Lv93 カケル
「鍵カケル」
「は、はい!」
箱守さんと知り合って半年後、クラスメートの水無月オボロ君に初めて声を掛けられた。
そわそわと、全身の震えが止まらない。
「お前と組んでみたい」
模擬戦闘の日。
確かにそういわれた。
僕よりも強いクラスメートたちの誘いを断ち切り、ずかずかと僕の方へと歩みより、そのまっすぐな瞳は、僕を逃がさなかった。
足を引っ張りたくなくて、その日はずっと緊張しっぱなしだった。
「お前、本気でやっているのか?」
「ああ、えっと、足手纏いになりたくないから、ずっと本気です!」
「敬語は要らない」
「ああ、えっと、ごめん」
そんなこと言われたって、どうしても緊張する。
水無月オボロだよ?
「でも、どうして?」
なんで。
「僕なんかと組んだの?」
大事な模擬戦闘の授業。通知表に大きく関わる実習。
僕でも分かる、暴挙。
期待の優等生は、華々しい自分の学歴を凡人の僕なんかで汚そうとする。
「俺はお前に、可能性を感じているから」
整ったその横顔は大真面目に言った。そこには皮肉も、嘲笑も、侮蔑もない。
しかし、賛辞も、敬意も感じさせない。濃淡のない情緒。能面そのものだった。
「でも僕は、…弱い」
弱いじゃないか。
向上心なんてない。できれば魔物なんかと闘いたくなんかない。
普通でいい。
弱すぎることなく強すぎることもない。
ただ僕は、好きな人と普通に幸せになりたい。
「だからこそ」
水無月オボロは言った。
「命を大切にできるお前だからこそ、俺は共に闘ってみたい」
平然と言っているようで、そのには強い意志のような気配を感じた。
ただ、その瞬間は、そんなことはどうでもよかった。
闘うのが怖い。
そのせいで僕は、ずっと弱いと言われてきた。
でも彼は、僕が『弱い』理由を『強み』だと、捉えてくれた。
たとえその言葉が気休めでも方便でも、僕にとっては何物にも代え難い代物で、一生モノの思い出だった。
「早速、行こう」
少し傲慢な早足は、人間らしくてむしろ好感が持てる。
躊躇うことなく前へ進む身体。僕より少し小さな背丈は、頼りない僕なんかとは比べ物にならない凄みを纏う。
付いていきたい。
彼に認められたい。いつか、肩を並べたい。
「よかったね、鍵くん」
「み、見てたの!?」
1人で笑っているところを箱守さんに見られてしまった。
△△△
「お前、いつ告白するんだよ?」
2年の秋。
修学旅行の部屋割りは、何かと他人の色恋を聞きたがる男子ばかりで、本を読んでいるオボロ君を除いた4人がかりで、サイハとの関係を問い詰められた。
助けてオボロ君…。
つい数日前に、滝本先輩が同じ学校の蛇塚ウロコに殺され、その人殺しは失踪中だというのに、どうして学校は呑気に修学旅行なんかやって、どうしてほとんどの人間はこうも緊張感に欠けているのだろう。
自分たちは大丈夫だとか、そんな感覚なのか。それならせめて、少しは滝本先輩の死を悼めばいいのに。
オボロ君やサイハのおかげで周りが親しくしてくれるようになったのはありがたいけど、その誰もが付き合いやすい人間ではなかった。僕の常識を平気な顔で嗤うような人間もたくさんいたし、何か事情があって仮面を付け始めたオボロ君を無遠慮に笑う無神経なやつらもいた。
「箱守ってかわいいもんな。早くしないと誰かに取られるんじゃね?」
彼女の顔を思い出す。別の男と楽しそうに話す姿を想像しては、慌ててかき消す。
「なあ、このG地区の庁舎近くの公園の話は知ってるか?」
短髪の男子が、ニヤニヤと訳知り顔で喋るのが、余計腹が立った。
「あそこに行って成立したカップルは、一生結ばれるらしいってな!」
「あ、へえ、そうなんだ」
「反応薄くね?」
「いや、そんなことはないよ」
旅行の初日から周りの空気を悪くしたくない。下らないことばっかり言うやつらだけど、喧嘩をするまで嫌というわけじゃない。にぎやかで楽しい時だってあるし…。
「ちょっとお腹痛いからトイレに行くよ」
「なんだよ、うんこかよ」
「廊下で漏らすなよ~」
「ケツは『施錠』できませんでした、ってな!」
いちいちくだらない言葉を少しでも扉で遮断するように閉じる。
