Lv97 嫌いなタイプ
「ねえ、邪魔しないでくれる?」
って言っても無駄か。
天井をぶち抜いた、相変わらずのお馬鹿さんの方に行きたくても、
「通さねえよ」
スキンヘッドのおじさんがレイナの道を阻む。
『狂人殺し』を展開し、レベルを下げた。『Lv20』。
さっきのくの一さんよりは闘えるけど、この人は何だか闘いにくい。
「そのにょろにょろ、やめようよ」
距離の取り方が絶妙。
操る6本の鎖で、距離を詰める私の前に現れたり、少し距離を取った私に追い打ちをかけるように放つことで、望んだ場所よりも後ろに誘導されてしまう。
中距離戦闘のエキスパート。
レイナの得意な近接戦闘に無理やり持ち込んでもいいけど、
「それを言うなら俺のレベルから戻せっての。ハイテクのZ地区民」
鎖の先に何かが塗布されたナイフ。おそらくは、スキルによる毒。
軍玉さんの前情報から、あれは麻痺毒。傷口に侵入したあいつのエナジーが全身に強烈な痺れをもたらす。
いくらレベルを下げたとはいえ、レイナみたいなレベルのない可愛い女の子が喰らってしまえば、一撃でゲームセットだ。
「嬢ちゃん1人で勝てる俺じゃねえよ」
「さあ、どうかな? レイナも本気出してないし、まだ分かんないよ?」
「その本気、出す前に死なないことを祈るぜ」
「言うじゃん」
飛び掛かる2本の鎖。
近接を誘っている。その証拠に、6本あるうちの2本しか鎖が飛んでこない。内側に切り込んだ直後に、あとの4本を一気に放る算段か。
いいよ。
ノッてあげる。
回り込むように放たれた鎖を、前進して避ける。
「どいつもこいつも命知らずだなおい」
やっぱり、4本来た。
この後のあいつの行動を読め。
重心が、後ろに少し傾く。
後退の準備。
後退して建て直す。
あいつの目的は、足止め。レイナや他の人員を足止めし、蒼雷の子供や樹木使いの青年の火力で侵入者を相当する。そんなところだろう。
それなら、
「丸見えだよ、おじさん」
腰から数本のトゲを取り出す。
『対狂人棘型地雷』。
地面に転がすと、トゲ型のそれらが磁力で立ち、半径3メートルに爆発を生み出す。
その数本を、おじさんの足元を囲むように投げる。
「なんだ、これ…」
無知でよかった。
「おじさんそんなのも知らないの~? 情弱だね~。ハァゲハァゲ♡」
「おい、あんまり大人をなめるなよ…っ!?」
跳ばれても厄介だったし、煽って正解だった。
この人はたぶん、本当の悪人ではない。
なんとなく感じ取れる善の気配。そこに付け込む。
会ったことのない、レイナのお母さん。その『お母さん』を殺したのは、レベルを持った狂人らしい。頭上にレベルなんて数字を付けて、強さの指標のようにアピールし、魔物を倒す勇気の証とされるそれは、単なる殺傷能力の値。人間を止めた人間たちによる暴力の証。
会ったことのない、レイナのお父さん。その『お父さん』にはレベルがあったらしい。だけどお母さんを守れなかった。守らなかった。ばぁばはずっと、それを根に持っている。責任から逃れるように行方をくらませたお父さんを探し出して殺す、と。
足元のトゲが爆発。
威力は…
「あっぶねえな、おい」
「…はあ?」
皆無。
レベルを持った狂人にも威力を発揮するから、肉体に直撃していない。寸前で防がれた。
おそらくは、あの鎖。
「気づいたみてえだな、ニヒルな嬢ちゃん」
目線に気づいた男が、手に持つ鎖を軽く振って鳴らす。
「これは文明玉さんのお手製でな。麻痺と空間把握を得意とする俺が持った方がいいって、サービスしてくれたんだよ」
「へえ、世界を滅ぼそうとしてる真っ黒のくせに、従業員にはホワイトなのね」
「無理して皮肉で迎え撃つなよ。んで、この鎖はすげえんだぜ?」
もう一度、振って鳴らす。
「あの化け物と同格の『龍』のエナジーも吸い取る代物さ。だからな、俺は賭けに出た」
「レイナが投げたトゲが、エナジーに起因するものなら、吸える…と」
「ふっ、ガキの癖に察しがいいじゃねえか」
これこそ皮肉だ。
エナジーを持たないことを主義とするZ地区民の生きる道が、人のエナジーを用いた兵器を使い、それを、文明玉の作った兵器でまんまと無効化されることになるとは。
「使わせてもらうぜ、『爆裂の鎖』って言ったところかぁ?」
