Lv62 ともしび
空様。
屋敷中、どこを探してもいない。
お爺様の代から、この身を捧げてきた私目に、一つの気配が落ちる。
その気配とは。
襖を開ける。
開けなければよかった。
などというのは贅沢だ。
直面せねばならない。
いかなる現実にも。
「空様!!」
目の前の、この『死』に。
「おや、驚いた」
死体の上に乗り、こちらを見やる男。
「予想ではもう少し遅いかと思ったが、伊達に長く従者をやっていないわけだ」
司祭玉・司馬明人。
儂が生まれてから、ずっと風貌の変わらぬ男。
「しかしまあ、幾年経っても間の悪い従者だ。岸本源治よ。このイージス、かつて私が殺した先代、先々代と同じ『不可侵』のスキルを持つものの、エナジー総量は未熟ゆえ、置物だった若きイージス。『太陽』と『月』の誕生により、『盾』の象徴としての存在理由をも無くし、こうして無様に死したわけだ」
「その御身から離れろ…司馬ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
抜刀し、
「出力最大っ!!」
一矢報いる。
この身が崩れ落ちても、刀身に宿したスキル『呪詛』をやつの魂に刻み込み…
「くふふ…イージスはこの国の盾なのだ。そして従者はそのイージスを守護する盾。…とはいっても、守るものが死してしまっては意味があるまいな…無力な老骨よ」
「許さん…許さんぞ!! っ…!?」
刀身を素手で掴まれた。しかし、好都合。『呪詛』をやつの身体に流し込める…
はずだった。
「おや? 私のスキルの仔細をご存じでなかったか」
「発動対象は、他者にも…?」
腹を貫かれた。
スキルではなかろう。単純な、レベル差の暴力。
『Lv45』で成長の止まった老体。『Lv58』の貫手がそれを内臓ごと突き破る。
「不正解だ。…せっかくの死に際だ。開示しよう」
すさまじい勢いで、口と傷口から血を吹き出しながら、忌むべき相手の高説を受け取る。
「発動対象は、私の肉体と、私がこの手で接触した無生物。貴様のその『呪詛』、手に宿していれば、私を傷つけることができたであろうに。武具に頼りきった弱き魂、いと哀れなり」
「ぐっ…貴様はごふっ!! 必ず…呪いを…」
「その消えかかった命でどう呪うとでも?」
…。
△△△
16時過ぎ。
抗魔大祭まであと2時間とない。
俺と、ヘンテコ仮面こと水無月オボロは駅前の警備を担当することになったが…。
「で、なんでお前もいるわけ?」
「いいだろ別に」
ただでさえ大嫌いな仮面野郎に、大嫌いな飽田ヨウジが混ざってくる。
「生徒会長様がお呼びだったからな、来ないわけにはいかないだろ?」
「ふん、権威に弱いやつめ」
「ある程度立場のある人間は権威に弱いんだよ。失うもんのない最弱には分かんねえだろうなぁ」
「うっせえ! やっぱお前ムカつくから誕プレ返せ!」
「へへ、やだね。つーかお前だけじゃないだろ、これ買ったの」
7万円もした白銀のネクタイピンが西日に輝く。ヒビキさんたちと一緒になって買った大きな買い物。
「しかも、お前じゃ思いつかなかっただろうし、こんな代物」
「眼鏡叩き割るぞこの野郎」
「これ20万したから、叩き割ったらきっちり弁償してくれよな?」
「ぬっ!?」
「冗談だよ。これ5000円。真に受けるあたり、お前もまだまだだな」
「お前やっぱムカつく!」
しばらく会わなくてもヘラヘラとした態度は変わっていない。誕生日を全員で祝ったときは珍しく大人しい様子で、このまま大人になってほしかったのに。こいつは相も変わらず他人を小ばかにする。
「スキンシップは、そろそろいいか?」と割り込む仮面野郎。
「スキンシップっていうな。…勝手に話せよ、ムカつく首脳陣ども」
その後は、優等生どもは警備の流れや人員配置などの確認を行う。実行部隊の歩兵(つまり俺だが)はすっかり蚊帳の外になった。
暇を極めに極めた俺は、
「なんか適当に甘いもん買ってくる」と抜け出す。
「あまり俺たちから離れるなよ」
「過保護か! 心配しなくてもバックレねえよ。せいぜいてめえは自分への奇襲を警戒してろよ、この前まで包帯ぐるぐる巻きだった『月光』の剣士殿」
皮肉を投げて背を向ける。
