Lv96 まとまらないや
「終わりだよ、カケル」
「…やっぱり強いな、サイハは」
だって、僕にスキルを教えてくれたのは、君なんだから。
「『漆黒の光→二十槍』」
解き放たれる、その名の通り20本の、『闇』を纏った『光』の槍。それら20本が触手のように自在なカーブを描き、離散。そしてそのすべてが中央に集まり、手足を『闇』の枷に縛られた僕に襲い掛かる。
もちろん、『施錠』なんて間に合う物量じゃない。速すぎて軌道も読めない。それ以前に拘束されているから、指で『施錠』の指向もできない。
「ごめん、カケル」
「謝るなよ。サイハに殺されるなら、僕は喜んであの世に行けるよ」
もう、未練なんかない。
この言葉に、嘘なんかない。
目を閉じて、彼女のエナジーを感じる。
肌に到達するまでが、少し長い気がした。
「邪魔するぜ! 他人の恋路!!」
また邪魔が入った。
せっかく、今度こそは格好よく死ねると思ったのに。
それも、オボロ君や大城さんでもない。
僕が、大嫌いな人間の1人。
提出物は平気で遅れる。定例会では余計な発言ばかりして時間を延長する。いつも雑で、いい加減な男。
まとめあげる後輩たちも彼のように底意地が悪く、傲慢で、素行も劣悪。
「俺じゃあ不服かぁ?」
「…別に。協力に感謝するよ」
「しっかり不服じゃねえか。悪かったよ、大親友じゃなくて」
その男はニヤリと、論理的思考なんか持ち合わせてないくせに、僕の心情を見透かした。
轟ヒビキ。
「まあ普段みてえに大人しくしてろや。坊ちゃん」
頭上の、信じられない数字。
到達した。
届いたんだ。
『Lv50』。
精鋭軍人でも到達できる人間がほんの一握りと呼ばれる領域に。
スキルの『変容』を可能にする頂に、この男は足を踏み入れた。
「オボロのやつは俺の後だからな。実質、現役中学生で俺が一番乗りだ」
何を張り合っているのやら。
…。
オボロ君も、そこに到達したのか。
苛立ち。
僕の苦労を、命がけを、本当になんだと思ってるんだ。
どんどん、そういった重みが軽くなっていくのが、素直に悔しい。
嫉妬。
僕なんかが感じるはずのない感情が沸き上がる。
「遠慮なく行くぜ! 鍵カケルの女ぁ!」
ああそうだ。まぎれもない、嫉妬。
僕が君たちだったなら、どれだけよかっただろうか。
作戦も戦略も計算もない、単なる直進。
相手の攻撃を感覚で凌いで、相手の防御を肉体と狂気で破壊する。
愚直な彼にとっては、それこそが最大の武器となる。
スキル・『スキル耐性』。
それは、向かってくる『闇』色のエレメントたちをも…。
「効かねえよ。もっとエモいの持ってこいや!!」
無に帰す。
取り囲む『獄炎』を走行で払う。
口元を覆いつくす『深淵水冷』を、喉に手を入れて掻きだす。
頭上から降る『冥雷』に直撃するも、頭髪を洗い流すように手で掻き落とす。
真下から隆起する『絶縁土塊』に腹を抉られるも、父親に抱き着いた子供のようにもてあそぶ。
最古の異生物・『鎌鼬』を想起させる『黒風』は、皮膚に掠り傷一つ付かないどころか、真夏の冷房のように涼んで見せる。
『漆黒の光』も、『悪意の闇』も、無に帰す。
「あーあ、やっぱりめちゃくちゃだな。轟ヒビキは」
どんな属性をどんな形に変形させようが、直進する男には、効かない。
「どうせ終わらせられるなら、カケルがよかったな」
サイハは、諦めた。
『箱』が閉じられる。
「サイハ!! …待ってくれ、轟…」
「待たねえよ」
「なんでだよ…くそ…」
終わりなんだ。
