第18話 小さな勇者は執拗に脛を狙う〜魔王役は旦那様です〜
「わー! みつかっちゃったあ!」
鹿撃ち帽を目深に被ったレヴェヴィア様が虫眼鏡を上下に大きく振っておられる。見つかったことがむしろ嬉しいのか、頬を赤くしてはしゃいでいた。
かたわらのペルシスタ様は、ご子息がなぜこの場所にいるのかと首を傾げている。
「ヴィア、留守番をしているのではなかったの?」
「のくととたんてーごっこ! ままをびこーしてたの」
「あら、悪い子ね」
小さな探偵は母の膝に飛びつき、そのままぴょんぴょんと跳ねた。その体が動くたびに小さなマントがふわりと揺れる。探偵らしい凝りに凝った服と小道具。この強すぎるこだわりはおそらくノクト様のものだろう。遊びにかこつけて連れ出す算段を立てたに違いなかった。
「エクレティカ、こいつなんとかしてほしいっス」
フィルマ様は額に手を当てて天を仰いでいる。彼の親指が示す先にいるのは、蓑虫のごとく蠢いている我が主人である。ずっとなにかをぶつぶつと言い続けている。
「ヴァンはダメ……あいつは違う……絶対レティの運命なんかじゃない……っ」
鼻を真っ赤にして涙目でこちらを見てくる旦那様はちょっとだけ可愛らしい。別に深く考えず口にしたお名前だったのに。想像以上に堪えているらしかった。
いつもなら「旦那様の言う通りでございます」とフォローに回るところだが、あえて聞こえないふりをする。
「どうか私とも遊んでくださいまし、坊っちゃま」
「いいよーっ」
ペルシスタ様がお子様と過ごす時間はなによりも優先されなければならない。旦那様の花嫁探しは後回しだ──決して彼に隠し立てされたことを根に持っているわけではない。決して。
子どもが楽しめる場所へ移動しようと、私たちは店を後にした。
「エクレティカ」
店外に出る前にフィルマ様に呼び止められる。
「よかったっスね、ノクトが不義理なことするやつじゃなくて」
「はい。その節は大変ご迷惑を……」
「本当っスよ! ガキも全然似てないじゃないっスか」
言われてみれば。笑った際の顔立ちはペルシスタ様によく似ているけれど、お二人の子だと私が思い込むきっかけになった髪の色は旦那様の透ける金糸とは違う。ただ、この色──どこかで見覚えがあるような。
「レティ、置いていっちゃうぞーっ!」
「お待ちください、旦那様!」
またのお越しを、というフィルマ様の声を背に受けながら、ノクト様のもとへ向かう。
有り余る体力を持て余す男の子を存分に満足させるには、街外れの公園ほどうってつけの場所はない。仕事をサボっているヴァン様の止まらないくしゃみが、今日は珍しく聞こえてこなかった。
遊具の少ない公園だったが、子どもというのは遊びを見つけ出す天才らしい。いつの間にか、どこからか拾ってきた手頃な木の棒をレヴェヴィア様は握っておられた。
「われこそは、いだいなゆーしゃ! きしとしてまおーをたおす!」
「勇者なのか騎士なのかどっちなんだ?」
「まおうめ、かくごしろ!」
「俺が魔王なのっ!?」
伝説の剣のごとく棒を高く掲げ、小さき勇者はノクト様へ突進していく。探偵ごっこで被っていた鹿撃ち帽が地面に落ちたので、すかさず拾い上げて砂を払っておいた。
「でやーっ!」
「坊っちゃま、腰が高すぎます! 姿勢を低くして、脇をしめて!」
かつて自分が剣術指南を受けていたときに掛けられた言葉が止められない。レヴェヴィア様は体格の差をうまく利用しながら、ノクト様の急所を的確に狙っている。
「いた、痛いっ! やめろっ、脛ばかり狙うな!」
「旦那様は痛めつけられるのがお好きではないですか」
「誰でもいいわけじゃないのっ!」
いつまでも賑やかに遊び続ける三人。その様子をペルシスタ様はフェルガント様とともにベンチに腰掛け、穏やかに見守っておられた。ところが、唐突に立ち上がったかと思うと、私のもとまで歩み寄って腕を掴んでこられる。
「剣を教えるのは──やめてちょうだい」
なぜ、と不躾に問うことはできなかった。あまりにも悲痛に歪んだその眉を目にしてしまえば。
「ヴィアは弱いから……お願い」
きっと体の弱さを指しているのではない気がする。どんな理屈を並べても、剣とは人を傷つける技術。その力に呑まれ、道を誤る人間も少なくない。我が子にそうなってほしくないと願う気持ちは当然のことだが──。
「やーっ!」
不意に、どんっと右足に衝撃が襲ってきた。よろけそうになるのを耐えて足元に目をやると、坊っちゃまが私を睨みつけていらっしゃる。ばしばしと木の棒を叩きつけながら、今にもよじ登ってきそうな勢いだった。
「ままをいじめるなーっ!」
ああ、この方は立ち向かってこられたのだ。敵うはずがないとわかっていても、母を傷つける人間──と思われているのだろう──に挑む意志をお持ちになっている。
私はペルシスタ様と目を合わせた。心を読まれるより前に、言葉で伝えるために。
「大切な方を守ろうと剣をとったレヴェヴィア様は立派な騎士にございます」
彼女はなにも言えずに、茫然自失のまま立ち尽くしていらっしゃる。気づいたノクト様が、ペルシスタ様をベンチまでお連れになってくださった。剣を握って生きる人間として、どうしても彼女の願いに応えることができなかった。
足元にいる坊っちゃまに彼が落としてしまった帽子を被せ、私は魔法によって一振りの剣を作り出した。
「よろしいですか、坊っちゃま。戦う者は礼を覚えなければなりません」
「れい?」
「相手を踏みにじる人間に剣をふるう資格はないのです。いいですか、よく見ていてください」
鞘から剣を抜き、その鞘を後ろへ投げ捨てる。退路を断ち、戦いから逃げぬという意志の表明だ。剣先で月の半円を描き、切先が真上を向いたところで片膝をつき、静かに構える。
「どうぞ、同じように」
そう促すと、レヴェヴィア様は木の棒でたどたどしい動きをとりつつ、月の国の剣士が最初に身につけるべき所作をなぞられた。
私は誰かを傷つけてでも強くなりたかった。守りたい人がいたから。弱いことは弱いままでいていい理由にはなってくれない。
「どお!?」
「お上手です!」
「ほんと? これでぼくもきし?」
きらきらとした澄んだ目が眩しいほどだった。彼も大切な者のために力を望むときが来るだろう。無力さに絶望しないための道を示すこと、それが私のできる唯一だ。
「ぱぱー! みてみてーっ!」
褒められて気を良くした坊っちゃまは、覚えたばかりの礼を誰かに見せたくなったのだろう。「ぱぱ」と呼びながら駆けていったその先には、ペルシスタ様──彼女のお隣にはノクト様、そしてフェルガント様がいらっしゃる。レヴェヴィア様が嬉々として騎士の礼をご披露した、そのお方は。
「そんな、まさか……」
ほかでもないフェルガント様だったのである。




