第12話 旦那様とお揃いのブローチを喜んでいたのに、この子どもは誰の子ですか!?
今日は領主としてのお務めがない日。つまり休日である。ノクト様はというと、広間のソファで鉱石と金属を魔法で無心に削っていた。趣味である魔導具作りに没頭していらっしゃるようだ。
手を抜いたり粗雑に扱ったりすると、完成品に不具合が生じてしまう。手先が器用で繊細な技術をお持ちの彼には関係のない話ではあるが。
ただ、集中すればするほど無意識に道具や削りかすといった小さなゴミをあちこちに散らかしてしまうので、かたわらには常にアドリ様が控えている。目にも留まらぬ手際で道具を使いやすく並べ直し、ゴミを次々と片付けるのだ。
「できたぞ、アドリ」
「わたくしめのためにありがとうございます」
出来上がったのは赤い魔石をあしらった首輪と懐中時計だった。コツンと二つを軽くぶつければ、光がうっすらと灯る。
「よーし、ルナ。こっち来い」
呼ばれてもルナは指しゃぶりをやめない。膝の上で宙をふみふみしながら私の指を吸い続けている。そろそろ皮膚がふやけてしまいそうだ。
そのまま好きにさせてやりたい気持ちもあったが、彼女を主人のもとへ連れていった。
「旦那様がお呼びですよ」
ニャアと、可愛らしい抗議の声が返ってくる。ノクト様は新しい魔導具が施された首輪をルナにつけた。鈴をつけると猫にストレスがかかるからなと、子猫に向かって得意げに知識を披露している。猫雑誌を熱心に読み込んだらしい。
新しいものが気に入らないのか、それとも単に気になるだけなのか。ルナは足でしきりに首輪をげしげしと蹴り続けていた。
「これはどういった魔導具なのですか?」
「対になる魔石をつけた相手の位置がわかるんだ」
この国で魔力探知はほぼ意味を成さない。ほとんどの人間が高い魔力を有しているがゆえに、その力が誰のものか判別できないからだ。
懐中時計を手に、アドリ様は目を閉じる。魔力を流し込むと感動の声が上がった。
「お転婆姫がどこにいるのか、映像がまぶたに浮かんできます。いやあ、彼女を探すのは一苦労でしてな」
世話を一番焼いてくれているのは、間違いなくアドリ様だ。トイレトレーニングや爪研ぎといったしつけを易々とこなし、噛み癖がないのも彼のおかげ。そんな完璧な家令でも子猫の好奇心には敵わないらしい。
高い所に登って降りられなくなったり、カーテンに爪を引っ掛けて鳴きじゃくったりするルナを、困り顔でたしなめる光景を何度も目にしている。それでノクト様に位置を共有する魔導具を作ってもらったのだろう。
「あなたはきっと大物になりますね。あのアドリ様を困らせるなんて」
ほっほと笑いながら、アドリ様は庭の手入れのため外出される。人の苦労など知らない子猫は、また膝の上に乗ってきた。
狙われているのは私の指だ。先手を打って両手でその顔を包み込み、何度も撫でてやる。
「首輪、とっても似合っていますよ」
ルナと静かな攻防を繰り広げていると、再びコンと石を打ち合わせる音がした。今度はノクト様の瞳によく似た、光の当たる角度で色合いが変わる虹色の魔石だ。それを金具に嵌め込んで彼はソファから立ち上がる。
「じっとしてるんだ」
動かずにいると、旦那様が左の胸元に三日月を模したブローチをつけてくれた。目を閉じて魔力を流すと、暗闇であるはずのまぶたの裏に広間で立っている主人がはっきりと映し出された。
「よく似合ってるぞ、レティ! これでいつでも俺がどこにいるのかわかるからな」
ノクト様の左胸にも向きが反転した同じブローチがつけられていた。褒めろ、と言わんばかりに胸を張るその姿は、ネズミのおもちゃを捕らえたときのルナとまるで同じだった。
「身に余る光栄です。旦那様だと思って大事にいたします」
「ん!」
気分が乗ったノクト様は、以前贈ってくださったキャットタワーを組み立てはじめた。その間に私は彼の魔導工具セットを片付ける。
ふと、気づいた。ルナがいない。どこに行ったのかとあたりを見回していると、中庭にいたはずのアドリ様が広間に駆け戻ってきた。
「旦那様、急ぎ中庭までお越しくださいませ!」
あまりの取り乱しようだった。移動の最中に主人が何事かと尋ねても、「ご覧いただかないことには……」と答えるばかりで、詳細を教えてはくれない。
「にゃんにゃん! にゃんにゃん!」
中庭にいたのは小さな男の子だった。カナリアの羽と同じ、淡く明るい黄色の髪が夜によく映える。
触り方がいささか荒く、もみくちゃにされてルナは嫌そうな顔をしていた。それでも噛みつくことはなかったけれど。
「お前、名前は?」
「いあ!」
男の子は元気よく名前を口にする。意識がノクト様に向いたタイミングでルナは彼の手からするりと抜け出した。そそくさと自分の寝床へと逃げ込んでいく。
「この子から預かったメモがありまして……」
紙を受け取った旦那様がそれを読むと「いっ」と声を漏らし、そのまま沈黙してしまった。
「なんと書かれているのですか?」
「あ、いや、なにも」
誰の目にも嘘だとわかるほどの焦りだった。書面を覗き込もうとすると、俊敏な動きでそれを丸めて背中に隠されてしまう。
彼は私から目を逸らし続け、理由を尋ねても「ああ」とか「うん」といった煮え切らない返事しかもらえない。そこまで隠されて気にならないはずがなかった。
「旦那様」
「なんだ、レティ……あっ!?」
子どもに近づくふりをしてノクト様を呼んだ。彼は私が呼べば必ず反応してくださる。その隙をついて背後をとった。手からするりとメモを抜き取り、そこに書かれていた内容は──。
『愛しい人、この子をよろしくお願いします。ペルシスタ・ツィトルス』
丁寧で、一分の乱れもない角ばった文字。それは確かに、旦那様の婚約者であったペルシスタ様の筆跡だった。
自分の名前をまだ上手く言えず、猫のことを「にゃんにゃん」という幼さ。子どもはおよそ三歳ほどだろう。そしてなにより、決定的なのは彼の髪色。
三年前であればお二人はまだ婚約関係にあった。つまり、この子はペルシスタ様とノクト様の。
「ち、違うからな、レティ! 聞いてくれ、これには訳が」
訳など知りたくもなかった。今だけは旦那様の声を聞きたくない。降って湧いてきた事実に動転した私は、屋敷を飛び出してあてもなく走った。




