Lv75 大嫌いです
「…キ」
私は。
「…ツキ…」
何もできなかった。
完全に読まれていた。
タナト教団のやつらは意図的に、私がスキルを使うタイミングで配置を変えた。8本の内1本も捕らえることができず、『光』使いの男にはことごとく突風を防がれたし、おまけにテリヒメ先輩たちの動線を『風』で潰しかけた。
役立たずだった。
「隙アリじゃ!」
「ひゃあ!?」
尻に小さな指が食い込んだ。
咄嗟に手首をつかみ取る。
「ご、ごめんかの…痛いっ、ねじらないで…!」
このまま反対側に捻ってやってもよかったけど、先輩だからやめておいた。
きっと、情けない面を励まそうとしてくれたわけだし。
「すいません」
「いや、アタチの方が無礼だったかの」
「そういうことではなくて…」
「他に何を謝ることがあるかの?」
この人は優しい。ほら、今だって私が何を言うか分かっているだろうに、先回りして理解を示そうとせず、私が話すのを待っていてくれる。
「何もできなかったです。余計なことして足手まといにならなくて済んだ、なんて言い訳もしたくないくらい、何もしなかった」
「ミツキがいたからこそ、タコ男も『光』使いも十分そこに気を張っていたはずじゃ。もしあんたがいなかったら巨山たちは大怪我をしたかもしれないし、アタチの紫炎も気づかれていたかもしれん」
こうやって、私を甘やかす。
みんなそう。
カナトやリョウだって、私が優等生で利口だから、誰もがっかりした気持ちをぶつけてくれない。励ましで誤魔化してくれる。
でもそれは、私自身の問題だ。
常識から外れたくない。悪い注目をされることを怯えて、正道から外れる勇気を持っていない。0か100かの勝負を避けて、70か80あたりを継続させる生き方。だから、そんな私を誰も本気で非難しない。
中途半端。器用貧乏。
今の私を形容するならそれだ。
大それたいのに。
2人みたいに、一切合切の過去を置き去りにするほどに化けてみたいのに。
「置いていかないで…」
視界の外から伸びる綺麗な布を、目元を隠すようにして当てた。
△△△
「いれものごときが!」
このババア、さっきから調子が悪いみたいだ。
早く来いよ、ルナ。
文句があんなら、その口はてめえが動かせよ。
「三日月!!」
杖の先に付与した『月のエレメント』が、三日月型を描く斬撃。さっきみたいに飛ばしてくるんじゃなくて、杖につけたまま振り回してくる。
普段の俺ならたぶん剣で受けても真っ二つにされていたけど…
『Lv70』は!
『真紅の剣』なら!
「せりゃあ!!」
真っ赤なエナジーの剣が、光を切り裂く。自分でも驚くほどの切れ味。俺の中にバケモンがいることに驚いてるけど、今はそんなもん考えなくていい。
今の俺の目的。
それは、たった一つ。
「なめんじゃないわよ! 『月の…』」
突如。
スローモーション。
俺以外の、世界のすべてが、砂時計の砂のように、驚くほど、ゆっくりと、…流れる。
ザー、と脳裏に響く雑音を知覚した。
昔、どこかで見た『ブラウン管』ってやつから流れる灰色の砂嵐みたいな雑音。それによる不快感。
それが、危機を伝える。
『月』による障壁が、来る!
射出の類はルナのおかげで精度が定まらないから、障壁を使って、俺を弾き飛ばそうとする。
限りなく確信に近い、不確かな直感。
読める。
こいつの、次の行動が。
だからこそ、足にエナジーを集中させて、
『疑似成長』。
直行!
杖を弾き飛ばした。
「なっ! ふざけんじゃないわよ!!」
ババアは丸腰になっても、すぐさま掌から『月』を発動しようとする。十分な出力。
知ってる。
それも先読みしたから。
「なんなのよ!!?」
掴んだ手首。
放さない。
『月』が溜まる。
前に!