こいつにとって僕らの関係なんて、僕の気持ちなんてどうでもいいよな。
当たり前だ。
僕だって、轟ヒビキなんて知ったことじゃないし、きっと、彼が困っても助けることなんてない。
強い者が弱い者の意志を蹂躙する。
当然の理だ。
意見があるなら、わがままがあるなら、それらを通すために強くなるしかないんだ。
それを諦めた僕に、強くなる資格はなかった。
「いたっ…」
サイハが頭を押さえる。
頭部への、容赦のない攻撃。
終わった。
「轟ヒビキ…僕は君を許さな…え?」
サイハはまだ、生きていた。意識を持っていた。
額をすりすりと、父親のお仕置きを喰らった幼児のように、痛がっていた。
…。
攻撃の正体は、攻撃にもならない…デコピン。
「俺はもう許してやったぜ、この女を。なんてな」
また、見るだけで不愉快な笑い方で僕を見た。
「なん…で…」
サイハは、まだ生きている。
「お前はどうすんだよ」
「え」
急な疑問形に対処が遅れる。
「おいおい、しっかりしてくれよ、生徒会監査殿」
頭をだらしなく掻く轟ヒビキを前に、僕は…。
「…たくない」
「ああ? なんてぇ?」
「縛りたくない!」
本心だ。
できることなら、スキルも使いたくない。
彼女と目を合わせる。
揺れ動く心臓。落ち着かない脈拍。
「サイハは、サイハのまま、ありのままを好きでいたいから。もう、スキルで蓋はしない」
「また…」
サイハの触れたことのない唇が動く。震えている。僕のために、震えている。
「私はまた、人を、君を傷つけるかもしれないんだよ…」
涙が落ちる。
「君が、死ぬかもしれないんだよ!!」
僕も同じだ。視界が水で揺れている。
「何度でも言うよ。君に僕のすべてを捧げる」
ダメだ。
声がもう、震えて言葉にならないかもしれない。
踏ん張れ。
「だ、だから!!」
カッコよく決めろ。
「僕と、これからもずっと、一緒にいてくれませんか?」
限界だ。
でも。
…。
サイハが近づいた。
殺されるかな。
僕なんかが、君を追いかけたのが、間違いだったかな…。
「…して」
「え?」
「耳、貸して」
ゆだねた。
いつかの食堂で、僕の袖を同じように掴んで、彼女の吐息が耳をくすぐった。
「私をずっと見守ってくれるなら、私も君に、私のすべてを捧げてあげる」
彼女は、犯罪者でもテロリストでも、化け物でもない。
僕の大切で、大好きで、日常で、抱きしめたくて。…まとまらないや。
「だから、帰ったら私のこと全力で匿ってよね?」
箱守サイハだ。
「う、うん!! もちろんだよ!!! サイハぁぁぁぁぁ!!!」
抱きしめて、もう、離さない。君をタナト教団なんかに絶対渡さない。
「…恥ずかしいよ、カケル。下世話なチンピラくんも見てるよ?」
「いいよ、あんな猿以下のクズ。周囲の塵の中でたまたま見かける大きな粒みたいなもんさ」
「おい、おめえらぶっ飛ばすぞ」
僕の好きになった、これからもずっと好きな、死んでも好きだったとあの世で断言できる箱守サイハが帰って来た。
もう、離さない。
カケルとサイハ、これにて完結です。
欠番の『序列・惨』として伏線張ってて、ずっと出したくてうずうずしてましたね。
彼らの思い出とか戦闘も脳内再生余裕です。アニメになったらこんな風に動くだろうな、喋るだろうな、とか思いつつ、切ない気持ちになるBGMをかけて興奮して書きました。
「僕らの愛で作者の理性を『解錠』してしまったようだね、サイハ!」
「うん。読者にも届くといいな」
「おめえら何言ってんだ?」




