Lv63 嫉妬
抗魔寺院。少年は『月』にプリンを差し上げる。
17時過ぎ。
「あら、さくら。戻ってきて何用かと思ったら…」
艶のある長い黒髪。整った顔をした女が、なにやら含みのある目で俺を値踏みするように見る。
「あなたは、いったい何の用なの?」
「ああ、ええと」
「ミカゲっち、この私が説明してあげよう!」
日南さくらが代わりに喋ってくれる。さっきまで壁に挟まって無様だった女は完全に本調子を取り戻している。
「彼、『月』の彼女のことが好きで好きで仕方がないから、駅前の特大プリンを3つも用意して彼女の気を何としてでも惹こうと必死みたいだよん!」
「な、なに言ってんだてめえ!?」
「ほらほら、顔も真っ赤! だからここまで電光石火の勢いでやってきた次第、てきな? …さあさあミカゲっち、通して通して~、『Lv1』の殿方が歩きますよーん!」
「お、俺はテリヒメの…いや、何でもねえ」
慌てて口をつぐむ。ここで言わない方がいい内容だと直感する。当たり前のように隣にいやがる仮面野郎の前だし、下手なことは言いたくない。にしてもこいつ、一言も喋らずにこそこそと立ち尽くして…どうしたんだ?
「あなた」
優美な女に声を掛けられる。違和感を感じ取られたか。
「あの女…失礼、ルナ様をどうお思いなの?」
「どうって…」
思い出す。
水無月ルナ。
小さな身体。月光色の髪、翡翠色の双眸。
か弱くて、優柔不断で、…でもそれは、
「いいやつだと思って…ます」
優しいからこそ、あんな感じで。あいつにしかない魅力で。
暴れる心臓。
あいつのことを考えると…俺は…。
「お互いに支え合って、出来ない部分を補い合って、…そういう、なんていうんだろうか、とにかく、一緒に協力して、一緒に強くなりたい。普段は弱くて頼りないけど、それはお互い様で、…俺には必要なんだ」
何言ってんだ、俺は。
テリヒメが聞いたら、どんな顔するだろうか。
「いい目をしているわね」
作り物のような綺麗な目線がまっすぐ、俺の目を射ぬくように止まる。
「会ってらっしゃい。きっと、彼女も喜ぶわ…ねえ、水無月オボロくん?」
「ああ、あなたの言う通りだな」
視線を変えた先、仮面の奥のこもった声。どこか、発散できない憤りを含んでいるようにも聞こえるのは、気のせいだろうか。
「ほらほら、早くしないと祭典が始まってお月様に会えなくなっちゃうよん! 疾風迅雷で愛を伝えなきゃ♡」
「行くぞ、愚物」
「当たり前のように愚物呼びすんな」
△△△
18時。
月明かりの下。
周囲のビル群をはじめ、寺院の灯すらもない、薄闇の中。
「破壊の巨獣・タナト!」
その名の通り、『破壊の巨獣』のモニュメントが登壇する。言い伝え通り、全長5メートル、全身を血の色のような特異なエナジーで包み込んだ獣。
次は、
「打ち崩すは、抗魔の光」
私の出番だ。
祈祷衣の袖から手を伸ばし、
「『月光』」
『月のエレメント』による『月光』を照射すると、組み立てたモニュメントが、4人の黒子により分解される。去年、テリヒメちゃんが『日照』を放ったように、私もそれに倣う。
「昨年の『太陽』に続き、『月』の覚醒。この国の新たな象徴の誕生なり!」
司馬様が仰々しく、薄暗い天に浮かぶ月に手を掲げ、
「これより、第999回、抗魔大祭の幕を開く!」
抗魔大祭の開幕を宣言した。
それと同時に、
「「「「うおおおおおお!!!」」」」
何千人もの声が反響し、寺院に炎の灯りが灯り、周囲のビル群に張り巡らされた、蔦のような電灯がすべてライトアップされ、都会のまばゆい光を取り戻した。
『本当に』
その雑踏の中。
…いや、違う。
私の中。
『本当にいいのぉ?』
声が鮮明に反響した。
他の誰でもない私の声が、私の内側に反響する。
視線の先。
人だかりの中から、彼のことをすぐに見つける。
お兄様の少し前に立つ、カナト君。さっき、私なんかのためにプリンを買ってきてくれた。がんばれ、って応援してくれた。
目が合わない。
いつも真っすぐで実直なその目は、隣にいる『太陽』に笑いかけていた。
誰に対してよりも気安く、
私に対してよりも、親しく。
『恨めしいでしょ?』
そんなことない。
『ええ?』
2人が幸せなら、私は嬉しい。
『嘘つき。本当は嫉妬してるんじゃないの?』
違う。
『本当は、あんな私よりも光の弱い『太陽』なんか、消えちゃえって』
思ってなんかない。
『私はあなた。大きな月明かりに照らされた、もう一人の影』
何が言いたいの?
『分かるの。手に取るように、あなたの考えていること、思っていること。この胸の、揺らぎもすべて…ふふっ、ふふふふふ』
嘘。
『嘘じゃないわ。ほら、見てごらんなさい? 『太陽』と彼の手元。繋がれた肉体と魂の絆』
やめて。
『あら? どうしたの? そんなに心臓を揺らしちゃって』
違う。
違う違う違う!!!
『きっとまた、あの日みたいに、唇を合わせちゃうのよ?』
違う!
