Lv72 存在
「学生か。もうお前らに用はねえよ」
せっかく、魔物の群れから逃げてきたのに。みんなに押し付けてしまってまで逃げてきたのに。
スキンヘッドの男。
確か、チェーンって名前の、『麻痺毒』の刃を先端に付けた鎖で戦う、タナト教団員。
「えーえー。あーたしたちもあーそぼーよー」
もう一人。
ピンクのツインテールで、飴玉を口に入れた女。
コンフュと呼ばれる、特殊な粉を操るタナト教団員。
「せーっかくのラッキーエンカウントなんだーしー」
どこがラッキーだ。
僕だけならまだしも、隣には、僕の大切な人が。
「ま、俺らも仕事しねえとだし、コンフュの言い分は全くの間違いじゃねえな」
鎖がわずかに、鳴る。
「サイハ」
小さな声で、小さな女の子に耳打ちする。
「大丈夫だよ。僕がきっと、乗り切って見せるから」
「カケル…」
小さな手がちょこんと袖を掴む。子犬みたいな顔をして、僕を心配してくれる。この一瞬すらも、僕にはたまらなく幸せだ。
そんな幸せを失いたくなんかない。
戦闘、なんてバカな真似はしない。
戦力差を考える。
男が持つ鎖には、まだあの蛇塚ウロコのエナジーがついているかもしれない。
女の粉が効いてしまえば一発でアウト。僕らは捕らえられるか殺される。明らかに粒子系のスキルだし、レベル以上に効力と効果範囲が高いだろう。
僕一人ではこいつらを倒せない。
サイハを守りながら、なんてもってのほかだ。
僕はオボロ君じゃない。大城副会長じゃない。海崎シアンでもないし、紺野ヨウコでもない、轟ヒビキでもない。
弱い頭と弱い力で、逃れることだけにリソースを注げ!
両手を上げると、向かいの二人はこちらを注視した。
「ええと、僕たち道に迷ってしまって」
平静を装え。少しでも怪しまれれば…。
「寺院の下は魔物がいっぱいで、街中も魔物だらけになって大変だったんですよ」
「そうだな。君たちは関係者じゃないようだな」
「関係者? 何のことかはわかりませんが、こっちは巻き込まれて迷惑でしたよ」
「ふーん。パンピーってこーとかー」
よし。
一般人に見えている。
「僕らはここが地元なんです」
「…と、いうと? 君たちはここの学生さん?」
もう少しだ。
「僕らは、E地区の学生ですよ。A地区のやつらみたいに野蛮じゃないものでね。『Lv28』で高いのは、抗魔特進クラスなもので、強い学校の生徒だとよく間違えられるんですよ」
「なるほど」
スキンヘッドが納得してくれた。
「すまなかったな。こちらも気が立っているもので、つい疑ってしまった」
「いえいえ」
急な破壊音に身が縮まる。祭壇の方角、オボロくんやテリヒメちゃんたちが向かっている場所で、凄まじい圧力を感じる。まるで、この世のものではない何かの…。
「で、では僕らは、避難所へ急いでるので、あはは…」
「おう。達者でな」
頭を下げてすれ違う。
難は逃れた。
あとはどうするか。サイハを安全な場所に残してオボロくんたちの方へ向かうか。海崎さんや紺野さん、轟の方を手伝いに戻るか。
「A地区中学、生徒会監査、鍵カケル」
振り返った瞬間、目の前に伸びる鎖。
「報告通りの、いい反応と精度だ」
『施錠』が間に合っていなければ、鎖についた短剣が僕の頭蓋を貫いていただろう。
「…どうして、僕のこと…」
秋の風に包まれた全身が、次は怖気で寒くなる。
「あーんたー。けっこーゆーめーだよー。自信なさそーにしーてるけーど、そーのスキルはー、けっこーつよーいやーつじゃーん」
だめだ。
もうスキルも使った。誤魔化しがきかない。
内通者か。
僕の知らない内通者が、まだ、水面下で動いている?
