第15話 旦那様の従者はイヤイヤ期に苦戦します(※無礼な騎士には容赦しません)
友人のご結婚に触発された旦那様が、運命的な出会いによる結婚を望んでおられること。魔法で作り出した幻影で幾度もシミュレーションを重ね、そのすべてが失敗に終わっていること。
ありのままの一切合切をペルシスタ様にお話しした。最初こそ興味深そうに耳を傾けていた彼女だったが、次第につまらなそうなお顔へと変わっていく。
「くだらない戯言だこと」
ノクト様のご事情をご存知だからこその、破壊力に満ちた一言だった。
「お前はそれでいいの?」
心を読める魔法を操る彼女に嘘や誤魔化しはきかない。普通の人間ならおそらく嫌悪感を抱くのだろうが──日頃から思いを押し殺すことに慣れきった身には、取り繕わずにいられることがむしろ居心地よかった。
「私の想いはご迷惑になってしまいますから。お側にいられるだけで……」
それが正しいことなのか、近頃は自分でもよく分からなくなってきているけれど。
言葉を濁す私を見て、ペルシスタ様はまた可笑しそうに声をあげて笑われた。朗らかな表情を絶やさないそのお姿は、ノクト様と婚約されていた頃には知らなかった一面だった。
「らしいわよ? フェルガンド」
「…………」
声をかけられても騎士様が反応することはない。荷解きを終え、部屋の隅で背筋を垂直に伸ばして立っていらっしゃるだけだった。
なぜ彼に話を振られたのだろう。女性の噂ひとつ聞かないフェルガンド様も、道ならぬ恋に思い悩んでいらっしゃるのだろうか。
「下賎な者にしては殊勝な考えね。では、わたくしがいいことを教えてあげる」
両手で頬を包み込まれる。同じ女性である私から見ても、間近で見つめられると鼓動が乱れるほどの美しさだった。いつも女性から目を逸らしている旦那様のお気持ちが、いまなら少しだけ分かる気がする。
さらりと零れた髪が頬をかすめ、花を思わせる甘い香りがふわりと漂った。
「お前は自分に素直になって、ノクトの子どもを産めばいいの」
「ご冗談を! お口が過ぎます、王女殿下!」
なんてことを仰るのだ、この方は。おふざけにしても度が過ぎている。きっと私を小馬鹿にしていらっしゃるに違いない。お体を押し返し、その顔を見上げた私は言葉を失ってしまった。
「冗談ではないわ。そうしなければお前……ノクトの後を追ってしまうわよ」
朗らかさは消え、その唇に力のない微笑が浮かぶ。それすらも失われてしまうと、彼女自身がこのまま儚く消え入ってしまいそうだった。居ても立っても居られなくて、名前をお呼びすることしかできない。
「ペルシスタ様?」
すると、彼女はわざとらしく欠伸と大きな伸びをされる。
「わたくしもその花嫁探し、協力してあげる──明日からよろしくね、野良猫」
言いたいことだけ言って、ベッドに入ってしまわれた。これ以上はなにも語ってくださらないだろう。私は静かに部屋を後にした。
明日からは、お世話するお相手がノクト様お一人ではなくなる。一層気を引き締めなければ。
♢♢♢
朝になってもペルシスタ様は起きてこられなかった。心配のあまり無断で部屋に入ると、泥のように眠っていらっしゃる。
まったく、ご自由な王女様である。後を騎士様にお任せして階下へ向かった私は、彼女が熟睡していた理由をすぐに思い知らされることになった。
「イヤーーッ!!」
顔を真っ赤にして泣き叫んでいらっしゃるのはペルシスタ様のご子息、レヴェヴィア様だ。どうやらお野菜より先にスープを召し上がりたかったらしく、すっかりご機嫌斜めである。
「坊っちゃま、スプーンを落とされては……」
「もういらないっ! あそぶのっ」
「一口だけでも」
「もういらなーーいっ!」
カァン、と勢いよく床に叩き落とされるスプーンを拾い上げ、手渡してはまた落とされる。甲高い金属音が繰り返し響き続けていた。
「レティ、大丈夫か……?」
「問題ありません、旦那様。ここは戦場ゆえ──どうか離れていてくださいませ」
私たちが気がかりでいらっしゃるのか、鳴り止まないスプーンの音が気になるのか、ノクト様が何度も様子を見にいらっしゃる。
これがいわゆるイヤイヤ期というものか。ペルシスタ様は日々この子と戦っていらっしゃるのだと思うと、正直なところ背筋が凍る。彼女を起こしに行ったときに「ご自由な王女様だ」なんて、不躾な考えだった。撤回しなければ。いまはどうか、ゆっくりお休みいただこう。
「無理に食べさせずともよいのです」
そう言って小さな暴君を優しく抱き上げたのはアドリ様だった。レヴェヴィア様のお口周りについた朝ごはんでご自身の服がべちゃべちゃに汚れてしまうのも気にせず、お顔を綻ばせている。
「あちらで遊びましょうか。この食事はわたくしが片付けておきますゆえ」
イーエン家の家令が広間のほうへ連れて行こうとすると、レヴェヴィア様はまた「イヤっ」とのけぞって身をよじる。
「おや、わたくしと遊んではいただけないのですか?」
「……あそぶのはごはんのあと! ままとのおやくそく」
そう言うなり椅子に戻った彼は、自分の食べたい順番でもぐもぐとお食事を召し上がり始めた。これこそまさに本物の魔法だ。心の中でアドリ様に感謝を捧げていると、「エクレティカ」と淡々とした声で呼ばれる。
「門が汚れている。掃除をしてきなさい」
これは、と背筋を正す。
「はい、アドリ様」
合図だ。賊が屋敷の門にいる。レヴェヴィア様をお任せし、急ぎ現地へと向かった。
途中、旦那様が驚いた様子でお声をかけてくださったがいまは丁寧にお応えしている余裕がない。侵入者がいることを気取られないように、「少し掃除を」とだけお返事をして駆け抜けた。
門には男が三人。腰に大剣を携え、王国の騎士服を纏っている。
「お迎えもできず、失礼いたしました。本日はどのようなご用向きでお越しでしょうか」
「……お前は?」
「イーエン家の従者にございます」
謹んで頭を下げると、おそらく隊長格であろう男が一歩前に進み出てきた。胸元の勲章が、自分がいかに偉い人間であるかを誇示している。
「こちらに実りの国第三王女殿下がいらっしゃるはずだ」
「左様にございます」
「修道院の生活に耐えられずに逃げ出したと報告を受けた。国王陛下から保護の命が出ているので引き渡してもらおう」
「そのような旨、我が主人からは承っておりません」
権力を振りかざすのは嘘をつく人間の常套手段である。女であること、高い魔力を持っていないこと。その二点で騎士の三人全員が馬鹿にして笑っていた。
愚かなことだ。魔力の少ない身でありながら、なぜ私がこの家の従者を任されているのか。まるでお分かりになっていないらしい。
「お引き取り願います」
丁寧に頭を下げる動作とともに、光の魔法で細身の鞘と剣を作り出す。膝を曲げ、腰を低く落とし──相手を迎え撃つ構えをとった。