トイレではない。外出するための方便だ。嘘だと気付かれても無神経な彼らは別に傷ついたり腹を立てたりすることはないだろう。
「馬鹿馬鹿しい」
何が、一生結ばれる、だ。
タナト教団じゃあるまいし、限りなく実現しえないだろう事象を妄信するなんて馬鹿馬鹿しい。
外の空気が澄んでいる。
季節の中だと秋が一番好きだな。箱守さんは冬が好きらしくて違うけど、寒い時期という点では同じだから実質僕らの思考は似ているかもしれない。
足が庁舎近くの公園へとたどり着く。
あんな都市伝説めいた不確かな噂を信じている人たちが、何人か。男女がぴったり、均等に存在しているのを見て、おかしな気持ちになる。
ぴったり、という言葉を撤回しなければならなくなったのは、彼女を見つけてからだった。
「鍵くん」
ペアたちにまぎれて孤立したように立ち尽くす小さな少女。
背の小さな少女の、その子犬のような双眸が、僕を見つける。
その目に、意識が引き寄せられる。馬鹿馬鹿しくも、安直に、単純に、面白いくらいに虜にされてしまう。
近づく。
小さく震える彼女。スキル『土のエレメント』を抑えきれないほどに震えている。
嬉しかった。
スキルすらも制御できなくなるくらいの好意を感じてくれている。
ああ。
僕は。
君のことが好きなんだ。
「ごめんね」
僕は、なんて馬鹿だったんだ。
夢でも見ているようだった。
彼女の傍らに置かれている『箱』。さっきまで無かったそれが、いつの間にかここに存在していた。
どう見たって不気味だった。その『箱』は、本能的に嫌悪を感じさせる物体だった。
額から汗を流す彼女。
「えっと、これは…」
「逃げて…鍵くん」
何が何だか、分からない。
「な、なんだ!?」
「きゃああ!?」
返そうとした言葉を発音する間もなく、公園じゅうの土が剣山のように隆起した。
突起が丸くなければ、みんな腹や肩を貫かれていただろう。不幸中の幸い。みんな真上に突き飛ばされるだけで済んだ。
僕の場合は、胸を強打した。オボロ君くらい強くないと反応できないほどの速さの土に直撃した。
軋むように激痛が走る。多分、あばら骨が数本折れている。
口から血が出る。
これも、不幸中の幸いなのだろうか。
『箱』に吸い寄せられたかのように、四方八方から無数の魔物が箱守サイハに集まる。
元凶は間違いなく『箱』…、いや、箱守さんだけど、魔物にまぎれて彼女が悪になることはなかった。
それでも、もう。
時間がないことくらい、今の彼女を見ていれば、
「お願い…逃げて!!」
なぜかこの瞬間、『最古の異生物』の一匹、『鎌鼬』を思い出す。
第二人類史の授業で習った、刃物のような風を操る怪物。妖狐や朱雀、龍やタナトなどと同様、最高位の魔物。
1000年前の『太陽』と『月』の家系の半数が犠牲になり、どうにか封印できたという巨悪。
どうして、今。そんなものを思い出してしまうんだ。
首元をくすぐる大気。
それが圧力を増す。
…死。
突発的で不可視の風の刃に向かって、一か八か、直感的な『施錠範囲指定』。
「『施錠』!」
固定された風が固まる。
間に合わなければ、範囲指定が少しでもずれていれば、僕は間違いなく首を弾き飛ばされていた。
「箱守さん! …君は」
力を抑えようとする彼女に、答える余裕などない彼女に問いかけてしまう。それでも、今のうちに聞かなければ、もう二度と、会えないような気がした。
「ごめんなさい…鍵くん…」
涙ぐんだ目から、目薬の一滴のような大粒がぼたぼたと落ちる。
「私は、タナト教団なの」
「え」
固まってしまう。次の攻撃が来るかもしれないし、目の前の風刃が再起動するかもしれないのに、聞こえた彼女の告白が僕をその場に縛り付ける。
「どうして…」
「ごめん…」
「どうしてだよ!!」
憤慨した。
「ごめんなさい…」
誰かに対して怒ることは苦手だ。
単純に争ったり傷ついたりするのが嫌いだし、何より、僕の言い分が正論でも、怒ってしまえばその人とはもう二度と心の底から笑い合えないのではないかと、不安になってしまうから。
でも僕は、生まれて初めてだった。
こんなに憤慨したのは。
憤慨してもいいやと思えたのは。
きっとそれは、信頼しているから。