「僕を、どうするつもりだ?」
「僕ら、とは言わないんだな」
誘導もできない。スキンヘッドの目がサイハを捉える。眼中に入れてしまう。こいつの頭脳は聞いてたけど、想像以上に鋭い。
どうすればいい。
オボロ君。
僕が、君みたいに強かったら…。
「そんなにビビらなくても殺すつもりはねえよ。人質として使うだけだ。拘留中のシャドウとウェイト、それからマッドの身柄を解放してもらうことを条件に。まあ、お国の対応次第では、お前らを適当に処分するけどな」
「くっ…!」
「ふーるえちゃーってかーわーいーいー。あーんたほんとーはもーっとつーよいんでーしょー? ほーんきださなきゃー、女の子のほーもしーんじゃーうよー?」
サイハ…。
「カケルに手を出したら、私が…許さない…。私だって、このスキルで…」
か弱い手が、『土』のエナジーを集中させる。
「ダメだ! サイハ!」
「…意外だな」
「あーれあーれ、おーこらせちゃーったー? 女の子のほーもつーよそー。よそーがいのエナジーそーりょー。つーちのいーろもなーんかふつーと違うしー」
こいつらにスキルなんて使ったら…君は…
「おうおうおうおう!!!!」
突如。
声がした。
馬鹿のように汚らしい雄たけびを上げて登場したのは…
「てめえら、俺のことは知ってたりするか?」
イエロースパークのリーダー。
会議は無断で欠席するし、出席した時はいつも僕らに突っかかってきて、連絡事項もチームメンバーに報告しないで、提出物も平気で紛失する、だらしのないじゃ形容が追い付かないくらいルーズなクズ男。
「俺だって、有名人だもんな!」
僕もオボロ君も死ぬほど大嫌いな、轟ヒビキ。
今だって、弱い僕の苦労も知らないで、自分の強さを真正面から見せびらかすんだ。
やっぱりお前は嫌いだ。
強いところも、勇敢なところも、ゲロが出るくらい嫌いだ。
お前を見て身体の力を抜いてしまう僕自身も、大嫌いだ。
△△△
「どうした? やんねえのか? あぁん?」
「ケケっ、ヒビキさんと俺のスキルは相性抜群だからな。あとから飽田の野郎も一緒だ!」
力を誇示する轟ヒビキと、姑息に笑う後輩の脇谷トミヒコ。
「退くぞ、コンフュ」
スキンヘッドが目の色と予定を変えた。
「こいつは『月光』と同じ、別格だ。文化祭でレオの肉体に拳の痕を付けた怪童。そんな奴と真っ向からやっても勝ち目はない」
「やーってみなきゃーわーかんないしー」
「来い」
「へーへー。わーかったよー。ヘータレのハーゲチェーン」
スキンヘッドの剣幕に唇を尖らせ、ピンク髪はしぶしぶと付いていく。
今度こそ、本当に去っていった。
『轟ヒビキ』という存在だけで敵を撃退させてしまうあたり、またしても腹が立ってくる。
「まさか君たちに助けられるとはね」
「ケケ、さすがはヒビキさんだぜ!」
「君も、だろ?」
「ケケ! そうだろそうだろ!」
「いや、脇谷君じゃなくて…」
「ああん!? てめえぶち殺すぞコラ! 鍵てめえコラ!」
「言っとくけど僕は先輩だからな!」
これだから荒くれ集団は。
「…で、もうスキルを解除したらどうかな?」
「あれ? バレてました?」
頭上のレベルまでもを擬態する見事なスキルが解除され、嫌いな男の姿から、見覚えのある女子の姿に戻っていく。
肉体だけでなく、衣服まで完全に『擬態』できるとは。
まさに、変幻自在だ。
「知ってるよ、君のことくらい。レッドフレーム2年・丸井マドカ。生徒会の例会も、紺野さんの代わりに擬態して出席してたでしょ?」
「うげ、バレてた? ヨウコ先輩、忙しいから許してくださいよ」
「承知してるから、今まで黙ってたんだよ。まさか轟の姿に擬態するなんてね。指先と足元に少しエナジーのムラがある以外は完ぺきだったな…あと強いて言うなら口調がわずかに違う」
「すごい! そんな繊細なとこまで見抜いてるの!? 鍵先輩のくせに!?」
「ひとこと余計だ!」
「てめえコラ! 俺の女をじろじろ見てんじゃねえよ! ぶん殴るぞ!」
「だから僕は先輩なんだってば!!」
…はあ。
後輩たちも生意気で、強いやつばっかりだ。サイハの前でカッコつけられないや。
ああほんと、嫌になっちゃうよ。
「あっはは」
思わず笑えてくる。
あいつのことが嫌いすぎて。あいつの存在が鬱陶しすぎて。
「やっぱ気持ちわりいなおめえ」
「うるさいよ、轟の手先」
鍵は轟のことが普通に嫌いですが、轟は鍵のことを結構気に入ってます。
コスパの悪い『施錠・解錠』を加減して使える器用さは飽田並み、と評するくらいには強さを認めてます。
ただ、提出物にうるさいところや、強いくせに自信が無さそうにしているところがムカつくらしいです。
「轟。イエロースパークの遠征許可書、また提出しないまま他地区まで行っただろ。急に魔物の討伐があったって、近隣住民から苦情が来たんだからな」
「いいだろ、細けえこたぁ。全員無事に生きてっし。魔物の被害も未然に防げたし。結果オーライ」
「苦情の電話受けたの僕なんだけど」
「へっ、ごくろうさん」
「ムキーっ! やっぱりお前のことなんて大っ嫌いだ! オボロ君に言いつけてやるー!!」




