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Lv78 もう一つの素性

「やったの…?」


テリヒメが夢を見ているように目を見開き、水無月オボロは刀を鞘に納めて崩れるように地面に腰掛けた。


「お前にしては上出来だ。愚物」


「へえへえ。時間稼ぎありがとうございました」


レベルが1に戻った俺を笑うように、ふんと鼻を鳴らしやがる。


「やるじゃん、さすがは私のカレピね。あとで靴でも磨かせてあげる」


お前もか。


「で、お前も何か言いたげだな」


階下から、頭が見えてくる。


飽田ヨウジのムカつく顔が、さすがに神妙な面持ちを作っている。


状況が分かれば、すぐに軽口を叩いてくるだろう。反撃の言葉を考えておこう。


しかし、そうはならなかった。


「そうか。倒したんだな」


「それだけかよ」


なんか調子狂うな。


妙に落ち着いて、何なんだよ。


いつもみたいに憎まれ口の一つや二つ、吐いてみろよ。


「ご苦労だったな、飽田」


「いえ、会長には及びませんよ」


「まーたそうやって、あんたは嫌味っぽく謙遜するんだから」


異変…。


「轟たちは、どうした?」


「まだ、下で魔物と闘ってます」


「…そうか」


刀がちらと、鞘から少しだけ刃を見せた。


纏う、『月光』。


「後ろの男は、何者だ?」


え。


「疾く、答えよ」


「さすがは水無月家の長男。階下から顔を出さずともその存在を感知してしまうとは」


痩身。


健康的とは程遠い、まるで何者かによって命を吸われたような細い体の男。インターンシップで闘った影使いの男とは別の方向で不気味な痩身。


底知れない憂いをはらんだような目が、次は俺を見る。


「そこのタナト様をお迎えに来た」


その細い体が近づく。「下がって」と、テリヒメが俺の前に背を向けて立つ。


「もう、エナジーも体力も限界だろう? 水無月オボロ殿」


「黙れ」


「『急成長』の媒介を使い切った『Lv1』の彼を守りながら、その未熟な『太陽』とともに私たちと対峙するおつもりで?」


おい、今。


こいつ、私(・)た(・)ち(・)、って言ったぞ…。


「『月光閃』…っ!」


「私の方が、発動が早かったようだ。満身創痍の『月光』ならば、制するのは容易い」


「それなら私が!…うそでしょ…?」


「話にならん」


『太陽』すらも沈めて見せた。


「失敬、名を名乗るのを忘れていたよ」


瘦せこけた顔が歪む。笑っていることに、少し遅れて気づく。


「私は『ルーラー』…タナト教団『序列・壱(いち)』。そして」


急に現れただけでも、『序列・壱』という最悪に直面しただけでも、心の許容は限界だったのに。


この男は、そんなことを知ってか知らずか、淡々と『もう一つの素性』を口にした。


「この国の国玉の1人、文明玉(ぶんめいぎょく)、飽田洋一郎(あきたよういちろう)。そこの飽田ヨウジの父親だ」


情報の処理が追い付かない。


「なによ…それ…」


テリヒメも同じだった。


「そうか、貴様が…そういうことか」


水無月オボロは、何かを合点(がてん)した。だからこそ、今のこの状況の深刻さを知り、暗い顔になる。


「なぜだ」


問いながら、水無月オボロは手に持った刀を滑り落とす。そのまま膝を崩す。疲れている…にしても、どこか不自然な疲弊具合だ。まさか、この男の『スキル』か。


「タナト様をお迎えに来た。ただ、それだけだ。君たちを殺しに来たわけではない。今は」


「はぁ…はぁ…貴様はタナトを利用して、何を企んでいる?」


「世界を、平らにする」


嫌な予感がした。


その嫌な予感に限って、見事に当たってしまうんだ。


「タナトを使って、世界を作り直す。魔物の出現により一度滅びた『第一人類史』から、我々は何も学ばなかった。レベリングの概念を開発し魔物を淘汰できた人類が、文明を立て直した、今呼ばれている『第二人類史』」


そう。


2000年前。『第一人類史』と呼ばれた時代。人類は一度、滅びたらしい。


生態系の乱れで出現した魔物に、ほとんどの人間が殺された。生き残った人々が、レベリングを開発し魔物に対抗する術を持ち、人類は絶滅を免れた。歴史の授業ではそう習っている。


「残された人類は生命を守った。しかし、なんと愚かなことか。団結していた集団は自分たちが安全を感じ出した途端に、私欲を出した。金、地位、名誉、土地、…あるいは、異能を手にしたことによる純粋な闘いに対する愉悦。それによってさらに世界は荒んでいった」


淡々と、機械のように話を続ける男。


「だからこそ、世界を平らにする。私を含めた人間という魔物以上の怪物を、隅から隅まで消し去る。人間がいるから魔物が生まれ、人間がいるから邪悪が生まれるのだ。どこまでいっても、人間こそがこの世の最たる異物」


司祭玉を足蹴にした。


「この男と組んだのは正解だった。タナトを復活させたのは功績で、『月』への異常な執着で自らの命を落とし、邪魔者になる前に消えてくれた。やはり、『個』をむき出しにした者から消えていくのだな」


「話は終わりかよ」


俺だけは万全だ。


なぜか、飽田の野郎が俺に『強化(エンハンス)』をかけてくれている。逆らってくれるのか。だよな、お前の親父、ちょっと、いや結構頭おかしいもんな!


