第14話 私も旦那様の心を読める魔法が使えるようになりたいです
「ペルシスタ嬢!? なぜこちらに」
扇を優雅にゆらすその佇まいは、ここが王城の一室であるかのような錯覚を抱かせる。カナリア色の髪をしたお子様が彼女にもたれかかって眠っていた。
騎士のフェルガント様がその後ろに控えていらっしゃる。王都随一の剣の使い手として名高い方である。口数が少なく、というよりそもそも言葉を発しているところを見たことがない。
「貴方が仰ったのではなくて? 困った時は俺を頼れ、と」
「旦那様」
「誤解だってばぁ。そんな目で見ないで……いや、やっぱ見て……」
ペルシスタ様はあざとい上目遣いで、対して私は最上級の蔑みを込め、ノクト様を見やった。こんな状況でも彼は冷ややかな視線を喜んでいるのだから、さすがに閉口してしまう。
「黙って修道院を抜け出されるなんて。生活に不自由のないよう援助をしていたではありませんか」
実りの国第三王女であられるペルシスタ・ツィクトレクト様。そんな彼女の身勝手を咎めるのはイーエン家当主でも気が引けるらしい。声色がしおしおとしていらっしゃる。
ペルシスタ様は、ちらりと私に視線を投げかけられた。膝上のお子様を撫でながら、その赤い瞳を挑発するように細める。
「ごちゃごちゃと喧しいこと。いいから、この屋敷にしばらく滞在させてちょうだい。貴方もこの子が心配でしょう……?」
──やはり、旦那様との。
目が潤んでくる。腹にぐっと力を込めて耐えた。彼のもとに戻ると決めたのは自分だ。そう言い聞かせても鼻の奥がツンとして少し痛い。
「〜〜っ、いい加減にしてくれっ! レヴェヴィアは俺の子じゃないだろ!?」
ノクト様がとうとう声を荒げた。拳だけでなく全身をわなわなと震わせている。
「ああ、いやだ。ただの戯れではないの」
男の子はレヴェヴィアという名らしい。自分のことを「いあ」と言っていたのは、幼さからの舌足らずと「ヴィア」と普段呼ばれているからだろう。
お二人の言葉に足から力が抜けそうだった。扇で口元を隠していたペルシスタ様が、今度ははっきりと私を見据えている。
「そんなにノクトが好きなのね……可愛い野良猫だこと」
全身の毛穴から、どっと汗が噴き出すのがわかった。見透かされている?
胸の内を見事に言い当てられている。動揺はおくびにも出していないはずなのに。
「お部屋までご案内いたします、姫殿下」
「下がりなさい。わたくしの世話をするのはお前よ」
恭しくアドリ様がお声をかけられても、ペルシスタ様は扇の先で私を指名した。正直なところ、あまり関わりたくない。身の程知らずだとわかってはいるが──彼女は私の恋敵なのだから。
「お言葉ですが、私は旦那様の従者で……」
返答を最後まで聞くことなく、王女殿下は歩き出してしまった。騎士様もレヴェヴィア様を抱き上げ、その後に続く。卑賎な女の話などはじめから聞く気はない、とでも言いたげな足取りだ。
「お待ちくださいませ!」
追いかけながらノクト様を振り返れば、「頼んだ」とばかりにうなずいてくれた。私はペルシスタ様の背に急いだ。
なんとか追いつき、客間へとお連れする。長期の滞在に備えて荷物の仕分けに取り掛かった。
「騎士様。こちらは私のお役目でございますので」
「…………」
制止も虚しく、勝手を知り尽くしたフェルガント様の手によって荷物はみるみる片付けられていく。ペルシスタ様はご子息をベッドに横たわらせ、寝かしつけておられた。広間での小悪魔的な様子とは違い、我が子を慈しむ母そのものの顔をしている。
それにしても、この子は一体誰の子なのだろう。なぜわざわざ誤解を与えるようなややこしい真似をなさったのか。
「お前、幻でわたくしのことを弄んだでしょう。その仕返しよ」
なるほど、と得心がいく。確かに以前、ノクト様の愛読書に出てくる場面を再現するために元婚約者様のお姿をお借りしたことがあった──が。
「なぜ、それを」
さっきから心を覗かれている気がする。私はなにも口にしていないし、不自然な素振りを見せた覚えもない。
暗がりの中、ぼんやりと灯る蝋燭の炎の色をした瞳が妖しく浮かび上がる。
「わたくしは心が読めるの。覚えておきなさい」
禁忌指定されている固有魔法。国の中をどれだけ探しても彼女ほどの魔力をもつ者はいなかった。
旦那様に付き従って王城に出向いた際、ペルシスタ様は誰からも距離を置かれていた。高慢な振る舞いが原因だとばかり思っていたが、周囲の敬遠はご自身のもつお力ゆえだったのか。
「お前、なにを聞いていたの?」
「はい?」
「わたくしは心を読めると言ったのよ」
もちろん、何度も念を押されずとも承知している。心を読めるとは──なんと便利な力だろう。羨ましい限りだ。そんな力があれば、旦那様の花嫁探しなど一瞬で決着がつくに違いないのに。
値段の見当もつかない化粧品の数々を騎士様から受け取る。細心の注意を払って並べていると、不意に笑い声が聞こえてきた。扇で隠すことも忘れ、けらけらと笑っておられるペルシスタ様だった。
「さすがノクトの従者ね! 気に入ったわ」
「……? お褒めに預かり、光栄です」
ノクト様をはじめ、高貴な方々のお考えはわかりかねる。仕事に集中しようと化粧台に向き直ると、横から伸びてきた扇が私の顎を持ち上げてきた。手元から高級な瓶を落としかけ、息が止まりそうになる。
「ねえ、野良猫。その花嫁探しとやらについて教えてくれないかしら?」




