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必殺のグロース—最弱からの急成長―  作者: ヒラメキカガヤ
第八章 限界は打ち破られた
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98/128

Lv98 鎖

「僕もお父さんみたいなお医者さんになりたい」


「そうか。お父さん嬉しいな」


頭の上に乗る、優しい手の感触。日の光みたいに暖かくて大きな手。


まだ11歳だった俺は、父親の背中を追いかけた。


M地区出身の名医・糸井織人(いといおりひと)。スキル『縫合』を巧みに駆使し、外科手術は国家一の精度と評される。


「じゃあ、私も!」


「ミオリには無理だね」


「なんでさー」


「だってお前、転んだ時の血とか見て泣くじゃん」


頬を膨らませる10歳の妹のしかめっ面も、今となっては途方もなく懐かしい。


「泣かないもん! お兄ちゃんのイジワル!」


「こら、ツムグ」


「だってこいつが無理な夢ばっか見るから」


そうやって俺も親父にむくれてたな。



△△△



12歳になった。


「うっわあ! ツムグ君すげえ!」


「足も速くて勉強もできるとか最強かよ!」


勉強もスポーツも、俺が一番だった。


「当たり前だろ? 俺はお父さんみたいな立派な医者になるんだから!」


「このまま国玉(こくぎょく)にもなっちゃおう!」


「いいねいいね、就任したらどう呼ばれるんだろ? 医玉(いぎょく)とか? 生命玉(せいめいぎょく)とか?」


「お前ら言い過ぎだって」


でも、ちょっと思わなくはなかった。


お父さんを超える医者になりたい。なんならお父さんも未到達の国玉になりたい。


軍玉や文明玉、イージスみたいに、存在するだけでみんなを安心させられる。そんな大きな存在になってみたかった。


…。


調子に乗ってたんだ。


俺は。


調子に乗りすぎていたから、落ちた時の落差が高くて、這い上がるにも這い上がれなくなったのだ。


おまけに、自分ならできる、何かの間違いだと、自分の無力さを受け入れられなかったんだ。



△△△



「糸井ツムグ」


中学2年の9月。3年生に声を掛けられる。


俺は選ばれた。


抗魔大祭の警(・)備(・)に。


「俺…ですか?」


嬉しくなかった。


俺は、闘いに最適なメンバーとして選ばれた。


親父がこの世で最も嫌う、闘うという行為。命を粗末に扱う愚行。家の中でもずっと剣士隊や銃撃隊の愚痴を言っていた。必要以上に闘う人間を心の底から憎んでいた。


そんな憎むべき人間たちは、俺を同じ種類に…


「前年のタナト教団の襲撃を受けて、今年はうちのような下級地区の中学にも推薦が来ている。というわけで、君の力が借りたい」


「で、では、俺は医療班に…」


「いや、君の『麻痺』は人間には強すぎる。医療の派遣は『麻酔』のスキルを持つ妹さんがいるから十分だ」


「だ、大丈夫です! 俺は調節できます! だから…!」


「それは確実かな? 人体に害を及ぼさない保障は?」


「それは…」


受け入れられなかった。



△△△



中学を卒業して数年が経った。


俺は、医者にはなっていなかった。


「兄さん、負傷兵の数は?」


国家一の大病院・『E地区総合病院』の第二職員室。


俺は、何をやっているんだろう。


親父の嫌う剣士隊なんかに入って。


こんなことがしたかったんじゃない。


俺は、医者になりたかった。


親父みたいな、親父以上の、存在するだけで人から感謝されるような存在に。


「兄さん」


「分かってんだよ!!!」


身体が止まらなかった。


台の上に乗ったカルテも薬品の瓶もすべて腕で薙ぎ払う。


「ツムグさん!」


「いくらあなたが糸井先生のご子息だからって、ここまでの好き勝手は許しませんよ!!」


周りの医者どもも、親父の子供だから敬語を使う。こんな医者にもなれなかった中途半端な歩兵ごときに。笑えない。いっそ他人のように雑に扱ってほしかった。


「糸井さん。報告を」


小さなころは泣き虫だった妹。


間抜けな顔で『お兄ちゃん』と呼んでいた妹。


自分より下だと思い込んでいた弱い妹は、今は機械のように冷たい目だった。


それは小さなころ、診察をこっそりのぞいた時の親父の目にそっくりだった。


「魔物による外傷8名。うち1名は皮膚毒に侵されている」


「ありがとう」


業務的な礼を背で受け止めてドアを閉める。


もう、こんなところにも来たくなかった。


何やってんだ、俺は。



△△△



剣士隊に入って6年後。


5人規模の討伐小隊で隊長になった。同期よりも少し遅い方だが、待遇も変わる。妹や親父と顔を合わせる伝令係から卒業できたことが何よりうれしい。もう病院になんか行きたくない。


「糸井小隊長!」


意欲的で礼儀正しい後輩が俺の前に現れる。新卒の後輩、武田(たけだ)、といったか。


仕事に対して前向きで、俺には眩しく見えた。


「今回の討伐遠征。リーダー格の討伐を自分に任せていただけないでしょうか!?」


若くて、大人の闇を知らない目。綺麗な目だった。


報告書通りなら、武田には才能がない。剣術も座学も同期の中では下から数えたほうが早いようだ。


しかし。


「分かった」


その芽を開花させてみたかった。


「しかし、最初の数撃は投擲(とうてき)で様子見だ。よほどの危機を感じたらすぐに味方と連絡、合流しろ」


「はい! ありがとうございます! 糸井小隊長!」


組織としては反対すべきだが、後輩の希望の芽を冷酷に摘み取りたくなかった。


昔の俺と重ね合わせた。なりたくてもなれなかった。希望の芽を摘み取られた感覚を味わってほしくなかった。


絶望と立ち会いたくなかった。


洞窟に入る。


武田の帰りが遅かった。


予定外の数にてこずった。


武田もそこまで馬鹿ではない。命の危険を感じれば必ず帰るか、信号を送る。


甘かった。


俺の希望も、目論見も、すべてが夢に甘えた少年のように。


武田を見つけた。


武田の胴体から、大量の血が流れている。


腹が、植物型の魔物の茎に貫かれている。


「そ…総員! 突撃!!!」


考えるな。


突っ込め。


「何をしているか! 臆するな! 仲間がやられたんだぞ!!」


「は、はい!!」


早く、魔物を…、殺せ!!