内側から、力が湧いてくる。


「藤井カナト、…逃げよ! お前の適う相手ではない」


だからこそ俺は、『疑似成長(エナジードライブ)」で一気に…


「え」


動けなかった。


身体は動いていたのだ。


…勝手に。


「『タナト』…いや、今はカナトか。よくここまで頑張ったね。イージスの夢をあきらめなかったね。…仕上げだ、ヨウジ」


「…はい、父さん」


飽田が、『父親』の指示に肯定した。


そこで気づく。さっきから『強化』をかけているのは、俺ではなく…この『心臓』。眠っているタナトを無理やり…


「お、おい」


待てよ。


意味わかんねえよ。


なんでお前が。


ずっと、裏切ってたのかよ!


意識が、真っ暗闇に引きずり込まれる。


さっきとはまるで違う。外の景色すらも知覚できない、真っ暗闇で。


俺の意志も、魂も、だんだん…。


どくん…どくん…。


暴れる心臓。



△△△



「なん…じゃと…?」


それは、急に落ちてきた。


さっき、遠くで見ていた『真紅』。教科書で見た、ある『世界最古の生物』のと同じ色。


血のように赤いエナジーで形作った体躯。全長5メートルの化け物。


『Lv70』。


どうしてそれが、私の目の前に。


そして、どうしてそれが、カナトを包み込んで…。


「ミツキ! 逃げるかの!!」


ヨウコ先輩。


でも…でも…


「カナト!!」


中に、カナトが入っている。


カナトの中に、ずっとタナトが入ってて、それがついに目覚めた?


もしくは、タナトが、カナトを飲み込んで…


どっちでもいい。助けなきゃ。


私が…私が…。


足が、身体が、言うことを聞いてくれない。


動けない。


「ぐるるるる…」


獣が唸(うな)るような声。


タナトが、『破壊の巨獣』と呼ばれる理由を知る。


大きく、真っ赤な手が私を目掛けて上がった。


避けられない。


『風』が、間に合わない。


「…ツ…キ…」


獣が喉を詰まらせたように声を発した。


「ミ…ツ…キ…」


「カナト!!」


自我が、まだ乗っ取られていないのか。


安堵したのも柄の間だった。


「ダ…イスキ…ダヨ…!!」


「え」


「イ…カ…ナイ…デ!!」


身体を掴まれた。


「リョ…ウ…ナンカ…ダイ…キライ…ダ…!!」


錯乱している。


夢にうなされているように、赤い獣の目と思われるところから、ぼたぼたと赤いエナジーの大粒が、涙のように落ちる。


「ナ…ンデ…オイテ…イカナイデ…ヨ!!! ヒ…トリニ…シナイデヨ…!!」


近づいた顔から、その真っ赤な涙が止まらない。


「モ…ウ…ゼン…ブ!!」


「カナト、大丈夫…大丈夫だから。私がいるから、ね」


笑顔を向けることしかできなかった。


「コワシテ…ヤル!!!」


「カナト!」


背中が痛い。乱暴に投げ捨てられた。


タナトの口元に『真紅のエナジー』が集まる。


「ぐぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


何かを撃つ。


とんでもない。この場にいる誰もが太刀打ちできないような、何かが!


タナトが…カナトが…たくさんの人を…。


ダメ。


それだけはさせない。


…どうやってさせない?


ダメ。


もう…!


「お願いだから、目を覚ましてよ! カナト!!!!」


「なんだァ!! やっぱそうかよ!!!」


声がした。


どこかで聞いたことのある声。数か月前ほど、遠い距離で聞いたことのある、豪快で危険な男の声。


人間の体型を残したまま、翼と尻尾と黒い鱗、それから変形した頭部を纏うのは…


『Lv60』。


口元を塞ぐように、その『龍』の手が急接近し、


「まずはこの、『ドラゴンスタンプ』を喰らいやがれナァ!!!」


「ぐぉぉぉ!!!」


『龍』は…滝本レイジさんを殺した張本人・蛇塚ウロコは、放たれた『真紅』の衝撃波を、片手で受け止めた。


衝撃波が終わると、そのまま張り手でタナトの頬を張り、後退させた。


「っはは! カナト! やっぱお前すげえやつだったんだナァ! 見る目があったぜ!」


こちらの気も知らないで、『龍』になった男は、高らかに笑った。


「決着付けようぜ、親友!!」



『龍』の悲願、今宵にて叶う。

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