Lv77 代わり
『お初にお目にかかります。司祭様の御子、司馬明人様』
『月』…神無月黄泉が、初めて私の存在を認識した。
月光のように光り輝く頭髪。
翡翠に輝く瞳。
恭しく動く唇。
一目ですべてを奪われた。
あの瞬間を、1000年経った今ですら忘れない。
△△△
「お前も私の愛を邪魔をするか! 英雄の踏み台め!!」
わけのわからねえことを口にしながら、向かってくるロン毛のおっさん。
「くっ…!」
このバケモンのエナジーを引っ張り出したはいいものの、さっきの出力よりも全然しょぼくて、俺らの方がまだ劣勢だ。
つーか強すぎんだろ、こいつ。
リョウとか蒼い雷のガキみたいな天才肌じゃなくて、その逆。まるで人の一生以上の時間を生き続けて、ずっっっっと鍛錬してきたみたいな重み。
目を塞ぎたくなるほどの『光』の線が、縦振りとともに降りかかってくる。
この剣で受けるか。いや、受けられんのか。
考えんな。
早く、早く、判断しろ。
「『月光閃・三日月』!」
二刀が割って入ってくる。
「呆けるな。愚物」
「すっかり態度が元通りじゃねえか、仮面野郎」
「今は仮面はしていない」
「細けえことはいいんだよ」
クソ真面目。ほんと、顔面が整っててムカつくぜ。バカにできるのは、ちょっと背が小さいくらいしかねえのが腹立つ。
「俺が時間を稼ぐ。お前は『真紅』を溜めて、『一撃』を叩きこむことに注力しろ。半端な攻撃はすべて、こやつのスキル『逆行』で修復される。だからこそ、こやつの意思能力を瞬時に消し去るほどの一撃必殺を叩き込め」
「できんのかよ…」
「また卑屈になっているのか? 先が思いやられるな」
「ちげえよ。お前が時間稼ぎできるのかって言ってんだよ」
「ああ、できる。…やらねばならん」
優美に笑った。優しそうな目じりがルナそっくりだ。
「こやつの剣筋は知っている。幼少の頃、稽古で何度か見てきたからな」
「ほう。その程度の知見で断固するか、未熟な『月光』め」
ロン毛が醜く笑うも、
「その油断が命取りになるだろう。『月』ばかりに酔いしれる愚かな老害」
仮面野郎…いや、水無月オボロは持ち前の頑固さで意志を曲げない。
どっちも苦手なやつらだぜ。
「油断をした覚えはないが?」
「ちっ…」
水無月の肩に傷が入る。
「お、おい…マジで大丈夫かよ」
「信じろ、たわけ者」
背を向けたまま左手を真横に伸ばし、
「お前は、お前を全うしろ」
俺の前進を阻止する。
「先輩命令だ」
その横顔のせいで、従わざるを得なくなる。
認めたくねえ。
認めたくねえけど。
「お前のことなんか、一度たりとも敬ったことはねえよ」
この人はずっとルナの兄貴で、生徒会長だったんだな。
△△△
「ふははは!!! 滑稽滑稽!!」
司祭玉・司馬明人が高らかに笑う。
「油断などはせぬさ! 『月』がいるのだから! 目の前の『月』を前にして、半端なことは許されぬ! 相手が『月光』と『いれもの』ごときだとしても、全身全霊をもって確実に滅する。それが『月』への…黄泉様への敬意なのだ!!!」
相手を弾き飛ばした司馬明人が、天を仰ぎ、濁流のように溢れだした愉悦を顔に出す。かつての想い人を夢想し、感涙する。
「またやり直すのだ…! 橘がいなくとも、催眠でも何でも用いて水無月ルナの人格をあの方に仕上げる! ああ、『月』、『月』、『月』、『月』、『月』、『月』、『月』、『月』、『月』…まだ、この魂は、確実に貴女様を愛している!!!」
ああ。
気持ち悪い。
「今度こそ私の本意を伝えるのです! 今度こそ私の願いを成就するのです! 水無月ルナの魂を供犠とし! 今度こそ私が!」
ルナの気持ちを無視して…
「神藤須佐之男。貴様はもう死んでいる! 以前のごとき邪悪な横入りもない!」
1000年前、タナトを封印した英雄にして初代のイージスとなった偉人を場違いに愚弄する。
「まぎれもなくこの私が! 貴女様に本当の愛を与えるのです!!」
ムカついた。
本当にこいつは、自分勝手なやつだった。
自分の望みのためなら、他人の命を…
私の大切な人を!!
「それを油断だと言っているのだ。司馬明人」
「何度も言わせるな『月光』! この私が黄泉様の前で油断など、無作法ゆえにするわけがない! 私の1000年かけた想いを的外れに結論付けるな!!」
「うるっさいわよバーカ!!!」
「なっ!?」
はあ。
やっと言えた。
でも。
言うだけじゃ私の怒りは収まらないんだからね!!
