Lv70 月夜
速い速い!!
すっごい!!!
「ねえねえ、何のスキルなの!?」
トップスピードは、たぶん私より断然速い! 戦闘経験で差が出なかったら、傷一つくらいはついてたかも!
「ただ速い、それだけですよ」
確かに、線での動きはまだまだ。動きに曲線がなくて読みやすい。
…けど。
「あと一歩、でしたか」
読めていても、速すぎぃ!
「じゃあそろそろ! 私も本気出しちゃおっかなー!!」
スキルを使っちゃうもんね!
あ。
ぴぴぴ。
耳に付けた機械が鳴る。
ああこの音、嫌な予感がする。
『日南。頃合いです。藤井カナトを連れて祭壇まで来なさい』
「もう! 司馬っち! 空気読んでよ! 私が今から敵陣の強キャラみたいにカッコよく本気を出すところじゃんか!」
『忘れたのですか? 今は亡き貴女のお爺様の契約を』
「ちぇ。分かったよ」
それを出されたら言うこと聞くしかないじゃん。この真っ黒司祭。
「ごめんね2人ともー。そういうことだから」
「逃がしませんよ」
直角の踏み込みは、撤退を決めた私を追うために迫る。
わっかりやすい狙い目だよね!
「隙、みーっけ!」
少年に振り返り、すぐさまこの私のかわいい顔をまた見せてあげる。
「なっ!?」
この子も大城ジュニアみたいに、凶器への反応がいいから、打撃で対処。自慢の足技が端正な顎にヒット!
「おやすみ、足の速い男子!」
イケメン君が目を閉じて倒れこむのを確認。
視界の外。
微かな『音』を聞き逃さない。
私に狙いを定める音。銃を構える音。
だからこそ、
「用意周到なのね、金髪さん」
スキル『煙撒き』の濃度を最大にし、やけくそに放たれた銃弾を回避。
「じゃあ、行くわよ。クルクル君」
木に立てかけた茶髪の天パ、藤井カナトを再び担ぎ上げ、司馬っちのもとへとレッツラゴーした。
「おお…!」
クルクル君! ワルなオーラがビンビンになってきてるね!
お目覚め、かな?
△△△
『ごめん…ごめん…!』
お決まりの、『夢』。
意識を失っていることをうっすら自覚する。
しかし、いつもと変わったことに気づく。
真っ赤な塵が、回想の世界を舞っている。
回想の中の出来事ではなく、この映像の外に、その血のような赤が舞っている感覚。
なんだよ、これ。
回想の中は…。
いつか見た『夢』の中で、一緒に走っていた女の子が、血だらけになって倒れていた。
その子の背中には、大きな引っ掻き傷。人間のものじゃないことが、その大きさですぐ分かる。
でも…、なんでか…
暴れる心臓。
俺の手が、血だらけになっていて。
『素晴らしい』
後ろから声がする。
『これこそ、器。タナトの再来!』
振り返れない。
怖かったんだ。
『あいつ』が。
誰だっけ。
顔も思い出せない。
早く。
早く、終わってくれ!!
△△△
「まだ一人も殺してないんだけど! これじゃあインセンティブもらえないじゃん! 今日は100人殺して100万円貰おうと思ったのにぃ!」
「いー」とふざけたように白い歯をむき出しにする女は、夕方に会った時と同じレベルで同じ容姿だから、同一人物だ。
「『獅子王』もやるものですね。魔物風情にしては、上出来。3000は動員できましたか。『剣士隊』や『銃撃隊』、『E地区職員』どもの主戦力は毒殺で屠った。未熟な歩兵どもは対応に追われるだろう…ふふ、これで邪魔者はいなくなった」
「おーい、無視するなー」
「目覚めたようですね」
は?
お前は何が言いたいんだ?
「その証拠に、生物の理を超えた固有の色。『龍』の『漆黒』と並ぶ異能。ふふ…」
言ってる意味が分かんねえ。
眼前に、ルナ。
今すぐに手を取って、すぐにでも逃げたいのに。
「これで、私はついに…!」
ルナ…?
ルナ…じゃない?
おい!!
ルナをどうにかしろよ!! ルナ! 何とか言えよ! 誰だか知らねえけど、これ以上ルナを好き勝手に動かしてんじゃねえ!! 俺が許さねえぞ!!
「よくやりました、日南。報酬は期待しておきなさい」
「200万だよん! これはきっと、200人の殺害よりも誉なんだから!」
「では、壇上まで向かいますよ。橘」
「…はい。明人さん」
優美に笑った。
月の光のような髪色で、翡翠色の目が。
橘。
あの女が、ルナを身体の中から操ってる!
おい、ルナ!!
…。
さっきから、届かない。
俺の声が…。
…気づいた。
俺は、俺の内側にいる。
じゃあ、お前らは誰に話しかけてんだよ。
「あなたにも来てもらいますよ、タナト」
身体が反応する。
違う。
「1000年前の再現。あなたが強くなればなるほど、『月』はまばゆく光る。『スキル』の次元を超える。次元を超えれば、恋に恋い焦がれた『彼女』と同じ光を取り戻す! あなたには、その大義があるのです! …さあ、タナトよ! 1000年も待った私に慈悲を、…『彼女』との再会を!!」
俺の名前じゃない。
反応するのは何かの間違いだ。
俺は、『カナト』だ。
タナトなんて…タナトなんかじゃ…
「ぐ…」
真っ赤な塵…血のように赤い粒子たちが身体の内外に染み渡る。
飲まれる。
俺の…カナトが…!!
