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Lv85 化け物以上

父さんは、一言で言えば冷酷な人間だった。この印象は世界が平らになっても払拭されないだろう。


「さっさと始めろよ、変態野郎の息子。蛙の子は蛙」


「カナトのくせによく知ってるな、そんな諺(ことわざ)。水無月会長は勉強も教えてたんだな」


「ち、ちげえ! 俺が作った言葉だ!」


「それこそ違うだろ」


メンテナンス7日目。


「ぐっ…」


検査台に手足と首を固定された被検体(カナト)に、エナジーを入れ込んだ注射針を刺す。


レベルが膨れ上がる。念のため、被検体の肉体に『エンハンス』をかけ、器を破壊しないように対策する。


『Lv50』。


抗魔大祭の日、水無月ルナの奥義によってリセットされた『急成長』の振れ幅が、もう戻っている。


「くそっ…もう出てくんなよバケモン…!」


纏うエナジーが『真紅』に変わる。


悪いな、カナト。


俺だってやめたい。


こんなこと。



△△△



4年前。


非検体No.562。


561の屍を乗り越え、たどり着いた解。


5(・)6(・)1(・)の(・)兄(・)弟(・)姉(・)妹(・)た(・)ち(・)の死に意味を与えた。


彼らを救ってくれた。


父さんは初めて、番号だけで呼んでいた被検体に名前を与えた。たびたび『失敗作』と命を軽んじられた彼らと、厚い一線を画すように。


『タナト』。


父さんは、そう呼んだ。


この少年そのものを、『タナト』と呼んだ。


9歳でレベリングされた少年は、そのスキルで身体の内側にいるタナトを引き起こす。


膨らみ続けるレベル。『Lv68』で止まる。


それを、父さんが己の命を摩耗するほどの出力のスキルで鎮める。


肉体の成長を待たなければ、心臓に移植した『真紅』に、この幼体が持たない。


そのため、徐々にレベルが上がるように細工した。


はずだった。


『タナト』と名付けられた少年は、俺たちの想像を超えた。


予定外の『急成長』。


父さんがエナジーの欠乏で3日間意識を失っている間に、心臓のタナトは暴れ、急激なレベルアップ。『Lv70』へと到達した。


使い道のなくなったNo.563以降…つまり『失敗作』の生き残りたち200人を、


「グァァァァ!!!」


『真紅』で切り裂き、皆殺しにした。


腹を裂き、手足を引きちぎり、頭部を果実のように砕いた。


「素晴らしい」


高笑いをするでもなく、恐ろしいほどに落ち着いた微笑。抑揚のない、冷酷な父さんらしい笑い方だった。


「今日、だったか」


震えと尿が止まらないあの感覚が、染み付いて離れない。


「すべて、終わらせなさい」


父の言うことなど聞いていないだろうが、まるでその指示を律儀に受け取るように、『タナト』は縦横無尽に暴れた。


S地区。逢魔岳(おうまだけ)の中腹に位置する研究室。建物を全て瓦礫にする勢いで暴れ出し、外へと飛び出す。


「これでいい。これで…いい」


跳躍する『タナト』を見上げる。


「『破壊の巨獣』よ。今度こそ、すべてを終わらせるのだ。お前を封じた『太陽』も『月』もイージスもいない今こそ、終焉(しゅうえん)への好機」


父さんの袖に、寄りかかりたかった。


怖くて、すがりたかった。


許されなかった。


母さんに会いたかった。


死んだらまた、母さんに会えるのかな。


それなってくれるならと、10歳の俺もまた、死を望んだ。


…。


そうはならなかった。


「なんだと?」


父さんが目を見開いて驚愕した。あんな目を見たのは、生まれて初めてだった。普段から冷静沈着で、用意周到、後先を全て見通せるような先見性を持ち合わせた人が、小さな子供にいたずらされたかのように、プライドを破壊されている。


「死んだのでは、無かったのか…! 藤井寿太郎!!」


「がっははははは!!!」


地面を強く蹴り、『タナト』以上の跳躍を見せた白髪の老人。


「やっぱそうか!! みんな知らんよな! ご隠居生活してたからのう!」


「抗魔戦役の生き残りに暗殺されたあの焼死体は…」


「偽物じゃよ! 最後の最後に儂のふりして死んでくれた。ったく、余計な世話じゃのう」


仲間を悼むように白髪を掻き、何かを思い出す老人。


その頭上。


今まで見てきたレベルの上限を超える。


『Lv80』。


本当に、あんな人間がいるのか。


よく見かける大人だって『Lv30』にも満たない人が多い。いつも研究室に訪ねてくる司祭玉様だって『Lv55』だったのに。


あの人間にも何かが宿っているのか。


そんな複雑な疑問すらも吹き飛ばしてしまうほどの、エナジー。それが身体と刀に纏う。


「ちゅーことで、軍玉になりたてほやほやの嬢ちゃんがどうしてもっていうから、ここまでやって来たんじゃぞ? ジジイを奮い立たせるご褒美が楽しみじゃ。ふふふ…裕子ちゃんはどこまで喜ばしてくれるんかのう」


