Lv79 思い残すことはない
あァ。
これだよ。
オレ様がずっと、待ちわびていたのはァ。
殺意で脳汁がどっばどっば出てきやがらァ!!!
重いパンチダァ! 防いだ腕にみしみしくるぜ!
でも、
「『ドラゴンタックル』!」
腹んとこガラ空きダァ!
ぶっ飛ばす。これで4回目ダァ。
本物になったオレ様と、本物だったこいつの、超絶互角の、マジな真剣勝負!!
でもなァ。
ちょっともったいねえナァ。
「なんか喋れよナァ! カナト!!」
力を支配してねえ。力に支配されてやがるのが残念だァ。
でも関係ねえ。
借り物だろうが、それを封じ込めるのも力。まぎれもねえ、こいつの力だからナァ。
「グ…アァァァァァ!!!!!」
まだ強くなんのカァ!?
真っ赤な剣を出しやがっタァ!!?
へへっ、底知れねえナァ!!
「カナト! お願い! 私の声を聞いて!」
『風』の女が絶妙な距離感を保ったまま鬱陶しく付きまとう。
「だから邪魔だっつってんだろ女ァ! 冷めることすんなよナァ!」
オレ様の『漆黒のエナジー』を弾丸にして女を気絶させようとすると…
「ガァァァァ!!!」
真っ赤なカナトの野郎が瞬時に止めに入りやがる。これで4回目ダァ。俺より馬鹿そうなくせに、気に入った女は律儀に守りやがる。
「これじゃァカナトの本気が見れねえだろうがァ」
「知らない」
『Lv30』の雑魚の癖に引き下がらねえ。その度胸だけは認めてやるガァ。
さっきのクソガキどもみてえだ。
殺さねえようにしねえとナァ。弱いやつをいじめんのは趣味じゃねえ。
「グァァァァ!!!」
剣の衝突に合わせて腕に『漆黒』を集中させるガァ…くっそいてえ! 血が吹きやがったァ! 多分、ちょうど骨まで達してラァ。
女を守るし、剣もクソつええ。
やるじゃねえカァ…。
こんままだとジリ貧じゃねえカァ…。
じゃァ。
しゃあねえナァ。
ちょっとはええけど。
「っドラァ!!」
くっそつええ剣を避けて、
「グゥッ…」
のろまな首根っこをつかみ取って、
「っぬ、ドラァァァ!!」
空まで一緒に連れて行って、
「ラァ!!」
さらに俺の真上にぶん投げて。
息を、
大気を、
エナジーを、
っぜーんぶ!! 吸いに吸いまくってナァ!!!
「そのまんまるお月様とともに、焼け焦げちまいナァ!!!」
俺はドラゴン、だ!!!
ドラゴンの代名詞でトドメにしてやるからナァ!
藤井カナト!!
俺にここまでやれたの、誇りに思えよナァ!!!!
あんときみてえに…いいや、あんとき以上にぶわーーーっと!! 『黒炎』を吹き出した。
十秒くらいは炙ってやっタァ。
真っ赤な粒子が全部消えて、カナト本体が目え閉じたまま落ちていきやがる。
「楽しかったぜ、親友。おめえのことは、俺が生きてる限り、ぜってえ忘れねえからナァ…ぐぉえ!?」
首に、違和感。
息ができねえ!
嘘だろ?
首に真っ赤な、手がァ!!
「くく、くはははははァ…」
おめえやっぱ、
最高じゃねえカァ。
掻き消した真っ赤な粉どもが一瞬で、元に戻りやがった。
ぐき、っつー音は、俺の首が折れた音だろうナァ。
力が抜けていく。
ぶん投げられても、受け身を取れねえ。
がさがさとゴミ袋に突っ込まれたゴミみてえに林にぶつかる。人間の身体に戻ってっから、地味にいてえナァ。
首も動かせねえ。
あいつが追ってきてんのカァ、もうどっこもいねえのカァ、それすらも全然わかんねえナァ。
…全部、出し切ったァ。
「…くっ、あっあっあっあっあァ…!」
アァ。
完敗だァ。
もう、思い残すことはねえナァ。
最後の最後で、くっそおもしれえバトルだっタァ。
△△△
「タナトのスキルは2つ」
黒いフードの男。枯れ木のように細い男。
「1つは『超再生』。損傷した肉体、エナジーを超速で修復する。司祭玉・司馬明人の『逆行』をも凌ぐ再生速度。万物の破壊を好む巨獣は、己の身体だけは丁寧に修復するのだから、あの『いれもの』のようにわがままだ」
痩せぎすの男が無感動に、言い聞かせるように語る。
「そしてもう1つ。…『増長』。宇宙空間が今も広がっていくように、生きているだけでエナジーの総量が休む間もなく膨張していく。藤井カナトが『急成長』と思い込んでいたスキルは、この『増長』を藤井カナト本来のスキルで塞ぎこんでいたのが原因」
知らなかった。気づけなかった。
「少しばかり、ふふ、滑稽だ」
痩身の男は、小さく笑い始める。
「彼自身は魔物を倒すたびに『急成長』の振れ幅が大きくなると勘違いしていたらしい。本当は、何をしなくても『急成長』できるというのに。単なる思い込み、プラシーボ効果…というものだ。魔物を倒さずとも、スライム核など潰さなくとも、自分の『スキル』を少し弱めるだけで、力の均衡を少しタナトに傾けることで一時的なレベリングができたというのに。無知とはやはり、恐ろしい」
「父さん…カナトは」
「戻ろうなど、思うな、息子よ。お前は『個』を持つな。また、守れんぞ?」
「…はい」
「それに、カナトではない。カナトなど、脱走したアレの拾い主が勝手に変えた呼び名。正しくは、…?」
聞きたくもなかった。
「目覚めたか」
そんなこと、問う必要なんてないでしょ?