判断が甘かった。


ここは、撤退を選ぶべきだった。士官学校のガキでも分かるような判断を、俺はまんまとしくじった。


魔物を倒し、武田を担ぎ、仲間と共に洞窟から出る。


俺を除く小隊の全員が、重症。


掠り傷で済んだ俺は、病院に…


行かなかった。


親父と妹がいる。


行きたくなかった。


あそこで何をどう報告すればいいか。


上官にも連絡できない。こんなの報告すれば俺は間違いなく降格。同期の笑い者だ。


居場所がなくなる。


…『麻痺』。


賭けるしかなかった。


俺のスキルに。


俺の、行きたいと思った、本来の未来に。


「俺は…医者に…なるんだ…」


誰からも求められる存在に。


…。


縫合は知っている。メスも知っている。注射も知っている。医療の知識は父親の書斎で熟知している。


実技経験なんてなくても。


親父の息子なんだ。


ミオリにできたんだ。


俺ができないわけが、ないんだ。


「た、隊長…」


「武田、どうだ! 聞こえるか!」


「く、苦しいです! し、痺れる!! ああ!! あがぁぁ!!」


悲鳴が上がる。


武田だけじゃない。『麻痺』を使って処置をした全員が、地獄の炎に焼かれるようにもがき苦しむ。


今回の討伐した魔物に、麻痺毒を持つものはいなかった。


考えられる可能性は、考えずともすぐに浮かんでしまった。


余計。


ただ、それだけ。



△△△



その数日後。


俺は剣士隊を半ば追われるようにして退職した。隊員の遺族からは訴訟されかけたが、軍玉の大城裕子がうまく治めてくれたらしい。


「なぜここに来なかったんだ!!」


E地区総合病院の院長室に呼ばれるなり、父親に頭を殴られた。


小さなころに乗せられた優しい手は、大人になってもまだ大きく感じた。


「なぜだ…なぜそんなことも分からんのか…命を粗末にする馬鹿者が!!」


痛い。


痛覚的な話じゃない。


涙が出る。


痛覚的な理由じゃない。


どうして俺の『麻痺』は、心にも作用してくれないのか。


院長室を出ると、ミオリが俺に何かを言いたそうに顔を動かす。


「…なんだよ」


「いや、何でもない」


「ああ、親父に用か。お医者様はこんなに夜遅くも忙しいんだな」


「そうじゃなくて…」


「話しかけてくんな…うぜえんだよ!」


真ん中に立ち尽くす邪魔な妹を退かす。


「もう、お前にも親にも会わねえ」


「待って、兄さん!」


「もううんざりなんだよ…! 夢なんか、見るんじゃなかった…」


鎖だ。


心の奥底を圧倒するほどの夢や目標は、一度見てしまえば、それは一生、強固に結ばれた鎖のように付きまとう、引っ張られる。自由を奪われる。


夜風が寒い。


そうだ。2月か。このまま凍え死んでやろうか。


「元剣士隊小隊長、糸井ツムグ」


黒いローブを纏う男が声をかけたのはその時だった。


「そして、糸井織人のご子息。君の『麻痺』を役立てたい」


「誰だよ、あんたは」


「今度はその『麻痺』を、戦闘ではなく…治療に使ってみたくはないかい?」


タナト教団・『序列・壱』、『ルーラー』。


「人間の麻酔では効かない、難病で今にも死に掛けの『獅子王』。彼の手術医を探していてね」


表向きでは文明玉と呼ばれる男、飽田洋一郎は、諦めかけた俺を再び甘美な鎖で縛り付けた。




チェーン…糸井ツムグは剣術隊の中でも優秀で、特に、5人程度の小隊を統率する能力は同期でも抜きんでていました。出世が遅れたのは、本人の医者へのあこがれや、上官への態度の悪さが理由です。


タナト教団でも、統率力と中距離の戦闘力から、『序列・陸』の立場と『吸魔の鎖』を与えられています。


教団の中でも慕われていて、レオ(『獅子王』)が気安く話せるのはチェーンだけです。

面倒見がいいので、家事をよくさせられます。


一年前のある一日

↓

「チェーン、お腹すいたよ。ご飯作らないとビリンビリンするぞー」

「あーたしもー、はーらへったー。ひーさびさにハーゲのごはーんたーべたーい」

「旦那、俺カレー食いてえ」

「ワタクシの分には『太陽』のごとき目玉焼きを乗せるのが義務ですよ?」

「なに? 今日はハゲのおっさんが作ってくれんの? じゃあ僕は、カツカレー」

「ならば拙者は、らっきょうを添えて頂きたいのですが」

「キシャシャシャシャ! 俺はハンバーグ」

「わ、我は、ビーフジャーキーを所望する」

「お前らなあ…。じゃあ、買い出し手伝ってくれるやつ、挙手しろ」

「「「「「「「「…………………………………」」」」」」」」

「なんか言え!」

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