「おっさん丸出し。ダサいから、そのネーミング」
まずい。
このままだと、負ける。
レイナがここに何をしに来たのか。ただの足手まといに…。
ばぁば。
強くなりたいよ。
ばぁばみたいに、人間離れした異能なんかに頼らなくたって。
「殺しはしねえよ、ちょっと痺れるだけだ!」
爆発で加速した鎖。
反応できない。
それが腹部に…
「…っ!?」
「ようやく片が付きそうだわ」
黒髪のショートカット。
青いコート。
その顔を、どこかで見たことがある。
Z地区の海辺。
今は、テリヒメのお姉さんが『祈祷』で鎮めた海の悪魔。
同じ年の4月。
『Lv1』のクソザコお兄さんたちをZ地区に迎えた3ヶ月前。
Z地区の悪魔とも呼ばれる魔物『ヒュドラモドキ・Lv40』。
全長30メートルを超える首が8つ。『最古の生物』である『ヤマタノオロチ』のような魔物が、30年の月日を超え、覚醒した。
ばぁばとレイナを加えた大人たちでも被害を最小限に抑えるのが手一杯で、毎晩続く戦闘に終止符を打ったのは、覚醒してから1週間後。
たった一人の女。中学生を名乗る大人っぽい女が、槍一本を携えて悪魔と対峙し、
「この子を使いこなせるようになったの、つい一月前なんだがな。まあ、やるからには全力で臨むつもりだ。でなくては、『青』のリーダーとして顔が立たんからな。轟あたりに笑われてしまう」
魔物を、たったの一振りで深淵へと帰してしまった。
記憶の中から、直感した。
あれは、『神器』。
文字通り、神の力が宿った武器。
スキルによる恩恵を持つ、あるいはスキルそのものが適正でなければ、所持することの許されない器。
『海神の魔槍』。
「これで一安心よ。また現れたら、依頼してきて頂戴。Z地区の文明には興味があるから」
海崎シアンを名乗る女が、レイナを幼児扱いするように頭に手を乗せた。
そして今。
その女が、また。
「少し、大人っぽくなったかな? えっと、レイナちゃん? にょろにょろの悪魔はまだ大人しく寝てるかな?」
「うん、おかげさまで。テリヒメお姉さんの祈祷もあったから」
「そう、よかった。…あれ、避けられた」
こっちに伸びる手を全力で回避する。子ども扱いするな。
「あとは私に任せるといい」
「レイナだって、やれるし。ていうか、手柄取らないでよ」
「うん、威勢よし。藤井カナトに負けず劣らずだ」
「あのクソザコお兄さんと一緒にしないでよね」
相変わらずのすまし顔。
嫌いなタイプだ。
口喧嘩を仕掛けてもそれに乗っかる気が全くない。恐ろしく情緒が安定していて気味が悪い。
「御託はもういいだろ。ブルーローズのリーダーさん」
スキンヘッドが鎖を構える。まだ、レイナが投げたトゲの爆発の力が残っている。
「私のことを知っているのか。光栄だ」
「その光栄のまま、あの世に送ってやるよ!」
明らかに、動揺している。
闘う前から、その顔が畏怖している。
無理もない。
レベルが違うのだから。
『Lv』の高さが。
スキルが違うのだから。
異能の格が。
『狂人殺し』の範囲内に入った黒髪の女は、しかし、頭上に『Lv28』と、高レベルを携えている。
そして、猛威を振るうのは『海神の魔槍』。
振るわずとも、闘わずとも。
雌雄はすでに、決していた。
「っざけんなよ!」
一振り目ですべての鎖を薙ぎ払い。
「こんな…こんなことが許されるわけが…!」
三叉槍が、ステーキ肉を持ち上げるフォークのように、男の腹を貫いた。
槍術もまた、達者だった。一寸の狂いもない、まるで人造人間か何かのごとく、緻密で精密な一刺し。人を刺すために生まれてきたような女の、無気質な一刺し。
そこに、『海神の魔槍』の威力が上乗せされる。
知識として、これが正しいのかは分からないが、『海神の魔槍』に宿された海神のスキルは3つ。
そのうちの1つ、『深海夢想』。刃先に触れたものに、まるで海中に閉じ込められたような、激しい幻覚を与える。
それは正解だったようだ。
「ああ、父さん! ち、違うんだ! 俺はただ…助けたくて…役に立ちたかったんだ!!」
どんな過去か、いつの過去か。
定かではないが、意識が脳裏の底に沈めていたはずの深淵をさまよっているように、床に転がった男は肉体をよじり、
「違うんだよ!! 俺だって…俺だって!!!」
発狂し始めた。




