Lv81 押さえつける
11月中旬。
「まさか私が代理になるとはね。務まるかしら、仮面の優等生の代わりが」
副会長の大城が総会中に愚痴をこぼす。
「それ言うなら俺もだぜ? まだ俺のことを『黄』のリーダーとして扱うんだからよ。てめえらは他人に甘すぎる」
ルナに眠るまでエナジー使わせて、カナトはタナトで大暴れさせた挙句に敵の拉致を許しちまうし、ユウトは脳震盪。
…ヨウジの野郎のこと、まったくわかっちゃいなかった。信用できる弟分、なんて偉そうに構えてたらこれだからな。てめえのめでてえ頭に笑えてくるぜ。
「甘すぎるのはお前もかの、後輩想い。アタチらはもう、後戻りはできん。抗魔大祭で司祭玉・司馬明人をはじめとする陽月教の人間を、正当防衛とはいえ殺してしまったんじゃ。法では裁かれんもののアタチらを悪く思う人間も少なくないかの」
「そうだね。ヨウコの言う通りだし、何より、私たちにできることを常に最善を尽くすことだ。まずは生意気な『Lv1』君の居場所を突き止め、迅速に助ける。そうだろう? 轟」
あーあ。
『青』も『赤』も、こういう時は俺よりずっと大人なんだよな。
「わーってるよ」
くそったれ。
「カナトもそうだが、ヨウジのバカも引っぱたかねえとな」
「その意気じゃ」
「現時点での最高戦力は君なんだ。期待しているよ、轟ヒビキ」
「なんか俺がシスコンおにいちゃまより下みてえになってんのが気に食わねえな」
滝本レイジ。
あんたのせいだぞ。
俺が他人に頼られてんのは。
「本当に頼りにしているわ、肉食男子。私の右足は、見ての通り骨折しているからね。狙撃くらいしかできないわ」
俺らと違う椅子に座る女。斜め下にまっすぐ伸びる右足。包帯ぐるぐる巻きのそれに目を向けながら、悔しそうな気持ちを押さえつけるみてえに学内『No2』の女は呟いた。
△△△
俺は、何をやっているのだろうな。
生徒会の任を放棄し、己の強さを求めるためだけにここまでやって来た。
これでは、司馬明人や蛇塚ウロコと同じではないか。
ルナや師範の見舞いに行くわけでもない。謹慎中の鍵の様子を見に行くわけでもない。
組織のためなどと、集団への想いを建前に、本心は個人の強さのみを求める醜悪な男だ。
「なんだオボロ坊! その伸びた麺のようにヘロヘロな剣技は!」
数日前、峰打ちで倒した巨山豪気にも愚弄されるほどの体たらく。
「芯のない男はつまらんぞ! お前がどうしてもと頭を下げたから嬉しくて、請け負ったものの。…ええい!!」
肩を打ち付けられ、倒れこんだ。
さすが、縦振りだけならこの国で最も強いと評判の男。受けながら、その評価を理解する。この男の得物が竹刀ではなく木刀だったら、間違いなく肩が外れていただろう。
「…休憩だ。飯を食うぞ。オボロ坊が麺などと喩えるから腹が減ったではないか」
「喩えたのはあなただ。それに、休憩など要らん」
休んでいる暇などない。
ルナを、藤井カナトを守れなかった俺に、この程度で休む権利などない。
「ぐっ!!」
頭蓋に響く重圧。
広大な手による、力強い拳骨。
「休憩だ」
相変わらず口下手な巨漢め。
どうして俺の周りには、頑固な男が多いのだ。
かくいう俺が、そうだからか。
大城。
俺はどうすればいい。
どうすればお前のように冷静になれる?
