第32話 旦那様の趣味に付き合わされたのではありませんよ?
ノクト様を説得することにも成功し、私たちは参加者への説明を聞くためステージの近くへと向かう。狙うは優勝、ペアチケットを必ずこの手に!
「第一関門は恋の迷宮!」
用意された特設テントの中から二人で協力していち早く脱出する──単純な競争のように思えたが、実際はそうでもなさそうだった。テントの内部は空間が拡張されており、参加者はそれぞれランダムな位置に飛ばされる。どこからスタートするのかもわからなければ、出口に繋がる転移空間の裂け目がどこに隠されているかもわからない。極めて高度な魔法だ。
ステージ付近で「久しぶりに帰ってきたってのに、人づかい荒すぎじゃなぁい?」とぼやいている人がいた。おそらく彼が転移魔法の使い手なのだろう。口調は女性のものだが、鍛え上げられた胸筋と上腕二頭筋からして男性……なのだろうか。
「第二関門に進めるのは上位五組! それじゃあ、はじめっス!」
魔導拡声器から響いたフィルマ様の合図とともに、大勢の参加者が我先にとテントへ吸い込まれていく。悲鳴を上げるノクト様の首根っこを掴み、私も続いてその中へ足を踏み入れた。
目の前の空間がぐにゃりと歪んでいく。極彩色に全身が包まれたかと思うと、次の瞬間には植物園を模した緑の迷宮に立っていた。馬車に揺られすぎたときと同じ吐き気が、じわりと迫ってくる。
「これ、出られなかったらどうするんだっ!?」
「大丈夫ですから。落ち着いてくださいませ」
閉じ込められたと勘違いしておられる主人の横で、冷静に周囲を見渡す。背丈ほどもある生垣にぐるりと囲まれていた。道は幾重にも枝分かれし、果てしなく続く緑が方向感覚を巧みに撹乱してくる。自分がどこに立っているのかさえ怪しい。
二人で道に迷っても、絆を確かめ合って出口を目指す。そんな筋書き通りにいかないのが我々である。半泣きのノクト様をいたずらに怖がらせるのも忍びない。勝つためにも急がなければ。
「旦那様のアスコットタイを外していただけますか」
「いいけど、なんでぇ?」
「それで私の目を隠していただきたいのです」
「えぇ……?」
ノクト様は戸惑いながらも、いそいそとご自分の首元に手をかける。
「レティもそういうの好きだったんだ……」
素直にタイを解いてくださるのはいいのだが、なにやら誤解されている気がする。ただ五感を研ぎ澄ませたいだけだ。
視覚を塞げば肌で気配を掴める。目から入る事象に囚われてはならないというのが、アドリ様の教えである。上等な絹地のタイを目の上に巻かれると、視界はたちまち暗闇に支配された。
「エクレティカ・テルブルア──参ります!」
鋭くした感覚だけを頼りに進む。魔力が不安定な場所が外に繋がる転移地点だ。それを見つければゴールできる。
後ろから「レティ、段差が」とか「レティ、角ぶつかるよ」と、ことあるごとにノクト様の声が飛んできた。少々うるさい。心配していただいているのはわかるのだが気が散る。
「──っ! 出口です、旦那様!」
見えた、風に吹かれているような魔力の揺らぎが。
「壁・壁・壁っ! どう見ても壁だぞ!?」
「突っ込みます!」
引き止めてくるお手を逆に強く引き、真っ直ぐに突撃していく。すると、軽い吐き気を伴う独特の浮遊感に包まれた。
ふっと突然、浮いている感覚が消える。目に巻きつけたアスコットタイを解くと、テントの外──ゴールに私たちは立っていた。見渡しても、他の参加者の姿はまだどこにもない。
「おおっと、最初に脱出したのはノクトとエクレティカのペアだーっ!! 領主の趣味に付き合わされながら余裕のゴール、さすがっス!」
割れんばかりの拍手と歓声。そして、打ち合わせでもしたのかと思うほど会場中が一斉に笑いに包まれた。旦那様のご趣味が周知の事実であるから仕方ないことではあるのだが、少しだけ不憫だ。大勢に爆笑されながら、ノクト様は涙目で抗議の声を上げていた。
「俺が命令したんじゃないってばーーっ!」
次に進める上位五組が出揃ったところで、フィルマ様が再び魔導拡声器を構えた。笑いの的になってすっかり拗ねてしまわれた旦那様をそっと放置して、フィルマ様のルール説明に耳を傾ける。
「第二関門は真実の王女様! クリア条件は簡単、聞かれたことに答えるだけっス!」
バン、と音を立て、照明がここに注目しろと言わんばかりにステージを照らし出す。高いヒールの音を鳴らしながらステージに上がってきたのは──第三王女、ペルシスタ・ツィトルス様だった。
「ただし、照れちゃダメ! 嘘ついても王女様にはお見通しっス。扇で叩かれたら失格っスよ」
レヴェヴィア様と並び、光の中に浮かび上がるお姿が神々しい。扇で口元を隠し、悠々と私たちを見下ろしておられるペルシスタ様への歓声は一段と大きかった。中には第三王女のお名前を呼びながら熱狂的に踊っている者たちすらいる。
「実りの国の王女がなにをやっとるんだ!」
「あら、わたくしはもうこの国の人間よ。民に求められれば力を貸すのは当然でしょう?」
ノクト様にしては珍しく至極真っ当なお言葉も、あっさりと聞き流されてしまう。そういえば、ペルシスタ様も月の国の人間たちと同じくらい気さくなお方であった。
心を読む彼女を前に嘘は通用しないし、知り合いだからといって特別扱いをしてくださるわけでもない。気を引き締めて挑戦しなければ。私は覚悟を決めて、ステージへと上がった。




