Lv88 義務とか命題とか
Z地区。
「頼んだぞ、レイナ」
トヨコ。お前は本当にそれでいいのか。
儂が言っても聞かんじゃろうな。
ジュタロウ君の姉と、その孫らしく、彼女らもまた頑固で強固なのだから。
「任せてよ、ばあば! レイナにかかればお茶の子さいさいなんだから!」
レイナも、怖くないのだな。
戦地に行かない儂だけが、一番恐れている。妻と孫が、これから命を張るために危険へと向かうのだ。恐れないわけがない。
彼女らから目を背ける。
「では、儂らも行こう」
儂の役目を全うするしかない。
目の前に見えるのは、『月』の傍系を名乗る娘と…。
「はい。今回もお世話になります」
半年以上前、レイナが連れてきた『太陽』の娘。
「世話になるのは儂らも一緒じゃ」
そして、傍系・望月の背に乗せられたその子が、抗魔大祭でE地区全域を光で包んだと言われる『月』。先代の『月』をも凌ぐ力を秘めた神童。
月光色の髪。きっと、閉ざされた瞳は翡翠に輝いている。
神無月黄泉の没後1000年、新たに『月』を宿した水無月の子。
「Z地区ごときの礼拝堂で『祈祷』など、改めて誠に失礼じゃが…」
「いえ、感謝してもしきれないっちゃ。…じゃあ、テリヒメちゃん」
「うん。今度は私がルナを救って見せるんだから。余計なお節介を怖がって、何もしないのはカッコ悪いし。…よろしくお願いします、コウイチさん!」
いい目をするようになった。
もし、彼女が今まで取ってきた行動が誰のためになっていなくとも、彼女は諦めずに何かをしてきたからこそ、確かにこうして得ているものもある。
何かを成し遂げるために必要なものは思慮ではない。行動なのだ。
それならば。
「見張りなら任せなさい。儂が何人たりとも寄せ付けはせん」
レベルのない老骨といえど、仮にも、今までトヨコたちとZ地区を守り抜いた身。
未来ある子供らが命を懸け心血を注いでいるのなら、儂らが恐れて何もしないなど、あり得ぬことよな。
そうじゃろう? ジュタロウくん。
△△△
「カナトお兄ちゃん、強くなったね!」
大きな円卓。
そこに広げられた飯を口に含みながら、パニッシュがもごもごと行儀悪く話しかけてくる。
「はいはい。お前の方が強い定期」
「それはそうなんだけどさ! でも、次やりあったらどっちが勝つか分かんないよ? さっそく明日、チビのお姉さんをどっかに除けてビリンビリンにやり合おうよ!!」
「パニッシュ、座りなさい」
俺に向かって身を円卓に乗り出すガキを、飽田洋一郎がたしなめる。
「はーい。…僕ばっかり怒られる」
「ふん。序列が上だろうと中身はガキだな。品格の方では僕の方が格上だな。分かったかパニッシュ、藤井カナト! …なんか言えよ!」
同じくガキっぽいツリーが勝手に自分事で盛り上がっている。こいつが俺より年上なのが驚きだ。
「それを言ってる時点でお前も子供だろ」
と、オーファンのおっさんが髪を掻く。
「どうだい、カナト君」
「何がだよ?」
飽田洋一郎が俺に問う。相変わらず、見てるこっちが心配になるくらいのガリガリ体型だ。
「君がここにきて一ヶ月半が経つ。パニッシュやパンドラ、ツリーにオーファンたちと近辺の魔物を狩り、帰還すればこうして皆で食卓を囲む。居心地はどうかな?」
「最悪だよ」
思ったことをそのまま即答してやった。
「ルナたちを危険に晒すおめえら…それも世界を平らにするとかやべえ思想持ってるおめえらなんかに監視されて、飯を施されて、仕舞いには俺をその滅亡に利用するようなやつら。今すぐにでもぶっ殺してえぜ!」
全身に力が入る。
スライムの核なんてなくても、魔物を倒さなくても、俺は『急成長』が使える。正確には、俺が無意識で使っている本来の『スキル』の制御を少し解く。タナトが暴走しない程度に解いて、レベルを調整できる。
