第17話 尾行はお静かにお願いします、旦那様
出店でにぎわう街の一角を場違いな男女が歩いている。一人は優雅にクレープを堪能していらっしゃるペルシスタ様。もう一人は、日傘を差しながら周囲の通行人と彼女がぶつからぬよう気を配るフェルガント様だ。月の浮かぶ夜が一日中続くこの国では日傘などそもそも不要だが、おそらく外出時の習慣なのだろう。
「あら、美人さん! うちのアイスも食べていかないかい?」
「美味しそうね、いただくわ」
「男前の兄ちゃんにもオマケしとくね!」
ペルシスタ様の美しさは言うまでもないが、フェルガント様もその存在感で劣ることはない。屈強な体格に、レモンイエローの髪をなびかせた凛々しいお顔立ち。お二人が並び立つと壮観の一言に尽きる。
「ペルシスタ様」
「なあに、野良猫」
その後ろを歩きながら、私はずっと抱えていた言いたいことを打ち明ける。
「もしかして、ただ街歩きを楽しんでおられませんか」
「あら。お前にしては鋭いわね」
私でなくとも誰の目にも明らかだ。街に来てからというもの、観光と食べ歩きしかしていない。とりわけ甘いものについては全店制覇を目指す勢いである。
ノクト様の花嫁探しを手伝っていただけるという名分でここへ来ているはずなのだが。
「運命とは日常にあるものよ」
……危ない、あまりに堂々と言い切るものだから納得しかけた。それらしいことを仰っているだけだ、このお方は。アイスをすくう手が止まっていないのが揺るがぬ証拠。
気の向くまま進む彼女はとある場所に引き寄せられていった。目線の先にあるブラックボードの文言に釘付けだ。そこには「今なら全品カップル割!」と大きく書かれていた。商魂逞しいその店は──喫茶ヘィメン。
「旦那様の行きつけの喫茶店です。カップルだとお安くなるみたいですね」
「では、お前とカップルだということにしましょうか」
「はい?」
「わたくしと深い仲になるのよ……」
細い指先で顎を持ち上げられ、お顔が近づいてくる。口づけてしまいそうな距離だ。とはいえ、こう何度も繰り返されれば美しい御尊顔にも慣れて動じなくなる。
ペルシスタ様に迫られていると、路地の隙間からガタガタと大きな音が聞こえてきた。ああ、やはりお留守番はできなかったようだ。大きな猫がまたついてきていらっしゃる。もちろん子猫もご一緒である。
「もうっ。少しは初心な反応を見せてくれてもいいじゃないの」
「そうしたいのは山々なのですが」
彼女は気づいておられない様子だった。すぐ近くにノクト様に連れ回されているレヴェヴィア様がいらっしゃることに。心を読む魔法は常に発動しているわけではないのだろう。
「まあいいわ。フェルガント、こっちに来なさい」
私から面白い反応が得られないと判断したのか、彼女はご自分の騎士を呼んだ。フェルガント様は感情の読めないお顔で、長年連れ添った恋人の如くペルシスタ様の腰を抱き寄せる。
「騎士様が不敬罪に問われてしまいます!」
「フェルガントが父王など恐れるものですか。もう死んでいるのだから」
死んでいる──フェルガント様が?
先の無礼な騎士たちが口にした「ツィトルスの亡霊」とは、彼がすでに彷徨い人であることを知ってのことだったのか。しかし、それが事実だとすればノクト様のそばにあれほど長くいて無事なのはおかしい。彼のお近くにいると、彷徨い人は本能的に記憶が蘇って月に還るはずなのに。
一体どういうことなのか。混乱する私を置いて、二人は店の中へ入っていく。中からフィルマ様の「いらっしゃいませ」という声が聞こえ、慌てて後を追った。
「ごゆっくりっス〜!」
テーブルには大小様々なスイーツセットが並ぶ。カップル割をしっかり活用されていた。甘い品はお隣のスイーツショップから仕入れられているため、味は保証されている。
「お前は恋をしたことがないの? ノクト以外に」
「残念ながら」
相槌を打ってはいるものの、心の中ではフェルガント様について詳しく聞きたい衝動のほうが強かった。けれど、私には話の腰を折れない事情がある。
まだ彼女のことをよく知らなかった頃だ。第三王女である彼女自ら主催したお茶会に令嬢が一人も来ないということがあった。そのとき、ノクト様とともに気まずい空気の中で同席したのを覚えている。
ペルシスタ様ははじめて同性とする恋の話を楽しんでおられるのだ。スイーツを前に、頬杖をついて私をみつめる眼差しでわかる。話を遮ることなど、誰ができるというのか。
「わたくしはあるわ。とびっきりの恋」
話を聞きながら、私はアイスコーヒーの氷をカラカラと揺らす。ケーキに苺が添えられるのと同じで、ノクト様の右斜め半歩後ろにいるのが当たり前の人生だった。恋や愛と宣われても、それを理解していないのは自分自身なのかもしれない。
「人の花嫁よりお前の運命をまずは見つけるべきよ」
「私の、ですか」
「世界のすべてが敵になっても隣にいてほしい相手。それを人に探させるなんて愚かではなくて?」
カウンターの向こうから「うぐぅ!」と旦那様が声を上げていらっしゃる。彼がここにいると知っての発言なのだろうか。
ペルシスタ様の表情を見る限り、ただ純粋に会話を楽しんでおられるみたいだが──的確な正論でノクト様を真正面から殴りつけている。
「はじめから好きでなくてもいいのよ。植物と同じように、人を想う気持ちは慈しみ育てていくものなのだから……ほら、誰か一人くらいはいるでしょう」
いません、と言う前に心に浮かんだ人物がいた。いつも猫と女性に囲まれ、気だるげな雰囲気をまとっている──旦那様によく似たお方。
「ヴァン様」
お名前が口をついて出てしまうと、キッチンが再び騒がしくなった。「ん゛ん゛ーっ!」と何か叫んでいるに違いない声が聞こえてくる。くぐもっているのは口が塞がれているせいだろう。
フィルマ様に「暴れんなって!」と抑えつけられ、レヴェヴィア様にまで「しずかにしてっ」と注意されている始末だ。
「あら、いるのね?」
「はい。気になってしょうがない方が」
これだけ物音を立てれば尾行が丸わかりだということ、お三方は気づいていないらしい。
さすがにもう限界だ。私は静かにする気があるのか疑わしい面々の元へと歩いていき、物陰で慌てている小さなカナリアの前に跪いた。
「私とお付き合いいただけますか──レヴェヴィア様?」




