第16話 旦那様と元婚約者様は似ていらっしゃいます……手のかかるところが
「属国の従者ごときが、我ら王国騎士を追い返そうというのか?」
団長格と思しき男は、実りの国の騎士だけが帯剣を許された武器をこちらに突きつけて威圧してくる。だが、恐れなどない。勝負はすでについているのだから。私は構えを解き、静かに顔を上げた。
「いいえ、あなた方がお帰りになるだけです」
向けられていた大剣の刀身が綺麗に真っ二つとなった。中心からゆるやかにずれ、地面へ滑り落ちていく。
「なっ……貴様、なにをした!?」
目で追うことすらできなかった王国騎士は、自分の身に起きたことを飲み込めずにいるようだった。
固有魔法は一日に一度しか使えず、そもそも戦闘向きではない。魔力もさほど多くはない。そんな私が従者として磨いたのは剣の技である。精神で強さが決まるのは魔法も剣も同じこと、という師の言葉を信じて磨き上げてきた。
これ以上侮れば痛い目を見ると感じ取ったのだろう。残る二人の騎士は警戒を強め、囲むように陣形を敷いた。
「二人がかりなど……恥を知りなさい」
私もまた構えをとる。体力や腕力ではどうしても差が出てしまう、小柄な己のために師匠が見繕ってくれた剣術──それは視界を完全に遮り、五感を研ぎ澄まし、打ち込む速さにすべてを込める!
「かかれっ!」
騎士の誇りを失った男の号令とともに、敵が猛獣のごとく突っ込んでくる。利き足に力を込めようとすると、自分の頭上に大きな陰影が差した。
前からでなく上から迫りくる気配を察知し、地を蹴って後方へ身を退く。騎士たちの得物とは比べものにならぬ大剣とともに一人の男が空から降ってきたのである。
「フェルガント様!」
「…………」
一言も返答をいただけなかったが、フェルガント様は騎士たちの前に立ちはだかる。両手で剣をゆっくりと高く掲げた。王国騎士の礼だ──と思っていると、すぐさまその剣を渾身の力で地に叩きつける。
衝撃で大地が割れ、烈風が巻き起こった。騎士たちは塵のように吹き飛ばされていく。魔法は使っておられないというのに、とんでもない剛力だ。
「ツィトルスの亡霊だ!」
「ひ、ひいっ! 助けてくれぇ!」
腰を抜かした騎士たちは一目散に逃げ去っていった。さすがは王国一と謳われる方だ、本当にお強い。
感服して見上げていると、遅れて来られたペルシスタ様が門にもたれかかっておられた。まだいくらか眠たげである。
「野良猫も少しはできるのね」
「おはようございます、姫殿下」
「ま、他人行儀な呼び方だこと」
彼女は軽く身なりを整えているだけであったが、そのまま夜会に出られそうなほど華がある。
「フェルガント様、お力添え感謝いたします」
「…………」
やはりなんの反応もいただけない。フェルガント様があの無礼な騎士たちから亡霊呼ばわりされているのは、この寡黙さゆえなのだろうか。それにしても失礼な物言いだが。
「お前は気にしなくてもいいことよ」
「……心を読みすぎです」
「ペルシスタ、と名前で読んでくれたらやめてあげてもいいわよ?」
まったく、ああ言えばこう言う。ノクト様に負けず劣らず手のかかるお人である。
「やだっ、ノクトと一緒にしないでちょうだい」
彼女にじとっと睨まれたかと思うと、扇で頭を軽く叩かれた。笑いを堪えながらフェルガント様の背にいそいそと隠れる姿は、まさに悪戯好きの少女そのものだった。
「お戯れが過ぎますよ」
「よく似ているのはお前たちでしょうに。婚約が決まって、はじめての顔合わせ──わたくしの魔法を明かしたときノクトはなんて言ったと思う?」
彼女は軽くため息をついていたが、その口調には隠しきれない喜びの色が滲んでいた。
「滅茶苦茶かっこいい! お前の考えはお見通しだぜって俺も言ってみたいっ……よ?」
目を爛々と輝かせ、心躍らせているノクト様が簡単に思い浮かぶ。忖度も遠慮もなく、平然とそう言ってのけるお方だから。
「わたくしに気味が悪いと言わなかったのは、お前で三人目」
三人目。ノクト様と私、ならば残るもう一人は一体誰なのだろう。ペルシスタ様のご家族だろうか。王族とそれに連なる貴族となると数が多すぎてさっぱりわからない。
「じゃ、行くわよ」
「どちらへ?」
「街に決まっているじゃない。ノクトの花嫁探しに協力してあげるって言ったでしょ」
賊も無事に追い払い、お屋敷に戻ろうと思っていたのに。私の手を引くペルシスタ様を振り払うことなどできない。
「しかし、旦那様は」
「大丈夫よ。ヴィアの面倒見てるよう言いつけたから」
旦那様になんという無理難題を。悪戦苦闘しながら、レヴェヴィア様のお相手をされていることだろう。いや、彼は子どもっぽいところがおありだから意外と意気投合していらっしゃるかもしれない。
「承知いたしました──ペルシスタ様」
私に名前で呼ばれたことにすっかり気を良くしたペルシスタ様は、街に繰り出す気満々である。慣れていらっしゃるのかフェルガント様がご自身の主人を止める気配は一切なかった。しかし、自分も今は彼女のお付きだ。お望みとあらば街へ同行するのみ。
ただ、いらぬ心配がふと胸をよぎる。
「またついてきてしまわれるかも」
「なにか言った? 野良猫」
ノクト様にいただいたお互いの様子がわかる三日月のブローチもあるのだ。きっと大人しくお屋敷でお留守番いただけるだろう……多分。