力いっぱい怒っても、目の前の彼女はまた僕と一緒に笑ってくれると、そう信じているから。
疎遠になんてならないって、馬鹿みたいに信じている。
彼女に対してなら、そんな自信が湧いてくる。
「どうして、言ってくれなかったんだ!」
「…えっ…」
箱守さん。
君の言う通りだ。
僕は、お調子者なんだ。
「言ってくれればよかったじゃないか! 君がそうなんだって、助けてほしいって、頼ってくれれば!」
「そんなこと言えないよ! だって、鍵くんに嫌われたくないよ」
「そんな大事なことも教えてくれなかったのが、僕は悔しいよ!」
君がきっと、ずっと僕を好きでいてくれるって、信じているから。
「タナト教団って、知ってるよね…? 私は小さいころから、テロ組織のために、こんな恐ろしい力を持って。ずっとみんなの中に潜伏してたんだよ? 私が箱守サイハである限り、この『箱』を持つ限り、『パンドラ』である限り、ずっと私は、化け物で、君たちの敵で、君が嫌う犯罪者なの!」
「知るか!」
まだ言うかよ。
次は黒炎が僕とサイハの周りを取り囲む。30体を超える周りの魔物がすべて死滅し、それが僕のもとへと徐々に近づく。
「タナト教団とか、僕らの敵とか、知らない!」
「知らないなんてできないんだよ! だからもう、離れて」
「できるさ」
一歩、踏み込む。
「…まさか…、待って! そんなことしたら、鍵くんが!」
力を抑える彼女は、僕を阻止する隙なんて無いだろう。
「僕はね、ずっと」
「…ダメだよ、鍵くん!」
そこに付け込む。
「君を守るために、頑張って来たんだ」
「鍵くんお願い! もう近づかないで!」
訓練で教えてくれた、エナジーの流動。
僕の場合は、人差し指と中指の先を銃口のような形にして、狙いを定めたらいいんじゃないかって、箱守さんがアドバイスをくれた。
たぶん、僕は反動で死ぬかもしれない。エナジーの欠乏、なんてレベルじゃ済まないくらい、スキルを過度に使用する。
そうじゃないと、今の彼女を止められない。あの『箱』を制御できない。
それでもいい。
僕ごときの命1つで済むのなら。
「君が…」
君が、自由に生きられるなら。
したことない。
人の心を打ちぬくなんて、最初で最後。
こんな平凡な僕にしては、名誉なことなのかもしれない。
「『施錠範囲指定』」
「やめて! 鍵くん!! 君が死んじゃうよ!!」
君の、『心臓』。
この『鍵』に、すべてを懸ける。
「こういうキザったらしいこと、一回やってみたかったんだ」
「ダメ!!!」
「君のことが、好きだ」
「私も好きだから…だから死なないでよ!! 鍵くん…カケル!!!」
スキルを発動した。
今まで出した渾身の100倍は出しただろう。もちろん、喩えなんかじゃない。
サイハ。
僕も、一回くらいは、君の名前を呼びたかったな。
意識が持たないや。
ほら見ろオボロ君。
やっぱり君は僕を過大評価している。僕は好きな女の子1人、自分の命を懸けてでしか守ることのできないポンコツなんだよ。
狭窄する視界。
『箱』が、見る見るうちに力を失っていく。
まあ、一石二鳥だろう。
『施錠』は厳重に掛けといた。
僕が『解錠』をしなければ、あるいは何らかの神業でも使わなければ、この『箱』は開けられないだろう。
開けられてたまるもんか。
引っ込み思案な僕だけど、そこだけは絶対に譲らない。
真っ暗な闇の中。
カケル、カケル、と、好きな女の子が僕の名前を呼んでいる。
それで死ねるなんて、最高じゃないか。
…。
運べるやつは手伝ってくれ! 早く!!
お前は死なせない。
お前は、俺の親友なのだから。
あーあ。
都合のいい幻聴まで聞こえちゃってるよ。
彼が僕なんかを本気で認めてるわけないのに。
オボロは、戦闘以外でもカケルのことを気に入っています。教師からの雑用も率先して引き受けたり、ルナの件で付け始めた仮面のことも詮索せず普通に接してくれたりなど、相手に対して繊細になれる部分をかなり評価しています。
生徒会長に任命された直後、真っ先に生徒会メンバーに勧誘するほどです。
「ぼ、僕が監査!? 雑用しかできない僕なんかには無理だよ! おこがましすぎて死んじゃうよ!」
「頼む鍵。俺にはお前が必要なんだ」




