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Lv87 蝶野マイ

「嫌だ…、嫌だ…」


12月。


毎日のように狂乱を起こしていた仲間は、ようやく落ち着きを取り戻した。


とはいっても、悲観に覆われたまま、まともな飯すらも喉を通らないが。


「気晴らしに外にでも行くか?」


「…といて」


力になりたかった。


俺なんかでも、誰かの痛みを癒すことくらい、出来るはずなんだ。


あの日は、事故だった。


あいつが死んだときだって、別にすべてが俺のせいなんかじゃなくて…。


だって、現に俺は逮捕されなかった。


それは、俺のためだったんだろう?


「じゃあ、飯を持ってくるからよ」


「ほっといてよ!!」


近くにあった椅子を投げつけられる。


激突した腕に、すかさず走る激痛。


「ごめん…私が…」


コンフュの目線がそこに落ちる。


「ごめんなさい…」


涙が溜まる。


「私のせいで…、あの…、ええと…ごめんなさい…」


「いいよ別に。俺は自分で痛いの痛いの飛んでいけできるからな。ほら、こうやって」


爪に集中させた『麻痺毒』を皮膚に差し込み、患部を癒す…いや、癒すのではない。誤魔化すんだ。そんなことは、あらゆる物事を誤魔化してきた俺が一番よくわかっている。


「だからよ、あんまり気にすんなって。俺はこういう性質(たち)だから、前みたいに雑に扱えよ」


「ごめんなさい…」


レベルは元に戻っている。


それでもこの子は、使えるはずなのに。もう一度自分に『粉』を使わない。闘っている。


摂取することで嫌悪感を覆い隠すほど楽観的になる『粉』。蝶型の魔物が使う毒のような幻惑で、賢い彼女をも思考放棄させる。間延びしたような口調で、怒りも悲しみも、諦念すらもどうでもよくしてしまう。生きながらにして死んだようになってしまう。


「何度も言うが。苦しくなったら、スキルを自分に使うんだ」


でも、今のこの子が苦しむくらいなら、狂って死ぬくらいなら、使うべきだと俺は思う。


命がなければ、変わるチャンスすらもない。


ウェイト…望月ヒスイ。


お前を必要とするのは今日で何度目だ。お前がここにいてくれたなら…。


「もう…嫌われたくない…」


しかし彼女は頑なに、成長を選ぶ。


「ヒスイさんにも…、もう嫌われたくない。あんな私じゃダメだから。…こんな私でもダメだけど」


辛いだろうに。


苦しいだろうに。


俺が麻痺させて…しまえば、この子はまた、スキルで自分を誤魔化してくれるだろうか。



△△△



独りにしないで。


レベリングしたら、どんな風になれるんだろう。


「お母さんは綺麗な羽を使えるから、マイちゃんもチョウチョみたいな羽が生えるかもね」


「そうなってくれるといいな!」


楽しみだった。


なのに。


「また蝶野さんから粉が出てる!」


「逃げろ逃げろ!」


「粉女に近づいたら頭がおかしくなっちゃうぞー! ぎゃはは」


こんなことになるなら、レベルなんていらなかった。


「彼女は、粒子系のスキルですが…どうしてか制御ができていない。もともと粒子系といえば、エナジーを操る感覚に近いからスキルの操作の方も覚えが早いと言われるんですがね…。どうしてか、出力だけが以上に高い」