ルナへ差し入れをしてやろう。
Z地区の時、テリヒメのやつを見てたけど、『祈祷』ってやつはどうやらかなり疲れるみたいだし。
あいつ、プリンも食ってたよな。11個買って、10個をあいつ用にしてやろう。
甘い者には暴食の限りを尽くすルナの顔を想像しながら、プリン屋の店舗を見やると、
「んおおお! んおおおお! こんの、んおおおお!!」
入り口の前の自販機の隙間に、上半身が挟まり、足をパタパタとさせる人間が見えた。
何やってんだあいつ。
横目に見ると、どうやら女らしい。年は俺よりもいくらか上に見える。
大人にもいろいろあるんだな。
俺は素通りし、店に入る。
…。
踵を返す。
「あんた、何やってんだ?」
声をかけてやると、「おおっ!」と暗闇の中で希望を取り戻したような声が、自販機と壁の隙間から反響して聞こえた。
「そこのおじさん! …少年か? まあどうでもいい! さっきもらった給料袋を取ろうと身体を伸ばしたら、この有様だ。疾風迅雷のトントン拍子で片付く問題だと思ったのにな~! うぐぐ~!」
再び、唸り声をあげながら身体に力を入れる。
「『Lv18』なら自販機を少し外側にずらしたらいいじゃんか」
「いや、それはダメ。この前、力加減ミスって弁償になっちゃったから」
「この前も挟まれてたのかよ」
「そこの君、レベルは?」
あんまりされたくない問いだ。
「1だけど」と答えると、「再っ高!!」と溌溂な反応。
「弱い人手で思い切り引っ張ってくれたらすべて穏便に済みそう! 弱いって意外と便利よね! 弱くてありがとう、そこのお兄さん!! 弱虫最高!」
「帰る」
くそムカつくなこいつ。その出張ったケツ蹴り上げて帰ってやろうか。
「ああ! ごめんごめん! 冗談だから! 言い過ぎた! 私が悪かった!」
「いや、もういいよ」
「か弱い女の子が挟まったままでいいの!? 早く助けたいって思わないの!?」
「俺の方がか弱いからな。力加減の上手な強い人に助けてもらえばいいんじゃね? つーことで、じゃあなケツ女」
「その呼び方やめてよ~! プリンおごってあげるから~!」
…しょうがねえ。
集まる視線に目を逸らし、腰を掴む。
「じゃあ、一気に行くぞ、女!」
「おっし、来い!!」
ふんぬぬぬぬぬぬぬ!!!!
約1分。
気張る、俺たち。
そしてついに…!
「っだあ!」
金髪の女は、自販機と壁の谷を、無事、脱出した。
「おお! 本当に『Lv1』だ! か弱い!」
「しばくぞ」
「うそうそ、冗談だって。…私、日南さくら! いたって普通の女の子だよん! ありがとよ、茶髪の天パくん!」
こちらの頭に向けた人差し指をクルクルと回しながら、せわしなく喜ぶ女。
「落ち着きのないやつだな。ずっと挟まってりゃよかったのに」
「面白い冗談だね! チミって結構おもろいやつ?」
「本気で言ってんだけど」
「「…」」
流れる沈黙。「そうだ!」と、平手を拳でぽん、と叩き、女は言った。
「さっき言ってたプリンの話。あれは冗談じゃないよん! ほらほら、入った入った」
「いらっしゃいませ~」
入店する。
「いらっしゃいました~! …ほら、クルクル頭の少年。好きな商品頼みな」
「いいのか? じゃあ、そこの最高級特大プリン、11個ください」
「冗談きついな、チミは」
「いや、本気なんだけど」
「「…」」
「へへ、私、給料もらったばかりであんまり爆買いしたくないんだけど。こないだの自販機壊した弁償費用、まだ払い終わってないし…」
「俺は関係ないだろ。店員さん、最高級特大プリン、11個くだ…」
「ぎやぁぁぁぁぁぁ!!!」
手を引かれ、
「何すんだよ!」
退店した。
「あんたこそなにぃ!? 鬼畜なの!?」
「おごるっつったのお前じゃねえか。てめえの発言に責任を持てよ」
「普通は、あんなに買うなんて思わないじゃんか」
「俺に普通は通用しねえ」
「ええ…今の子って怖い」
気味の悪いものを見るように一歩下がる女。失礼なやつめ。
「まあいいや。じゃあ、3個で妥協してやる」
ルナは物足りなく感じるだろうが、しょうがねえ。
「そうそう。普通はそれくらいだから。てゆうかチミ、弱いくせに偉そうなのよね~」
やっぱり一発くらいケツ蹴っとけばよかったな。




