Lv80 生きる気力
…なるほど。
私のスキルすらも消し去るか。
『|月の審判』。
あれは一度効果範囲に入ってしまえば、効果範囲に離れても必中になる。
そして、
『月光閃・十六夜』。
兄である水無月オボロの『月光』の発動速度…に加え、彼女自身の『月』の出力量。最も注視すべきはその効果。
あれを暴力と呼ばずに何と呼ぶか。
しかし、いずれにせよ。
「せいぜい、ゆっくりと」
眠るがいい。
何百年、何千年と。
全盛期、暴走したタナトがそうしたように。
△△△
「に…いさま…」
閉じそうな瞼。
ルナは、…妹は、それを必死で開けて、
「ずっ…と…、気に食わなかったんです…よ?」
俺に文句を言う。
「不器用な…のに…、器用に…嫌われ役に…なろうなんて…して…」
俺などのために。
「かあさま…の…ことも…。私に責任を押し付けた…ふりして…。優しいくせに…素直じゃなくて…ちゃんと私のこと…嫌いになれなく…て…」
「ああ、そうだな」
俺のような愚兄のために。
「テ…リヒメちゃんだって…」
「うぅ…ごめん! ごめん…!」
「そう…じゃないんですよ? 私が、あんな人なんか…好きになったから…」
「本当…そうなんだからね…! あんな馬鹿のことなんか…ね…」
笑い飛ばそうとするも、テリヒメは笑えていない。
「テリヒメ…ちゃん」
「なに…!?」
「楽しかった…です…。小さなころ…から…ずっと…友達でいてくれて…ありが…と…」
「うん…だから、ルナ…!」
「カナト君と…仲良く…して…」
「ルナ! 待ってよ、ルナ!!!」
見上げた空には月が浮かんでいない。
昇りくる太陽が、闇夜に終止符を打つ。
『太陽』の泣き声だけが、澄んだ空気に響き渡る。
「妹1人も守れぬか。この…愚兄め!!」
目元が沁みるのは、見上げた空が眩しいからではないことを、今度は素直に自覚した。
俺がもっと強ければ、こんなことにはならなかった。
△△△
「サイハ!」
まばゆい光だった。
美しいと評する暇すら与えないほどの速度で、僕らを…周りのすべてを覆ったその『光』。オボロ君の技に近い、そのエナジーのキレ。
「カケル」
手遅れかと思ったが、どうやら無傷らしい。僕も、なんともない。
どういうことだ?
…すぐに分かった。
この、内側からくる違和感に。
でも、そんなのを認めてしまっていいのか。
認めたら、だって。
エナジー総量が、空になっている。
その証拠に、寺院から下の魔物たちが、エナジー切れを起こして次々と死滅していく。青白いエナジーすらも出ずに、消滅する。
…。
「ダメだ」
嫌な予感。
嫌、なんて一言で済まされない、いうなれば災禍に対する切迫。危機。
「サイハ!!」
咄嗟に見上げる。
口から心臓が出そうになる。鼓動が、収まらない。
ダメだ。ダメなんだ…。
違う。
違うよな!?
《《強制解除》》、なんて…。
僕と同じ光を浴びた彼女を見る。
目が合う。
「サイ…ハ…」
その目つきを、思い出した。
初めて、目の前の彼女の真価を目の当たりにしたこと。
初めて僕が、他人の記憶にスキルを使った日のこと。
「カケル…ごめん」
彼女は、取り戻した。
取り戻してしまった。
「好きだよ」
その証拠に、
「君が嫌いになっても、私はずっと、君を好きだよ」
何もない空間から、黒い『箱』が現れる。
様々な色の宝玉が施された『箱』。
サイハから、優しいサイハを奪い取る、邪悪な『箱』。
その『箱』は、様々なものを出して、様々な人を殺してきた。
サイハから、様々なものを奪った。
最悪だ。
だから僕が、『施錠』したんだ。文字通り、命を懸けて。
腹に、『闇』が刺さっている。
『箱』に内包された『闇のエレメント』の性質で、みるみる意識が暗転していく。生きる気力を奪われる。
「私は…私は…」
涙声が真上から落ちる。
「私は『パンドラ』…タナト教団・『序列・惨』。変幻自在の『パンドラ』。ボスが、洋一郎さんが、呼んでるから…行かなきゃ。タナトの身柄を…」
なんで…。
奪うなよ。
僕から、この子を。
この子からこの子を、
奪うな。
△△△
気づいたころには、俺は室内にいた。頭と体を受け止める柔らかい感触。ベッドと枕であることに気づく。ただそれは、馴染みのない部屋の中の、馴染みのないもの。
窓には、闇夜に浮かぶ月ではなく、青空に浮かぶ太陽が映る。
『Lv1』。
そして、心臓は恐ろしく落ち着いている。
俺の中のバケモンが、俺の底に沈んだまま、俺に自我を返している。
「どうして…っ!!」
そうだ!
みんなは。
…ルナは!
外が見える窓とは反対側の、廊下が映る透明な窓を叩く。壁のように大きな窓。まるで、動物園の動物を閉じ込めるような。
俺を閉じ込めながら、その様子を見るために設置されたような。
ガラスを何度か殴る。びくともしない。
「ルナ…ルナ!!! どこだよここ!」
心臓が暴れる。抑えろ。
窓の外は、長い廊下が続いている。いつか映画で見たような、宇宙船や研究室みたいな材質の壁が広がっている。
「おい! 誰か! …おい! 水無月さん! テリヒメ! リョウ! ミツキ! ルナ! …飽田!!」
飽田。
そうだ。
あの野郎。
敵だったんだ。
なんで、よりによって。
「あいつが敵なんだよ…」
「呼んだかな?」
記憶に新しい男の姿が、ガラス越しに現れる。
「並んだ名前からして、きっと私ではないだろうがね。息子に用かな?」
やつれたような頬が、微笑で動いた。




