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必殺のグロース—最弱からの急成長―  作者: ヒラメキカガヤ
第八章 限界は打ち破られた
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92/128

Lv92 優しい人

「そろそろ動けるかな? 鍵カケルくん」


「…はい」


ようやく『解錠(アンロック)』の反動による疲弊が、少しは軽くなる。


それにしても、まさか軍玉の手が肩に触れる日が来るなんて思いもしなかった。


大城裕子。


副会長、大城ユミコの母。軍玉になる前は『銃撃隊』の総司令を務め、15年前まで全盛期だったタナト教団の重要拠点を次々と機能停止に追い込んだ実績を持つ。


圧倒的な指揮力と存在感。リーダーになるために生まれてきたような人。触れられるだけで、顔を見るだけでそう感じさせるだけの凄み。


軍玉となった彼女が指揮する『異能精鋭隊』。軍玉である彼女の直属部隊は、数々の命を散らしながらも、確実に数百体の魔物を消し飛ばしていく。


戦争そのものだった。


10分前に嘔吐した感覚が蘇りそうになるのを、必死でこらえる。


「あれだけのスキルを使ってもらって悪いが、君にはもう一つ、大義をあげよう」


半ば強引な言い回しで、言い渡された命令。


それに対して僕は、首を縦に振るしかなかった。というよりも、首を横に振るなんて到底できなかった。


「君には、小隊を組んで箱守サイハの奪還と保護をお願いしたい」


いっそ、タナト教団『序列・惨』の確保、って言ってくれればいいのに。


僕のせいで、僕が弱いせいで、君はもう…。



△△△



一年生でスライムも満足に倒せなかった僕は、食堂でも孤立した。


ひそひそとした声に突き刺されながら、つっかえる食事が喉をなんとか通る。


こんなはずじゃなかった。


小学校から仲の良かった友達が、まるで人が変わったように僕を遠ざけた。スキルも使えない、魔物と闘う勇気もない弱虫。


自慢じゃないけど、勉強ができるから小学校ではそれなりにみんなから頼りにされた。読書感想文とか自由研究とか、夏休みは男子も女子も、僕の家によく来てくれていた。


少しは人気者だった。


こんなシステムなんてなければ。


何がレベルだよ。


何がスキルだよ。


こんなのが最優先で評価されるなんて、魔物と一緒じゃないか。


「どうせみんな…」


昨日、僕にハンカチなんて渡した女の子だって、心の底では僕のことを笑っている。


可哀想なやつ。そう思ってるんだ。


「私は違うよ?」


「無理しなくてもいいよ…、ていうか、なんで隣に座ってるんだよ」


小動物みたいな小さな口でサンドイッチを食べるのは、


「ええと…箱の…」


「箱守サイハだよ」


他人を気遣うような笑顔。他人と関わるのが苦手そうな彼女は、無理して笑っているようにも見える。


「ごめん。覚えられなかった」


「気にしてないよ。覚えられてない方が好都合だから」


「え、どうして?」


「ああ、ごめん。今のはこっちの話」


彼女も、僕と関わるのが相当嫌なんだろうな。きょろきょろとあたりを見渡して、早く僕から離れたそうにしている。


「何が目的? 今日の宿題を代わりにやったらいいかな? それとも、お金を貸してほしいとか?」


たぶん、その辺だろう。


僕なりの予想を言った直後、彼女は目を背けて、


「違うし」


と怒りを纏った声を出した。


かと思いきや、急に首を僕の方へと向けて、


「耳かして」


「なっ! ちょっと!」


男兄弟しかいない僕の事情なんて知らないで、彼女は無遠慮に左の二の腕当たりの袖をか弱い力に引っ張り、


「は、箱守さん…ちょっと…!」


「すぐ終わるから」


そよ風のような声量の吐息を耳に当てた。


耳は、空気に敏感なんだな、って改めて感じるし、演奏中の大太鼓の近くにいるみたいに体内の脈拍が上がる。


小さくて暗そうな彼女は、それでも男子から人気の出そうな可愛らしい顔をしているから、僕は何らかの危機めいた焦燥を感じざるを得なかった。


「今日ね、一緒に特訓しようよ」


「えっ…」


放課後。


いつになく長くて長い授業の時間を越えて、来たる時間。


A地区の庁舎横にある、小さな建物たち。


カラオケボックスと同じ広さで、仮想空間へとダイブする機器が置かれている。


「く…訓練室なら、学校にもあるじゃないか…。が、学校の方が広いし…他の生徒もいっぱいで…」


彼女を目にするたび、昼間の耳の感触を思い出す。さっきの5限のエナジー力量学の時も、6限の第一人類史の時も、彼女の顔を見ては、目を逸らすの繰り返しで満足にノートなんて取れやしなかった。


「こっちの方が、人目につかないからいいかなって。私のこと、嫌い?」


「い、いや! べ、別にそうじゃなくて…」


目についたシングルベッド。仮想訓練で疲れた時のために備え付けられている。


廊下で誰かが言っていた。2年の先輩と3年の先輩が、庁舎横の訓練室のベッドで…そういうことをしたとか。ここは、学生たちがそういうことをするため…のたまり場とか。


「まあいいや」


彼女がベッド、…ベッドへと足を進める。


「やろうよ、さっそく」


「え」


全身全霊が固まった。


「今日はやる気満々だし、鍵くんにもそうなってほしいかなって」


「なっ!?」


ななななななな!!