私はこうして、立っている。
『月』として、私は立っているのだから。
…レベルが戻っている。
『Lv10』。
橘さんのレベルじゃない。弱い私に戻っている。
でも。
やるしかない。
好きな人がみんな、この人たちにやられるくらいなら。
「飽田先輩」
私はあまり話したことのない先輩。カナト君と仲の良かった先輩。今思えば、カナト君との距離が執拗に近かった。
「カナト君をどうするつもりですか?」
「答えたいところだけど、水無月会長とテリヒメには伝えたから、目が覚めたら教えてもらって。ちょっとだけ長いから」
「…カナト君のこと、ずっと監視してたんですか?」
「ああ。否定はしないよ」
いつもみたいに飄々と、軽々と、事実だけを述べる。そこには重みのある感情なんてなかった。
「思いとどまろうって思わなかったですか? 心は痛みませんか?」
「父さんの前でする質問じゃないよ。お兄さんに似て不器用だね、君は」
初めてカナト君みたいに茶化された。
「疾く…答えてください」
「その目は…ははっ、そこも似てきたね、お兄さんに」
眼鏡を正す。
空気をなでるように、整った口が動いた。
「カナトには、最初から生贄になってもらうつもりだった。タナトになってもらうために動いた」
「もういいです」
もういい。
この人は、敵だった。
「『闇明かし』」
杖を召喚し、持つと、相手も構える。
何かが来る。多分、兄様たちを『虚脱』させるための何かが。
でも。
「遅いです」
その向かってくる何かを瞬時に遮断する。
感覚はまだ、生きている。
お手本が、この身体に刻まれている。
橘さんの方が扱いこなせたのが少し悔しい。でも、そのおかげで私は、みんなを守れる。
もう、誰も傷つけないし、誰も傷つけさせない。
「やはりな。やりおる」
抵抗を止めた。
油断させて何かを仕掛けてくるのか?
…関係ない。
…。
街で魔物が暴れている。1000は優に超えている。
カナト君が再びタナトに身体を取られている。それも、さっき以上の暴走。
遠くに位置するそれも把握できるほどに、感覚が研ぎ澄まされているのが分かる。
この結果に至ったのは、すべて私の失態から。
ごめんなさい、みんな、兄様。
だからこそ、最低限の結果は出す。
「これ以上、あなたたちの好きにはさせない」
「ヨウジ。死ぬなよ?」
「…父さんこそ」
『月』よ。
私に力を与えるのなら、それは人を助けるために貸しなさい。
邪心の牙のみをそぎ落とし、あらゆる命を守るように私に課しなさい。
たとえこの身が、身に余る技によって再起を不能にしたとしても。
「もう、思い残すことはない」
カナト君。
ごめんなさい。
言いたいことを、言えないかもしれない。
△△△
見誤った。
おそらく覚醒した『月』の娘。
初手は攻撃…『月の憤慨』や『月の神罰』で来ると直感し、スキルの障壁を張ってしまった。
彼女が出したのは…
「『月の審判」
微かに輝く『月』の光が、まさしく光の速度で蔓延していく。
次の技を絶対不可避にし、『月』への耐性を完全に無視する、特権とも呼ぶべき神業。
驚くべきは、その効果範囲。
抗魔寺院全体、ではなく。
「E地区全域…か」
『Lv10』が覆っていい範囲ではない。
感知してしまったことを後悔する。
「ヨウジ」
「はい」
合図で、互いに転移石を持つ。文明玉の最高技術により作り出した貴石。砕いたエナジーに反応して格納した『空間転移』のスキルを強制発動する。
間に合わなければ、我々は、次の技に…
いや、間に合ったところで、どんなに離れていても一度狙われた『月』から逃れられるだろうか。もし「『月の審判」が、E地区を離れていても肉体に刻まれたままなら…。
幼子のような口が、水面に浮かぶ月のように透き通った声で、空気を揺らした。
夜風に揺らめく月光色の髪。翡翠色の流し目。
人間ではなく精霊なのではないか。そんな愚問を私の脳裏に焼き付ける。
浮世離れという言葉。つまりは神秘。
司馬明人が彼女を欲する理由が、少しだけ理解できた。
「『月光閃・十六夜』」
砕いた転移石でワープ中なのか、大いなる光に照らされているのか分からないまま、我々は…
…技の性質を、この身をもって理解した。
と、なれば。
きっとお前は、動くだろう。
『序列・惨』。