△△△
「おい! お前らも見てねえで手伝えっての!」
伸ばした鎖。
数か月前は『龍』すらも締め付けた兵器・『吸魔の鎖』は、今回ばかりは役に立たない。
圧倒的な力に制御ができないのではない。
「もうそのオバサンに何言ったって無駄だろ? あんたも離れろって」
「ツリー、20代にオバサンは禁句だぜ? 女を知らない坊やは言葉を選べないのか?」
「臭い口をこっちに向けんな、30過ぎのおっさん」
「はいはい…チェーンの旦那! 俺の『光』でもどうにもならなかった。悪いことは言わねえ。コンフュちゃんはここで殺してやるのがひと思いってやつだぜ?」
仲間の助言には耳を貸したくない。
それは、この仲間のためにはならないから。
しかし、
「いや! いやぁぁぁぁぁ!!!!」
どう意気込もうが、狂気は鎮まらない。
あの夜、『月』の光に飲まれてからずっと。
対象のエナジーとスキル効果を一時的に剝奪する神業。普段から『粉』を自分に掛け、過去の悲愴を忘れていたコンフュ。それが、あの『月』のスキルによってエナジーを0にされ、強制解除された。
乱れる桃色の髪。
額から流れる血が、頬を滑る涙とよだれに混じる。
「こんなの…私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない!!!!」
壁に頭を打ち付ける自傷行為は物理的に止めることができたが、この狂気ばかりはどうにもならない。
『Lv4』
あの光を浴びた人間は、日ごとにエナジーとレベルを取り戻しているが、それでも間に合わない。『幸せの粉』が再び使えるまで、あといくつレベルが必要だ。
早く元に戻らなければ、彼女は死んでしまう。
同じくE地区にいたボスのレベルも1桁で、『虚脱』すらも与えられない。
「なんで!!! 嫌いにならないでよ!!! あーたしはー…あーたしは…あぁー…あぁー…きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「大丈夫だ! 俺たちは味方だ! なっ? 今まで同じ目的のために闘ってきただろ?」
「いやぁ、いやぁ!!!!」
ウェイト…いや、望月ヒスイ。
お前がまだいたなら、少しはマシだっただろうか。
お前はタナト教団に来る前から、こいつのことを知っているお前なら。
△△△
「面会だ」
E地区の最高拘留所。
主にテロリストだった者を収容する場所。
こんな場所の、こんな拙者に誰が何の用か。少しだけ興味がわいたが、その興味はあっという間に萎れていった。
「おやおや、姪の貴殿が、いまさら拙者のような塵芥に何か御用ですかな?」
望月ウサミ。
せめて、かつては愛し合った蝶野マイの顔でも見られれば、幾分かマシであったろうに。
この娘…拙者の姪。中学校の襲撃の際は、拙者の仲間・シャドウに強烈な一撃を加え、撃退に貢献したと聞く。
「別に、アタイだってこんなところに来たくは無かったっちゃ」
「実に綺麗な『月』でしたな。さすがは直系血族の水無月。…それで、その『月』の再起について何か聞きたいことでも?」
「まっ! まだ何も言ってないっちゃが!?」
「さしずめそんなところであろう? 貴殿は傍系の望月が知りえぬ情報を聞きに来た。最も、この叔父も望月なのだがな…顔に出やすいところが兄上によく似ている」
「今は父上のことは関係ないっちゃ!」
「図星」
「早く答えるっちゃ、出所後に思い切りぶっ叩くっちゃよ?」
面会室には看守がいるというのに、物騒な言葉を堂々と言ってしまうものだから、拙者は思わず笑ってしまう。それにもムッと小さな憤怒を見せるのがまた可愛らしい。
次は守らねば。
美しくも憎き水無月。やつらが尊重する古い伝統のせいで生贄になった兄上。
教えていいものか。
忌むべき水無月。その発端となった娘・水無月ルナ。
何の罪のないウサミを絶望させ、水無月に貢献する。
馬鹿馬鹿しい。
「抗魔大祭の日…アタイは何もできなかったっちゃ」
それでも、目の前の姪は、本気で水無月ルナを目覚めさせようと、目を震わせている。
「それだけじゃない。文化祭の日だって、ルナの傍にいられなかった。オボロにいと仲直りさせることもできなかった。…無力のアタイに、知恵を貸してほしいっちゃ…」
まさか。
姪に頭を下げられる日が来ようとは。
「どうか…どうか…」
「…はあ…」
所詮、望月の矜持など、夜風が吹くだけで揺れ動く湖面の月だったというわけか。