『…いや、もっと。ありのままの姿を晒し合って、見せあって、恥じらって』
嫌…。
『その肉体を重ね合って、温もりを感じ、愛を感じ、互いの欲望のままに…』
「嫌!!!!!」
体内のエナジーが、爆ぜた。
それが体外から射出されたころには手遅れで、私の周囲は、『月のエレメント』の光により、地面は抉れに抉れて…
「ぅぅ…」
沢山の血が、流れた。
「何事だ!?」
「ルナ様!?」
そのむき出しになった大地に倒れ伏す人々。
死体の…死体の数々。
「あ…あああ…」
私が…私が…
また、人を…
「ル…ナ…?」
カナト君が、震えながら剣を抜いた。
「ルナ!」
テリヒメちゃんが、化け物を見るように杖を向けた。
「そう来るか、痴れ者が…!」
そして、お兄様も刀を構える。
見ないで…やめて…
意識が暗闇に吸い込まれていく。
それなのに、身体は動いている。
私の知らない『私』が、勝手に身体を動かし始めた。
「もっと見て頂戴! 藤井カナト君! これが、これが水無月ルナ。あなたを愛して愛して愛して愛して愛して、いーっぱい人を殺しちゃった、水無月ルナよ!? あっはははははははは!!!!!」
△△△
「お…い…」
嘘だろ、そんな…。
「…ナト…」
嘘だって言ってくれ…
ルナ…
「カナトっ!!」
「…テリヒメ…」
「しっかりしなさい!」
背中を強く叩かれた。レベル差で加減したとはいえ、じんわりと必要以上に背中に痛みが走る。
「疾く聞き分けろ、愚物。一刻も早く『奴』をルナから引き剥がす。時間がたつほどに『奴』は根強くルナへと張り付く。直ちに動け。いつものごとき威勢を見せろ」
「…くっ、わーったよ! チクショウ!!」
「オボロさん。『陽光凱歌』を掛けます」
「頼む」
「カナト」
「ああ…大丈夫だ。俺が、俺が助けてやるよ!」
スライムの…核…。
握りつぶす…タイミング…。
たぶん、仮面野郎が隙を作りだしてくれる。
大丈夫…。
守るんだろ…。俺が、ルナを…!
逃げ行く観衆たちの中、俺たちの進路を阻むように投げられた鎖。
「『月光閃・湖月』」
『月光』による鋭い抜刀がそれを弾き返す。
数人の影。
届きそうになる『月』は、天井に浮かぶそれみたいに、ずっと遠くへ離れていく。
「そこをどけ。次は怪我ではすまんぞ、貴様ら」
「ふん。俺たちも強くなったからな。この鎖も、お前を捕らえられるほどに!」
「タナト教団め、先走りおって…。邪魔な『月光』どもを潰すのは我々だ」
間に現れた、黒いローブと、…白いローブ。
それらが、八方に離散する。
「お前の相手は僕だ。藤井カナト」
中性的な顔の。
ひったくり犯を捕らえた男と一緒にいた。
「せっかくだから名乗っとくよ。僕はタナト教団のツリー。『序列・拾壱』だけど、誰よりも才能がある。お前なんかよりもな! 藤井カナト!」
俺の方へ投げられた小さな粒たち。
「種と仕掛けで無様に捕らわれな!」
それが植物の種であることに気づくころには遅すぎるほどに、
「『成長多線』!」
魚網のように広がった蔦が、猛獣のような速度で俺の身体を取り巻くように広がり、包み込もうとする。その蔦のいたるところには、何かが塗られた無数のトゲ。
「邪魔すんじゃねえ!」
左手を懐に、スライムの核を砕く。右手で剣を抜く。
即座に見抜け。すぐさま決断しろ。
『可変成長』を脳内で展開。
こいつの性格、体質、エナジーの圧力、スキルの特性。
それに適した『型』を、瞬時に形成しろ!
「『斬撃特化成長』!」
文化祭で使った『剣士型成長』よりも素早く、鋭く、それでいてしなやかに。
仮面野郎がやってたみたいに、圧力ではなく切れ味だけを付与しろ。
直剣よりも少し曲がった曲剣に、切り刻むためのエナジーを纏う。
相手は『Lv28』。俺の最高到達点『Lv42』の少し下、『Lv35』に調整。若干の継戦能力を残したレベル差に仕上げる。
囲い込んだ蔦を一気に切り裂く。
「なにっ!?」
軽量の連撃。それでいて繊細に、この強靭な蔦を切り裂け。
「俺を止めたけりゃあ、もっといい手品持ってこいよ! クソガキ!」
「てめえより大人だっつのクソガキ! いいよ…じゃあ」
背後の地面から2本の巨木が生え、弧を描くように高く伸びあがる。
「本気でやってやるよ。…殺すな、なんてつまんない命令はいったん無視だ」
こいつ多分、強い。
でも、怖くはねえ。
剣を握りしめ、重心を低く、
「『疑似成長』!」
『Lv35』の脚力で一気に踏むこむ。
目的があるから。
ルナを、死んででも取り戻すと、今決めたから。
「『再成長』→『神木刀』!」
ツリーの手に持つ木っ端が瞬時に木刀に仕上がり、渾身の斬撃を止められた。
距離を取ると、頭上から2つの巨木による凄まじい二撃。それを間一髪で回避する。抉れた地面が派手な破壊音と土煙を上げてさらに削れた。
神業…としか言いようがなかった。
剣術ならたぶん、俺の方が上だ。
「驚いた? これたぶん、水無月オボロでも切れないから」
剣を当てた瞬間の痺れ。それが、スキルの硬さを思い知る。
あいつの木刀には、傷一つ付いていない。
それなのに。
俺が手に持っている金属の曲剣だけが、刃こぼれしていた。
「いくら何でもビビりすぎじゃない? あのお月様を助けるんでしょ?」
今の、この力の差。
ルナの暴走。
何もかもが現実離れしていて、まるで俺は、白昼夢を見ているかのようだった。
第六章前編 白昼の抗魔大祭
—完―




