第20話 どうか旦那様、従者の決闘を見守ってください
「ノクトから聞いたのでしょう」
ペルシスタ様はベッドの端に腰掛け、気持ちよさそうに眠るご子息の頭を撫でている。彼女に招かれて部屋に入ったのは私だけだったはずなのに、いつの間にかフェルガント様のお姿もあった。まるで離れることを拒むようにそばで控えている。
「お前はどう思ったの?」
ペルシスタ様は許せなかった、なにも言わずにいなくなってしまった騎士様のことを。そうノクト様は仰っていたが、私は自分の直感を信じたかった。
フェルガント様を見る彼女の目は──どこまでも優しかったから。
「ペルシスタ様は恨んでなんていません」
彼女はゆっくりと、ご自分の騎士の頬に手を添える。
「よく笑う男だった」
フェルガント様の表情はまったく変わらなかった。顔を向けるだけで、言葉が紡がれることもない。そんな彼を、ペルシスタ様はただ寂しげに微笑んで見つめていらっしゃる。
「憎しみに取り憑かれた愚かな女のまま死んでしまいたかったのに。ヴィアが笑うの。フェルガントと同じ、顔で……」
声が詰まっている。でも、涙だけは決して流すまいと口の端を震わせていらっしゃった。孤高という言葉以外でこの方を形容することはできない。本当にそうなりたかったわけでもないだろうに。気高くあらねばならなかった王女を支えていた男は、ここにいるのに──もう、いない。
「この顔も見飽きたのよ。いつになったら月に還るのかしら、しぶといったらないわ」
わざと憎まれ口を叩くペルシスタ様が痛々しい。なんとかして力になりたかった。ノクト様の力をもってなお、フェルガント様が月に還らない、いや還れない理由ならわかる気がする。
「どうか、私にお任せください」
誰かを守るために剣を取った者として。手の届かぬ人を、それでも好きになってしまった者として。彼を月に還せるのは、きっと私しかいないはずだ。
「皆様、夜分にお呼びたてして申し訳ございません」
昼夜問わず月の昇る、我が国ツィクトレクト。夜になると月はいっとう輝きを増す。
フェルガント様を月へ還すため、中庭に人を集めた。不安げなペルシスタ様、眠そうに目をこするレヴェヴィア様、状況を飲み込めずきょろきょろするノクト様。最後の一人は尊敬する剣の師匠である、アドリ様だ。
「ほっほ。こちらの決闘、見届け人はこのアドリが務めます」
「け、決闘!? レティが、えっ、フェルガント殿と!?」
止めようとしてくるノクト様を、アドリ様は片手でいなしていた。私の目の前に立つのは、彷徨い人となりながら呪いの大地から帰還した、実りの国随一の騎士。止まらない武者震いをなんとか抑え、大きく息を吸い込む。
「偉大なる騎士、フェルガント様!」
魔力で生み出した剣を抜く。鞘を背後へ投げ、剣先で三日月を描いてから片膝をついた。相手を見据えたまま構えを取り、名乗りを上げる。
「私はイーエン家が従者、エクレティカ・テルブルア! この命と覚悟をもって刃を交える栄誉を賜ります!」
彼は王国騎士である前に月の国の剣士だ。必ず、応えてくれるはず。
静けさが場を支配する。どれほどの時間が経っただろうか。
ついにフェルガント様が動いた。身の丈ほどもある大剣の鞘が、後ろに向かって投げられる。私とまったく同じ所作。それは、決闘が受け入れられたことを意味していた。
「…………」
言葉はない。だが、構えたと同時にフェルガント様から凄まじい闘気が放たれる。気迫だけで戦意を喪失させられそうだ。
これが、ペルシスタ様を守り続けた騎士の力。それを否応なく肌で感じるが、引き下がるわけにはいかない。私も彼女をお守りするためここに立っているのだから。
利き足を後ろへ下げ、腰をできるだけ低く落として目を閉じた。止まらない震え。暗闇に浮かぶ打ち勝つべき相手は、いつだって自分以外にない。
気配が動いた。瞬間、目を開け──力のすべてを込めて一閃を放つ!
再び静寂が戻ってきた。聞こえるのは風に揺れる草木の音だけ。フェルガント様は山のように動かず、立ち続けている。倒れる兆しすらなかった。私の手からは、剣が粉々に砕け散っていく。力及ばず、か。
「見事だ」
両膝をついた私の前で、地鳴りのような音を立てて大剣の刃が真っ二つに折れた。
「エクレティカ・テルブルア──誇り高き月の国の剣士よ。貴殿の名を覚えておこう」
「恐悦至極に、存じます……」
初めて聞くお声だった。感情の機微をまるで窺わせなかった顔もしておられない。生前の記憶が戻られたのだ。彼こそが、ペルシスタ様の愛した王国の騎士。
「負けたのね」
ペルシスタ様はただ短く吐き捨てた。なにも見ないよう、背を向けて。
「やはりお前はわたくしに相応しくないわ。ノクト、月送りを」
「ペルシスタ嬢、いいのか。最後くらい……」
「いいから。さっさと還してちょうだい」
たじろいでいたノクト様だったが、月送りをするため歩き出した。その時だった。
「フェルガント!!」
ペルシスタ様が泣き叫びながら、フェルガント様のもとへ駆けていったのは。