ここで、俺の人格が奪われないかつ、こいつらから逃れられるほどのレベルに調整できれば…。
博打だ。
更地にも等しい辺鄙なS地区の、それも高い山岳地帯。
そこで、この化け物どもと相手するのか。ツリーとオーファンくらいなら余裕だろうが、この二人のチビが強すぎる上に、
…さらに上には飽田洋一郎。ヒビキさんと水無月さんが組んでも勝てるか分かんねえやつ。
そいつらから…逃げられるか…。
「冗談でもやめとけよ、カナト」
飽田ヨウジ。ただでさえ強いやつらを『エンハンス』で支援できる頭脳派。そして、俺の中の心臓だけを強化できるスキル精度。
「万が一…いや、億が一お前が俺たちから逃げられたとしても、お前にはもう帰る場所はない。抗魔大祭であれだけ大暴れした『タナトのいれもの』。世間から見たお前は災厄そのものになっている。警察に保護されて、処刑されるか、またここに連れられるかが関の山だ」
ああ。
そうだよ。
「お前はやっぱり、性格悪いよな」
目を背けていた正論を、こいつは遠慮なしにぶつけてくるんだ。
「お前の言う通りだよ、カナト。俺は性格が悪い。大義のためならいくらだって悪になれるさ」
「その大義は、お前が掲げたもんじゃねえくせに」
「…そうかもな」
「お前らだって、俺たちを裏切ってただで済むと思うなよ」
睨むことしかできねえ自分が情けねえ。
飽田のクソ野郎も、『序列・惨』のチビ女も。何食わぬ顔して俺らの輪に入り込んで、あたかも味方みてえに振舞って、こんなところで裏切りやがる。
許せねえ。
お前らを想ってるやつらを何だと思ってんだ。
「子供みたいなこと言ってんなよ、カナト。やりたいとか、やりたくない、なんて稚拙な理屈じゃないんだ。これは義務だ。もっと言えば、生まれながらの命題だ。俺も、箱守先輩も、たまたまその役割を与えられて遂行しているに過ぎない。…お前もそうだ、『タナト』。お前の居場所はここ…」
『Lv40』で踏み込み、
『Lv10』に戻って、このクソ眼鏡をぶん殴った。
「ふざけんな」
床に落ちた眼鏡をゆっくりと拾い上げる飽田。
堕落する身体。飽田の父親のスキル。
ツリーの野郎が出した樹木に押さえつけられる。
それでも、最大限の力を振り絞る。
「お前がそれで俺を子ども扱いするなら、俺は一生子供でいい。でもな」
オーファンの光が足元に絡みつく。
「お前らはどうなんだよ! こんな下らねえことやってる大人と一緒でいいのかよ! 義務とか命題とか知らねえよ! てめえらのやりてえことは何だ!? 仲間を裏切って心は痛まねえのかよ! 大人ぶって、器用に振舞ってるふりしてカッコつけてんじゃねえ!!」
口に木が埋まる。
「急に暴れるなよ。やっぱお前は僕より年下だね」
「そんなことで張り合うなよ、ったく」
樹木と『光』が強くなる。
「カナト…お前にはずっと、大人しくしてほしかったよ」
飽田の野郎が目を背けた。
「ボス!!」
見張りを担当していたスキンヘッドのおっさん…チェーンの野郎が部屋に入って来たのはその直後だった。
「敵襲だ! この研究室の入口から見て9時の方向…数と個々のエナジー総量からして、おそらく、AからF地区の『上位地帯』」
A地区。
「チェーン、『執行要因』を呼べ」
「あいつを…はい!」
「パンドラ。藤井カナトを地下へ」
「はい」
「…ゲホッ! はぁ…! おい、ハゲ! A地区って本当なのか!? おい! …ぐっ」
『箱』から20本はある『闇』の触手が俺を取り囲み、即座に身体を包み込んだ。
力が…抜けていく。
くそったれ。
第七章 終わりの前に
—完―