医者に遠回しに言われた。バカで不器用で、危険な子供だと。


被害妄想なんかじゃない。あの中年の目が、三日月みたいに曲がっていたから。今も目に焼き付いて離れない。


使いたい…スキルを使いたい…。


「だーかーらぁ!! あんたは学校くんなっつってんだろ!!」


派手なピンク色の髪をしたクラスメートが、私の椅子を、私に投げつける。背けた横腹に当たる。痛い。


「バカが移るんだよ! 早く消えろよ!!」


「そうよ」


「早く死ねよ」


同調する周りの人間たち。使いたい…スキルを使いたい…。


「ああ、そうだ」


ピンク髪が私の机を蹴り飛ばし、あの医者のように目を細めて笑った。教科書で見た魔物よりも怖かった。


「あんた、自分にスキル使えばぁ? そしたら屋上から落っこちたって、怖くないし、痛くないでしょ?」


「いいじゃんそれ!」


「ヒナコの言う通りじゃん! それ名案」


「今すーぐにでも死にたそうなあんたと、今すーぐにでも消えてほしい私らの利害が一致ぃ、的なー?」


明るい髪の女たちはゲラゲラと笑う。同じような髪色の男子たちも他人事のように笑う。私みたいに暗い髪の人たち、口を挟まない人たちも、こそこそ笑う。


思い出す。


病院から帰った後の家。


お母さんのため息。


お父さんの、腫物を扱うような声。


妹にすら気を遣われる。


ああ、私って。


要らないんだ。


使いたい…スキルを使いたい…。


夕闇の屋上。


太陽が沈み、月が光輝く準備を始める。


わずかな黄昏に舞う、私のスキル。


…。


お母さん。


…。


…。


…。


あーあ。


あーたしも、こーんなーに、


「きれーだーったーらなー」


あーもーう。


いーろいーろ、わーかーんなくなーったー。


そのまーまー、まーしーたにー。


すいー。


…。


あーれー。


ぐちゃーって、なーらないんだーけどー?


「なーんでー?」


「綺麗な粒子だ」


「…あーんただーれー?」


しばふみたーいなあーたまの、ほっそーい目。


「その目きらーい。いーじワルな目ー」


「一応、拙者は命の恩人なんだが?」


「しばふあーたまのおーじさーんがなーんのようー?」


「はぁ…」


おーちるしゅーんかんにー、『けーりょーか』でたーすけられたみたーい。


これがー、あーたしとーヒスイさーんとの出会いー。


ウェイトってよべーって言ーわれてから呼ーばなくなったけどー。


「貴殿が見ている世界、憎くありませんか?」


つーきを背ーにしたおーとこの人はー、じーぶんこそー、なーにかを憎んでーるみーたいな目ーだったー。


「みんなまとめて殺したいほどに、世界が憎い。違いますか?」


ずーぼしだったー。


あーたしののーみそをぜーんぶみすかされたー、みたいなー?


「拙者の手を取るのなら、すべて叶えてあげましょう。その代わり、貴殿にも助けてもらいますよ?」


ターナトきょーだんに入ってー。


「ちょっとあんた、また学校来やがっ…な、うぐっ!? 頭が…!!」


「やめてよ! いやぁ!!」


「冗談通じねえのかよ!」


「僕たちは何もしてないじゃないか!? うう! ああああ!」


「誰か…誰か!!」


「マイちゃんごめんね! お母さんが悪かったから、許して…許し…あはははは!!!」


「マイ! スキルを解きなさい! …お母さん、落ち着け、俺だ! っああ! 足が…足が!!」


「悪かったわよ! あんたが強い! それでいいでしょ!? …頭が痛い…痛い…どうにかしてよ!!」


きょーしつもー、おうちもー。


あーたしの粉で狂ったみーんなが、仲間どーしで血ーまみれにーしちゃってー。


じごーじとくだよー?


みーんなを殺しおわってからもー、たーのしかったなー。


ガーリガリのボスとかー。ワンちゃんみーたいなおじさんとかー。ビリビリーの男の子とかー。これまーたガーリガリのおにーさんとかー。あーたまツールツルのおっさんとかー。ターコみたいなあーしのおじさんとかー。ひーげがとーとのったおじさんとかー。かわいーおーとこの子とかー。ターコとおんなじで『たいよー』がだーい好きなおデブちゃーんとかー。わがままなドーラゴンちゃーんとかー。いろーんな人に出会ってー。


敵さーんにもたーくさんあったよー。つよーい仮面くーんだーったりー、見た目はあいつらみたいできらーいだーけどおもしろーいリサちゃーんだーったり、ドーラゴンちゃーんみたいにわがままなカーナトくーんだーったりー。


たのしー日々が、ずーーーーーっと、つーづくと思ったのにー。



△△△



思ったのに。


やっぱり世界は、私の敵なんだ。


クラスのやつらもお母さんもお父さんも妹も医者もみんな、ムカつくやつらは全員スキルで殺したはずなのに。


どうして…、どうして私の中に出てきて、私の邪魔ばっかり。


この世界にいるみんな、


全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部。


「消えてなくなってしまえ」


使いたい…スキルを使いたい…。

使いたい…スキルを使いたい…。

使いたい…スキルを使いたい…。

使いたい…スキルを使いたい…。

使いたい…スキルを使いたい…。


ダメよ…。


ちゃんと生きて…ちゃんと『私』として生きて、強くなって。


今度こそ、全部終わらせてやるんだから。

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