やめろ…
やめてくれ!!!
声が、届かない。
身体が倒れても、まるで他人事のように鈍い衝撃しか感じなかった。
このまま、俺の中身まで飲み込まれて…
△△△
『浄化の祭壇』。
『抗魔寺院』の最上部に設置された祭壇。E地区の観光用のタワーの次に高く、森林のように密集したビル群を一望できる。
しかし、ライトアップされた人工の光など、目の前の『月』に比べれば、脆弱千万だ。
「ルナ」
「貴様に用はないのだけどな、『月光』」
「お前に話してなどいない、司馬。疾く、消えよ」
「そんな身体で何ができる? 私の右腕などという虚言を鵜吞みにする巨山ごときに血を流した貴様が、『月』に届くとでも?」
身体中に痛みが走る。肺が痛い、筋肉が痺れる、脳が怠い、今すぐにでも休息したいと、軋む全身が訴える。
…それがどうした?
水無月オボロ。
妹を前にして、そんなことが許されるとでも?
妹を憎み、傷つけてまでして、逃亡することが許されるとでも?
奴らの足元に転がる藤井カナト。微かに感じる邪悪な何か。
あいつのことも、守ると決めたはずだ。ルナが大切にしている男だ。
「消えるのはあなたじゃなくって?」
ルナの口が、別人のごとく…否、別人らしく醜く歪んだ。
「その口を閉じよ…、下衆」
「あんたこそ邪魔しないでよ、死に体のクソガキ」
ルナの瞳孔が、悪魔の手先のように開く。
「私は、私はね…取り戻したの、取り戻したの!!!」
ルナの頬が、卑しく歪む。
「私は1000年前の『月』! 神無月黄泉!! 私以上に、『月』であることは許されないのよ!? きゃっははははははははは!!!!!」
力が蘇る。
「その顔で」
握力と脚力が、想像以上に躍動する。
「その顔で、その声で、下らぬことをほざくな!!!!」
『月光閃・双月』!
取り戻す。
ルナ。
俺が、お前を守る。
『月光閃・湖月』。
「消え去れ!!!!」
「だから無駄なんだってば!!」
渾身の抜刀。
二つの刀身が障壁に阻まれ、小枝のごとく砕けた。
「『月の隔壁』。どう? これが『月』。この女以上に、使いこなせるんだから」
だから、なんだ。
俺はまだ、生きている!
「『月光閃・抗魔殴撃!!」
斬撃が届かぬなら、拳で…!
「無様な光ね」
五指の骨が、砕けた。
「まだだ…」
まだ、左は…!
「『月の憤慨」
見えなかった。
見えた瞬間、それは直撃していた。
光線が、腹を貫いた。
臓器を巻き込む、幅のある光。エナジーも肉体も、易々と破壊する『月』の光。
「…ルナ…ぁぁ…」
手を伸ばしても、届かない。
「ぁぁ…ぁぁ…」
「滑稽ですな、お義兄様。守ると誓った妹に、手も足も出ぬとは」
「ぁぁ…ぁぁ…」
ああ、せめて。
せめて、触れさせてくれ。
ルナに、謝らせてくれ。
△△△
「素晴らしい!!」
腹が、繋がった。
それだけじゃない。
内部の臓器まで修復する。粉々に折れた刀も。
『月の寵愛』。
『月』の真骨頂とも呼べる妙技。完全なる治癒と修復。私のスキル『逆行』とは異なり、他者の生命を完全に元通りにする。
「橘…いや、黄泉様! 早くあなたの御身を取り戻してください!」
「ああ!! もう分からないわ! 橘なんかじゃない! 私はもう…! 私は!! あなたと交われるならそれでいいの!!!」
ああ、美しい!
早く、その唇を、その身体を、私に!!
神藤須佐之男…あの忌々しき男の邪魔は、もうない!!
今度こそ、私が、本当にあなたのことを理解している私が、あなたの愛を…!!
「疾く目覚めよ! タナト! 破壊と貪食のみを生きる糧とする愚かな獣よ!!」
藤井カナトの肉体。私の手刀をその心臓目掛けて胸を貫き、握りしめる。
「ぐぁぁぁ!!!??」
眠っている藤井カナトに、その手刀を腕ごと吹き飛ばされた。
『逆行』で再生できなければ失血死するほどに、指先から胸の半分までを血のように赤いエナジーが吹き飛ばした。
「…はぁ…はぁ…貴様の闇で、私を導くのです!!!」
少年のレベルが、瞬く間に上がっていく。
『Lv2』。『Lv3』『Lv4』『Lv5』『Lv6』『Lv7』『Lv8』『Lv9』…。
一度でも瞬きをすれば、数値は3つ見逃すほどの急成長。
退化したタナトが、力を取り戻す。
藤井カナトの肉体に抑圧された魂。頼りない骨格の少年を中心に、赤い粒子を放出し、本来の体躯を作っていく。
次第に、骨格は無く粒子で形作っただけだが、『当時』の形を取り戻していき…。
全長5メートル。
『破壊の巨獣』の名にふさわしい体躯が顕現した。
二足の獣が、
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
『Lv70』の化け物。『最古の異生物』の中で唯一、理性と知性を手放した化け物が、月夜に轟いた。
『破壊の巨獣』、覚醒。




