Lv66 趣深い
「邪魔をするか、司馬明人」
忌々しいこの男。やはりこいつは、ルナを愛してなどいなかった。『月』としての髪色と目の色のみを求めていた。それを見抜いていながら、俺は何もしなかった。ルナが本気でこの男を愛していると思ってしまった。藤井カナトの心が『太陽』に傾いた気休めになると、勝手に妄想を膨らませた。それが今回の騒動を招いた。
「あなたが嫌悪する愚妹殿は、『司祭玉様』と呼んでくれるのですが、お兄様の方はどうやら礼儀も知らぬのですな」
だからこそ、この始末は俺がつける。この男を殺し、愚妹…ルナを救い出す。
「『月』の彼女とは違い、『月光』のあなたはその半端なスキル同様、頭脳も薄弱らしい」
「ならばこの薄弱で貴様の喉を切り開いて見せよう。『月光閃・湖月』…っ!?」
抜刀の斬撃に、金髪の女が割り込んだ。
「疾風迅雷! ニンニン! ってご先祖様はあんまり言わなかったらしいけど、可愛いから使ってる!」
こいつは確か、陽月教の忍。その『Lv18』にそぐわぬ速度、身のこなし。Z地区出身の師範や彼の姉御と同じ、身体能力と『気』が常人離れしている。
「司馬ちゃんは殺させないよん! ねっ、ゴーキちゃん」
「その呼び名をやめんか。…『轟雷薙ぎ』」
2メートルはある大男が大剣に高出力の『雷』を纏い、俺を目掛け横なぎに払う。
「『月光閃・三日月』」
あの圧力と重量。まともに受けては刀が折れる。いなすように月の弧を描き、受け流す。
頭上の『Lv48』。
「腕を上げたではないか、オボロ坊」
「その呼び名を止めよ、単細胞」
「はは、水臭いことを言うな、弟分よ」
こちらにとっては至極気味の悪い認識を向ける大男。
巨山豪気。
複雑な思考が苦手で、他人への配慮も欠ける、俺が最も嫌う人種。
その大男のスキルは『雷のエレメント』。それを大剣に纏った戦闘スタイルは、その単純な思考を体現している。
しかし、それゆえに…。
「何か言ったらどうだ! 相変わらず冷たい男め! はは!」
分かりやすい強さ。
一般大衆にも伝わる驚異。
「貴様と話し合うことなど一言もない。疾く、消えよ」
司馬明人を守る最強の武官として君臨する、まさしく豪傑。
「消えてくれるといいなぁ! おぉん!」
大剣が、轟雷を纏い、襲い掛かる。
「さくら! お前は手え出すんじゃねえぞ!? こいつとは男同士の決着を付けねばならんのだ!」
「あーあ、剣を握るといつもこうなんだから、このデカブツ。逆らったら殺されちゃいそうだし…、私は司馬っちと一緒にお月様を迎えに行っちゃうよん」
「勝手に話を進めるな。『月光閃』…」
「だからお前の相手はこの俺だっつってんだ! 俺と向き合えオボロ坊!」
司馬へと進む道に立ちはだかる。伊達に『雷のエレメント』を研鑽していない。剛腕かつ瞬足。だからこそ、この男は司馬の右腕なのだと改めて思い知る。
ならば…。
「よかろう」
真正面から受けて立つ。
「まずは貴様の命から終わらせてやる」
刀を構える。
「『月光閃・名月』」
刀身を、『月光』で強化する。
「へん! それでこそ俺の弟分だ! 早く陽月教に組しろ! 俺色に染め上げてやる! 贔屓に贔屓を重ねてお前をイイ男にしてやる!!」
「そんなものは微塵も要らん。暑苦しい」
待っていろ、ルナ。
速やかに敵を屠り、お前に長々と叱咤する。
それが、兄である俺の務めだ。
△△△
ほう。
見上げた夜空。
「なんという跳躍」
優美な満月に割り込む一つの影。
先ほどの衝撃といい、このすさまじい再生力。
「ルナぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
枯渇しているはずのエナジーは、まるで完全な休息を経たような活力にあふれている。
「初めましてだね。いや、久しぶり、といった方が正しいだろうか」
目の前の、一時的な『Lv42』の少年に笑いかけてみる。『月』以外でただ一つ、強いて興味があるとするならば、この少年。
「お前みたいなやつは知らねえ」
タナトと繋がりのある少年。
藤井カナト。
「これは失礼。私自身、長生きしているものだから、知人が多くてね」
「知り合いが多い自慢か? どこぞの生徒会長みたいで気色悪いからやめろよ、ロン毛男」
「ふふ、オボロ殿はそのような御仁ではないでしょうに。申し遅れました。私は司馬明人。僭越ながら、陽月教の最高司祭にしてこの国の司祭玉を担っております」
「マジかよ…」
権威を示すと、少年は少し怯んだような顔を見せた。
しかし、すぐに腰の短刀を抜き、
「ルナを、どうするつもりだ」
単刀直入に、私へと問う。
「あんたは、司祭玉ってことは…その、ルナの婚約者なんだろ?」
たどたどしく、少年らしく落ち着きなく目線が泳ぐ。
しかし。
その目は確かに、猟奇を含んでいる。
その猟奇は、次の私が発する言葉で単純な殺意へと変貌するだろう。
「水無月ルナは殺すことにしました。要らないので」
案の定。
「いま、なんつった?」
見る見るうちに、その目つきは変わる。
今のこの惨事たちを見れば、すぐに話が入ってくるだろう。彼のような知性の足りない子供でも、信憑性のある言葉になる。
「いいでしょう。補足も加えてもう一度。彼女を、水無月ルナを殺すことにしました。肉体はそのままにし、中身の魂だけを抜き出し、消滅させる」
「何、ふざけたこと言ってんだ…」
「荒唐無稽、でしょうか? しかし、実現の見込みがあると、私は知っている。橘御影…私の従者のスキルが実現する。…そうそう、あやつには『褒美』を与える約束だったかな。口元を整えねば。面白くなってきましたな」
「…らないんだよ…」
エナジーが荒く揺れる。
「つまらないんだよ!!!!」
弱き者の激怒ほど、滑稽なものはない。
「もっとマシな冗談持ってこい!」
「…やや、趣深い」
足元のエナジーを爆発させ、急加速を見せる。
恐るべき瞬発力。
もう少し鍛錬を積めば、レベルが上がれば、『魔物殺し』の藤井寿太郎に並ぶかもしれない。
しかし…。
「なっ!?」
「なるほど」
脚力だけを重点的に、莫大なエナジーを注いだというわけか。
「どうりで、貧弱」
短刀を振るう割には遅すぎる腕の動き。
「『急成長』の最中には、エナジーの配分箇所を即座には変えられない。スピード型から腕力特化型にはできない、か。」
「なんで、俺のスキルを…」
そのエナジーの満足に行き届いていない腹に、我が拳をねじ込む。
『彼』との約束通り、殺しはしない。
「君はまた、守れないね」
息が詰まり、瞼が閉まっていく少年の卒倒を受け止め、
「日南」
「あいあいさー!」
察しのいい忍にその身を託した。
△△△
『結局、あなたの王子さまは何もできなかったわね』
真っ暗な世界。
月明かりも届かない暗闇。自分の姿すらも知覚できない闇の中で、唯一聞こえる、声。
『無力で、弱くて…まるであなたのよう』
黙って。
『黙らないわ? だって…』
秋の夜風のように、透き通る声は言った。
『私は、あなた以上に『月』を知っているのだから。1000年前から、ね?』