「出力最大! 『炎天焔』!」
この男が長々と自分語りをしてくれたおかげで、思う存分『陽光凱歌』で溜めることができた『太陽』の威力。
そして、この広範囲。
「ああああああ!! 熱い!! 熱いっ!!!」
ちゃんと当たってくれた。
でも。
「ああ! 私の…私の高潔な姿が!! 嫌だ、嫌だ!! ああ!! うぅ!!」
己の燃えた姿に取り乱しながらも、『逆行』で見る見るうちに戻されてしまう。
「…よくもやってくれたな」
「『月』ばっかり見てるからよ、このロリコン若作りジジイ」
思い切り舌を出して挑発してやる。
「相も変わらず『太陽』の使い道をまるで知らぬ『愚図』め」
「ふん! 『愚図』で結構よ! その言葉、今は結構気に入ってるし」
ちらりと姿を捉えるだけで、胸が躍り出す。
やっぱり、さっきの赤いエナジーは、カナトの中の『破壊の巨獣』が…
「テリヒメ! お前、あぶねえから下がってろ…」
「カナト!! あんた、カナトなのね!!」
「俺は前からカナトだよ。頭湧いてんのか?」
「そうそう、こういう言葉を選ばない無神経な感じ。このイライラさせてくるのが、いかにもカナトって感じ」
「お前は俺をディスりに来たのか!?」
「安心したのよ、バカ」
よかった。
「意味わかんねえよ、バカ『太陽』が」
ちゃんとカナトだ。
「それに、カナトに心配されるほど弱くないんだから。オボロさんだっているんだし、大丈夫よ」
手に持った『陽光宿し』を再び握り直す。
深呼吸する。
司馬明人…全力の効かない『Lv58』の敵を、しっかり眼中に入れる。
大丈夫。
「やれるな、テリヒメ」
仮面をする意味がないくらいの美男子が私に問う。「やれるのか」ではなく、「やれるな」と言われたのが嬉しかった。
「愚問ですよ、オボロさん! 『太陽』だって、ちゃーんと強いんですから!」
△△△
「もうよい。頃合いだろう」
『光』を纏った刀。微かに触れるだけでも、『真紅』のエナジーが浄化されるように消えていく。
なのに。
「これが名刀の真髄です。あの世で永遠に悔いるといい、愚物め」
ロン毛ジジイが高く飛び、天高く掲げた刀が、とんでもない量の『光』を纏う。
何度も円を描き、作り上げた球体。さっきのテリヒメの『炎天焔』と同じくらい広範囲のそれが落ちてくる。
あっという間に視界が球体の『光』に覆われて…
「やべえ、死―」
「『月光閃・滅裂・五月雨切り』!」
「水無月さん!?」
『月光』が、水無月オボロが、俺の前に割り込み、渾身の奥義を放つ。
夜空を駆けるように、弱くとも鋭い『月光』が、目の前の大きな『光』を何度も切り裂く。
何百回切り裂いたか分からないほど、水無月オボロは降り注ぐ莫大な『光』を小分けにして、見事に中空へと消し去ってしまった。
「言っただろう。俺が時間を稼ぐ、と」
「嘘だろ…」
驚いたのは、俺だけじゃない。
「なんだと!? 貴様のような『月光』が、なぜ『叢雲』の『光』を凌げるのだ!?」
「…俺が…ルナの…たった一人の兄だからだ…」
俺を『光』から守って見せた水無月オボロは、膝を折り、剣を地に刺して息苦しく肩で呼吸し黙り込んだ。
全身から力が湧いてくる。
水無月オボロの奥義に感化されたんじゃない。もっと物理的で現実的な、…確かな力の実感。
「出力最大の『陽光凱歌』よ!」
一国の姫を気取るように、背後の女が高らかに笑った。
「やっちゃいなさい、カナト!」
「もたつくな、愚物よ…」
無駄にはしねえ。
「行くぜ、バケモン」
お得意の水平切りをお見舞いするために、剣を構える。
「行くぜ、俺」
足裏に溜めた渾身の『疑似成長』で地面を蹴り、
「なっ!?」
ロン毛ジジイに一気に詰め寄る。
そして。
この一撃に、
「うおおおおおおお!!!」
俺の価値、全部を乗せる!!!
△△△
一つのものを追いかけて何が悪い!
だから私が、負けるだと!?
「ふざけるな…」
意識が…
藤井カナトの『剣』から離れられない!!
「どうして…どうしてだ!!」
『陽光凱歌』で強化されただけの、ただの水平切り。『叢雲』で容易く防いだ、素人に毛が生えた程度の一振り。
その際の、弾け飛ぶタナトの『真紅』に皮膚を掠っただけ。
掠っただけだ。
それなのに。
『逆行』を用いて、その小さな傷がふさがらないだと!?
