが、見つめ合って答えなければいけないルールが難易度を跳ね上げていた。それだけならまだしも、野次馬根性丸出しの観客たちが羞恥心を煽りに煽ってくる。
惨敗した参加者たちはトボトボと退場していき、あれよあれよという間に自分たちの番が回ってきてしまった。
「では二人とも。嘘偽りなく答えなさい」
ステージの中心で光を浴びながら、二人でペルシスタ様の前に立つ。彼女の赤い瞳が淡く灯った。心を読んでいるサインだ。
ちらりと隣を窺えば、ノクト様の頬もほんのりと色づいていらっしゃる。もともと初対面の人とは目を合わせられないくらい恥ずかしがり屋な方だ。それでも頑張っていただきたい。気球ペアチケットのために。
「相手の好きなところは?」
もちろん従者である自分が先陣を切る。ペルシスタ様に嘘は通じない。取り繕うのが無駄であるなら、ただ素直になればいいだけのこと。
「すぐに拗ねますし、わがままですし、寂しがりで情けない方ですけれど……」
ノクト様と向かい合い、私はその手をとった。
「誰よりもお優しいところです」
うねりを上げる歓声に混じって、あちらこちらから指笛が鳴り響く。ステージそのものが声によって揺れていた。ペルシスタ様は王女らしからぬ、にんまりとした笑顔を浮かべていらっしゃった。知っておられる癖に意地が悪い。人の恋愛を心ゆくまで楽しんでおられる。今更だったか。
そんなことよりも、ノクト様は照れておられないだろうか。心配になってお顔を覗き込もうとすると、手を強引に持ち上げられた。そして手のひらに落ちてくる柔らかい感触。口づけられている──こんな、人前で!?
「俺を必ず、選んでくれるところ」
見下ろされているせいだろうか。陰った虹彩は黒く、底が見えない。私を含め、その場にいた誰も理解が追いついていなかった。一体なにが起きているのか。
動揺してはいけない、と心の中で忙しなく繰り返す。動かないよう鍛え上げた表情筋は、このときのためだったのだ。いまだはっきりと残っている柔らかさ。どれだけ平常心を削られても、なんとか耐えなければ。
「──っ、ノクト。お前」
ペルシスタ様も驚きを隠せておらず、声がかすかに震えておられた。旦那様はといえば、堪えきれないとばかりに笑っていらっしゃる。照れ隠しには見えない。向けられた笑顔が、握られた手が、「離れるな」と迫ってくるみたいで。
目の前にいるのは私の旦那様なのに。従者としてあるまじき考えに、頭の中を支配されていく──この人から逃げたい、だなんて。
パン、と手首のひねりだけで扇の開く音が響く。その音で我に返ったフィルマ様が、慌てて魔導拡声器を口元に運んだ。
「お、王女様の扇が開いたっス! 第二関門を乗り越えたのは、またしてもノクトとエクレティカのペアだーーっ!」
うおお、と時が動き出した如く、再び歓声が沸き起こる。ぱっと手が離された。私は先に退場したペルシスタ様とレヴェヴィア様を追うように、ステージを後にする。ノクト様がどんな表情をされていたのかは、見られなかった。
「きすしてもらってよかったねー、のらねこ」
「レヴェヴィア様……エクレティカにございます」
ステージの裏手。そこで私たちは束の間の休息をとっていた。レヴェヴィア様は、私のことを母親と同じ呼び方でお呼びになる。真似をするうちに定着してしまったのだろう。
ペルシスタ様は扇で顔を隠し、目を伏せておられる。なにを考え込んでおられるのだろう。
「野良猫、わたくしの屋敷に来なさい。デートをしましょう?」
扇を閉じたかと思うと、私を連れ出そうと腕を引いてきた。全身を使って引っ張られるが、足に力を入れて踏みとどまる。さすがに体幹で王女様に負けるわけにはいかない……いや、問題はそこではなく。
「今からでございますか? 旦那様は」
「デートだと言ったでしょう、お前だけよ。いいから、はやく」
いささか急すぎやしないだろうか。だがわがままというにはあまりにも必死だった。
どうしたものかと悩んでいると、後ろから「レティ」とノクト様の声が聞こえてきた。いけない、戻らなければ。お話はまた日を改めていただこう。
「申し訳ございません、旦那様に呼ばれておりますので!」
軽く一礼してからノクト様の元へ向かう。ペルシスタ様が「エクレティカ!」と叫んでおられたが、振り返らなかった。彼女を選べば、もう旦那様のそばにいられなくなる気がして振り返れなかった。
お声がした方に着くと、自分を置いていったことを咎める膨れっ面。お決まりのように拗ねておられた。よかった、いつものノクト様だ。お隣にはフィルマ様の姿もある。
「レティ、遅いっ!」
「お待たせいたしました」
どうやらこのイベントはフィルマ様が主催したものらしい。彼曰く、第三関門について打ち合わせがあるという。その内容というのが──。
「次、魔力を流して花火を打ち上げてもらうんスけどね? これ絶対に上がるんスよ。二人には必死に魔力を込めるフリをしてもらって、打ち上がったらやったーって喜ぶ演技をしてもらいたいんス!」
つまり茶番に協力しろということか。景品が手に入る。それが確定したのは喜ばしいが、真剣に取り組んできた参加者たちに失礼ではないか。断ろうとした矢先、ノクト様が二つ返事で「演技なら任せろっ」と答えてしまった。花火の大砲が設置されると、私たちは再びステージの中央に並ぶ。
「これが最後の関門、愛の花火! 二人の魔力が通じ合えば……夜空に愛の花が咲き乱れるっス!」
導火線を握りしめ、魔力を込めていく。私たち二人の魔力量は天と地の差があるというのに、まったく同じ速度で燃え進んでいった。一応、懸命に魔力を注ぐふりをしておく。大根役者になっていないか、少しだけ不安だった。
花火が上がるまで、あと少し。誰もが今か今かと固唾を呑んで見守っていた。導火線が魔力で染められ──ドン、と心臓が浮き上がるほど大きな音を立てて光弾が真上へ飛んでいく。次々と、色鮮やかな光の花が夜空に咲いた。綺麗だ。降り注ぐ光を浴びて、旦那様が七色に輝いている。
「レティ、俺と一緒に──」
旦那様の言葉が花火の轟音にかき消えていく。聞き返したところで、自分の声も同じく届かないだろう。だから私は満面の笑顔を返した。
幸せな日はいつだったかと問われたら、間違いなく今日と答える。月の呪いを解いて、そんな幸せな日々を数えきれないくらいプレゼントしてあげたい。今にも泣き出してしまいそうなほど嬉しそうに笑っておられる旦那様に。