何を言っているんだこの子は!!!


ダメに決まってるだろう!!


レベリング式典からまだ一ヶ月しかたっていないんだぞ? そんな中学生になったばかりの子供が、そんな不純な行為なんて許されるわけが…。


「も、ももももも、もしかして訓練って、そういうことの訓練!? …ええと、僕なんかじゃ練習相手にならないってば! 初心者だし。き、君の経験というかテクニックというか、そういうのは分かんないけど、とにかく僕じゃ相手にならなくて!」


「やってみないと分かんないじゃん」


「で、でもまだ心の準備が! …え」


ふわりと投げられた枕。


「それを背中と壁に挟んで仮想空間ダイブした方が、あとから背中こらなくておすすめだよ? 私はちゃんと持ってきた。クマさんのぬいぐるみ、可愛くない?」


「う、うん。ごめん」


「どうして謝るの?」


「いや、こっちの話」


それからは、ちゃんと訓練が始まってくれた。


箱守さんの教え方は、すごく上手だった。さすがは私立の小学校出身。早期レベリング。


「ちゃんと見なきゃ範囲指定できないよ? 目をつぶらないで」


「う、うん!」


「スライムが飛んでくるよね…今!」


「『施錠(ロック)』!」


おかげで、僕に与えられたスキルを、ようやく発動することができた。


「あとは、焦らず剣で」


「うん! …ああ! 僕のレベルが…!」


『Lv2』。


初めてレベルが上がった。


これなら。


「鍵くん、それはちょっとまずいんじゃないかな?」


スライムの出現設定、200匹!


このスキルは、弱い魔物に対しては燃費がいいらしい。一発使ったくらいで全然疲れない。


「大丈夫だよ、箱守さん! 僕、今ならいけそうな気がするんだ」


箱守さんのアドバイス通り、まずは範囲指定で狙いを定める。相手の輪郭をよく見て、それをエナジーで外側から囲い込むように。


「うわっ! お前ら! そんなに動くなよ! わぁっ、ちょ、く、くるな!!」


200匹のスライムたちが、仮想空間の僕を圧殺した。


仮想空間で負傷したり死に直面すると、起き上がるのが遅いらしい。


窓の外はもう真っ暗で、置時計は21時過ぎを示していた。


延滞料を払って外へ出る。受付の人から注意を受けて、家へと帰る。


「うぅ…面目ない」


情けない話だ。


僕ごときが調子に乗ってしまったから、箱守さんにも迷惑をかけてしまった。


「ふ…くすっ…」


箱守さんが、顔を伏せて、小刻みに震える。


「えっ。箱守さん?」


顔をむくりと上げ、


「ごめんごめん」


彼女は涙を出して笑っていた。


「鍵くんって臆病に見えて、意外と調子に乗るんだなって。さっきの思い出したら、笑えて来ちゃって…ふっ、…はは」


「い、いくら何でも笑いすぎだろ!?」


顔が一気に熱くなる。


「ごめんってば、ふふ! はー…こんなに笑ったの初めて」


「もう…」


すごく恥ずかしかった。


でも。


悪い気はしなかった。


「あのさ、箱守さん」


むしろ、僕は。


「ぼ、僕は…また、君のことを笑わせたいんだけど、ええとその…」


言いたいことがまとまらない。まとまらなくて、自分は結局何を言いたいのか分からなくなってきている。


そんな僕を見逃さない彼女は、やっぱり僕なんかよりもずっと優秀な人だった。


「また笑おうね。学食でも、近くで笑わせてよ」


「そ、それって」


「そういうことだよ! じゃあね! お調子者の鍵カケルくん!」


と手を振り、笑顔の彼女は足早に自分の帰路へと走っていった。


立ち尽くして手を振っている僕は、送っていかなかったことを少しだけ後悔しながらも、ニヤリと綻んでしまう顔をどうすることもできなかったので、それでもいいかと納得した。



△△△



深くかかわろうとした。


だから、ここから、


「ごめん」


カケルのことを巻き込んでしまった。


汚い私が、正道を歩く彼を、薄暗い世界へと引きずり込んでしまった。


気になっちゃダメだった。


私なんかが、カケルみたいな優しい人を好きになっちゃいけなかったんだ。


『箱』の存在を、なんで教えたりなんかしたんだろう。


それはたぶん、認めてほしかった。


ありのままの私を、受け入れてほしかった。


カケルを勝手に、私の居場所にしようとした。

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