「あなたなら止められるとでも?」


普段から冷徹な父さんの顔に、めずらしく焦りがにじんでいる。


自分にとって最悪の可能性を感じているからだ。


「無理かもしれんし、やれるかもしれんのう。うーん。どうじゃろう」


この、とぼけた回答をする老人に。


殺意が動き出す。


『タナト』が好敵手を見つけるように、破壊の対象を1人の人間に絞り込んだ。


そこからは一瞬だった。


空(くう)に溜めたエナジーを足で弾き、亜音速とも呼ぶべきスピードで襲い掛かる『タナト』。


「ガァァァァ!!!!」


そこに一切の知性も理性も感じさせない。あるのは、暴力のみ。


…。


対するは、ニヤリと、余裕の笑みを崩さない老人。


「『剣閃・真一文字《けんせん・まいちもんじ》』


光のごとき速度で放たれた抜刀。


『タナト』の『真紅』を引きちぎるように切り裂く。


距離を取り、再び襲い掛かる『タナト』。


すさまじい爆速と重圧、『深紅』の連撃。


「『剣閃・九十九(つくも)」


それらを凄まじい速度の刺突の連撃で弾き返す。赤外線が反応し、侵入者を駆除する精密機械のような緻密。素早く飛ぶ羽虫を見逃さない爬虫類のごとき反応。


衝突するエナジーの一粒一粒が、常人が放つ奥義のごとき炸裂を体現する。


「『剣閃・扇(おうぎ)』」


遠心力を生かした水平切り。その風圧だけで地面を抉り取るそれが『タナト』を容易く弾き飛ばす。


それを見届けると、老人は距離を取り、


「決着は早い方が儂好みじゃ。時間は有限じゃからのう。じゃからぁ、ちと、本気を出すことにした」


剣を天へと掲げるように、両手で上段に構えた。


一見、隙だらけの予備動作。


それを『タナト』は、9歳児の極小の知性で判断したのか好機とみなし、


「グァァァァ!」


腹めがけて飛び込んだ。


「宝くじよりも当たりやすい…」


再びニヤリと笑う老人。


その瞬間は、恐ろしくスローモーションに見えた。


実際は、落雷の何倍もの速さだっただろう。


一方で、威力。


「『剣閃・驚天動地(きょうてんどうち)』」


振り落とされた爆撃。…爆撃? 雷撃? 鎌鼬(かまいたち)? 天災? 神罰?


判断すらもできないほど、


「やめ…ろ…」


規格外。


莫大なエナジーの超爆発。


化け物たちから離れていたのに、俺は立っていられず5メートルは吹き飛ばされた。


激痛を纏った全身を持ち上げ、吹き飛んだ状況を急いで把握する。


父さんは、生きている。


老人も。


倒れ伏す『タナト』を中心に広がる地面の凹み。

教科書の図が変わってしまうほどに、逢魔岳が抉れた。


ただ、


『Lv50』。


レベルが落ちていることだけ分かる。レベルを犠牲にして出力を爆発的に上げるスキルだろう。非検体の中にも同じようなスキルを持つやつが何人かいた。それでも、こんな…化け物以上の…。


父さんが、崩れ落ちる。


「なぜだ…なぜだ…。私だってスキルであなたを阻害したのに…」


『タナト』の全身から『深紅』が完全に消滅し、子供らしい量の青白い普通のエナジーがうっすらと全身を覆っている。


「あなたのような…お前のような『個』がいるから、世界は乱れるのだ!」


「ああ? 哲学か? そういうの分からんのよなぁ。儂はバカだから。昔は姉さんにもそれでよく殴られたもんじゃい。…まあいいや。頭よさそうな若造、このガキンチョはもらっていくぞい」


「やめろ…」


「やめさせてみたらどうじゃ? 劣化した儂の剣と、お前さんのスキル。どっちが早いか、男同士の真剣勝負といこうじゃあないかのう」


くくっ、と笑う老人に、父さんは行動も言動も失い、ただただ茫然と、負けを認めるようにくずおれた。


「派手に暴れすぎたのう。また姉さん(クソババア)に殴られるわい。あー肩いて」


それを見届けた老人は『真紅』を失った少年『タナト』を担ぎ、背を向け、身内への愚痴を言いながら下山した。

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