「血が…血がぁぁぁぁ!!!!」
血が、垂れる。垂れる。垂れる。垂れる。
止まらない。
タナトのスキルの一つに、『エナジーの暴走』があるが、それは『逆行』で止められることは、1000年前に経験済みだ。
それならなおさら、あんな借り物の『真紅』で傷ついたくらい、造作もないことなのだ。
それなのに。
…それなら。
…バカな。
これは、藤井カナトのスキルだというのか!?
あり得ない。
エナジーを受けた『叢雲』すらも、粉々に割れる。
こんな…『存在』を否定するように、台無しにしてしまうような…。
この餓鬼のスキルは、『抑圧』の類ではなかったのか!? 単にタナトを抑えるだけの器の役割ではなかったのか!?
「貴様は…貴様は何者なのだ!!!???」
「はあ…はあ…、何が言いてえ」
「とぼけるな!!」
血が…止まってくれない!
それどころか、体内に入ったエナジーが暴れる。
痛い。怖い。苦しい。辛い。
死にたくない。
「た、助けてくれ!!」
嫌だ。
「き、君の言うことを何でも聞く!! だ、だから、助けてくれ!!」
「耳を貸すな、藤井カナト。こやつのせいで何人もの人間が死んだ。街には1000を超える魔物が、こやつの指示で放たれている」
「それに、助かる方法はなさそうだし」
黙れ。
「貴様らごときが口をはさむな! 脆弱な光どもめ!! 私は、藤井カナト殿に話しているのだ!!」
ああ、早く答えてくれ!
「スキルを…スキルを解除できるだろう!? カナト君! カナト君!」
「…できる。その感覚がある」
交渉の余地がある!!
「なら…それなら!!」
「カナト! そいつは、この事件以外にも人をいっぱい…。ルナだって…」
「だから邪魔をするなと言っているのだ、『愚図』!!」
「…あんたに」
カナト君が私に問うた。
「あんたに何ができるんだ?」
ああ。
希望の光だ。
できるさ。私なら、何でも。
「何でも言ってごらん」
「司馬。貴様はこの期に及んで」
「もう限界なんだから!」
「いいんだ、テリヒメ、水無月…さん。ちょっと聞かせてくれ」
くく。
全ては、私の思い通りに動く。
生きてさえいれば勝ちなのだ。
スサノオよ。
貴様がいくら強い戦士だろうが、老いて死せば、貴様は勝負の土俵にすら立てない。時代の地層に埋もれに埋もれ、《《もう一度人類が滅びれば》》貴様を知るものなど一人もいなくなるだろう。
今回だって、生きながらえた私の勝ちだ。
「お金かい? 女かい? イージスの地位かい?」
「…ルナを」
「ん?」
「ルナを諦めてくれないか?」
「っ!!!???!!!」
何を…。
何を言っている!!!
「そ、それはでき…」
「できなかったら、あんたはここで…殺さないといけない」
「ま、待ってくれ! よく考えるんだ!」
何を言い出すんだ、この餓鬼!!
私が、私が何のためにこんなに永く生きたと思っている!
「君はイージスになりたいんだろう? 憧れのお爺様にも認められたい。『Lv1』だと差別されて、虐げられて、幼馴染とも差を付けられて、一人になって。よく考えるんだ。水無月ルナは、死なない。少し人格が変わるだけで…」
「だから、それが嫌だっつったんだよ。長生きしてるんだろ? この国の玉なんだろ? なんでそんなことも分かんねえんだよ」
「どうしてだ!? 君の方こそ、どうして分かってくれない!!」
生きているじゃないか。
『月』は、ちゃんと綺麗な髪と目をしているじゃないか。
どうして…、なんでだよ…。
「あいつは、いっつもオドオドしてて、怖がりで、人の目を見て話すのが苦手で、自分の兄貴にすら遠慮して、甘いものは見てるこっちが引くくらい食べて、泣き虫で、優柔不断で、…俺はそれがいい。『月』の代わりなんていくらでもいるけど、ルナはたった一人だけなんだからよ」
同じだ。
同じ目だ。
1000年前、あの男と同じことを言っている。
『いやいや、俺はね、ヨミちゃんが『月のエレメント』とかどうとか、そんなのはどうでもよくて、あの子が『太陽』だろうが『炎』だろうが『煙』だろうが、どんなスキルでもいい。『月』の代わりはいても、あの子の代わりはいない。向こう1000年は生まれないだろうな。未来の重鎮様であるこの俺が断言してやるよ、アキヒト!』
ああ。
スサノオ。
藤井カナト。
お前たちはどこまで、私の愛を嘲笑えば気が済むのだ。
「交わりたかった…」
血が、もうなくなってくる。
視界が狭窄する。
先ほどまで浮かんでいた満月が消えている。
おぼろげにも見えない。
「ああ、黄泉様」
月は雲に隠れて、
「綺麗でした。あなたはまだ、何年経っても私の中では綺麗でした…」
また私から遠ざかるのだ。
第六章後編 月夜の抗魔大祭
—完―
これにて抗魔大祭編、完結です。
この章は作者が一番ノリノリで書きました。
中二全開で書かせてもらいました。