「いい加減出て来いよ、この根性なし」
俺はそのまま顎を引き、
「いっ!?」
額を、ルナの額に激突させた。
「よくもやってくれたわね、この汚物めが…、今度こそ完全に浄化して…な、によこれ!? 身体に力が…エナジーが…」
△△△
『お前の価値は、お前が決めろ!』
決められない。
私なんかが…、私に自信を持ちたくない。
そんなことも分かってくれない。
死にたくなるほど辛いから話せないのに。誰にも嫌われたくないから話したくないのに。
そういうことも、まるで分かってくれない。
…でも。
だからこそ。
このまま、終わりたくなんかない。
さっき、橘さんが言っていた言葉が私の中で反響する。
『たとえ、私の意識が消えて別の人格になったとしても、私は、この一瞬を! あなたに捧げるのです!! この先なんてどうでもいい! 今の…今この一瞬の私がそうしたいのだから!!』
それが、嫌というほど耳に沁みついて離れない。
己の人格を犠牲にしてまで、愛する人に自分の生涯をささげるために、『今』を燃やした生き様。
橘御影。日ごろから私に酷い言葉をかける酷い人。今だって私の身体を乗っ取って、好き放題に人を殺して、私の人格までもを壊そうとしてる、酷くて怖い人。
それでも、彼女のこの言い分だけは嫌いになれなかった。
でもみんな。
『大嫌いです』
橘さんも、司馬さんも、カナト君も。
そして。
『兄様も、大嫌い』
妹を守るためにあえて妹を嫌って見せる、『かっこいい兄様』になりたいだけの愚かな人。
『あんなお面被ってないで、普通でいてください』
力を溜める。
『私が大好きだった、素直な『にいさま』でいてください』
剣を振っていた『にいさま』。
夜遅くまで勉強していた『にいさま』。
疲れているのに本を読んでくれた『にいさま』。
…。
母様の死を私のせいだと、つきたくもない嘘をついた兄様。
私を無理に嫌って、私から危険を遠ざけた兄様。
…。
『月光』だと診断されてもあきらめずに剣を振った兄様。
いつだって、諦めることなく『月光』を鍛え続けた兄様。
目に焼き付いた『月光』を、
『できた! やっと、やっと! …名付けて、『月光閃』だ!』
闇夜を駆け抜けるように切り裂いた、あの一瞬の閃きを忘れない。
『すごいです! 兄様!』
あの時の目の潤いを、忘れない。
『心臓』
エナジーを溜め、全身にエナジーを運ぶ器官に命じる。
『私のために動きなさい。お前は私の身体なんだから』
『月』を集約し、イメージする。
ずっと憧れていた兄様。
私もカッコつけの兄様と同じくらいカッコつけだった。
瞬き一つさえ許してしまえば見逃してしまう、あの『月光』を強くイメージする。
抗魔の一閃。
ありとあらゆる異能を、早業にして神業として取り払う。
ずっと前から、『月』が使えるようになったら練習して、この技名にしようと思っていた。習得するよりも名付ける方が早いのはみんなには内緒にしたい。兄様になんか絶対言えない。
そんな恥ずかしくてカッコいい技名を、ここで唱える!
『月光閃・十六夜』
△△△
顔が変わった。
顔の形が変わっていないのに、俺はすぐに分かった。分かることができた。
目つきが違う、口元が違う、笑い方が違う、眉の動かし方が違う。
「カナト…くん…」
俺への呼び方が違う。
「ごめんなさい…少し…」
ごっそりと、エナジーの気配が抜けたルナ。
小さな体重が、こつんと、胸に落ちてくる。
「あとでたっぷり、文句がありますから。…ちゃんと生きてて、くださいね」
か弱い声が、胸元をくすぐる。
「…ああ、いくらでもかかってこい」
無垢な童顔が、まるで幼児のようにゆっくりと目を閉じ、あっという間に寝息を立てた。
鼻腔を掠めるこの匂いも、多分ずっと忘れないだろう。
頭上。
雲に隠れた満月は、隠れる気なんてさらさらないみたいに輝いていた。
『月』。暗雲を断ち切る。




