Lv61 捧げよう
「カナトのやつ、元気してるかな?」
2時。
1000年続く抗魔寺院。
抗魔大祭の夜の部の準備にようやくキリがつき、休憩のテントに入ると、隣に腰かけたミツキが下の街並みをじっと見つめながら、独り言のように問うた。
その目はどこか不安げで、…寂しげだ。
カナトに好意があるかは定かではないが、ミツキが大切にする『3人』の内の1人が離れてしまうのに抵抗があるのだろう。文化祭であの雷使いのガキに腹を抉られたと聞いた時も、ずいぶんと気が立っていた。
「少なくとも、水無月会長にくっつかれてるし、不機嫌ではあるだろうな」
軽く和ませるのが無難だろうと放った言葉。
「ははっ、それは言えてる」
とミツキは笑い、少し調子を戻した。
「テリヒメ先輩のことばっかり考えてないか、それも心配よね?」
「そうだな。あいつ昔からモテないし、美人に惚気て『弱いままでいい』とか、ぬかしそうではある」
「だよねだよね!」
ミツキが手に持った団子を口に入れながら笑う。
その後ろ、何段も続く階下の奥に、見覚えのある男が少し見えた。
気のせいだろうか。レベルが高かったような…。
「ケッ、うらやましくもなんともねえな!」
近くに座るイエロースパークの2年、脇谷トミヒコが毒づく。
「『太陽』と交際して、生徒会長に直々に指導されて、ようやく俺と同じ水準に並ぶんだからよ」
「ああ、はい…」
ミツキが愛想笑いで応じる。「すまんな、お前たち」と、彼の隣にいる2年の岩城ゴウシが
「この前からずっと意地を張っていてな。1年どもに差をつけられてよほど悔しいらしい」
「お、おい! 適当言うんじゃねえ!」
赤面する脇谷先輩。「ごほ」とせき込む。
「まあ、あいつに追い越されるなら別にいい。あいつ見てると、こっちも本気になれるっつーかよ」
「うむ。それは同感だ。俺と大剛、それからブルーローズの巨山が集まる筋トレ集会にも何度か呼びかけるほどだ」
「それはお前らだけでやれよ。筋肉馬鹿ども」
「僕は少しだけ興味がありますよ?」
上杉ユウトが近くに座る。
「ふふ、あなたたち、カナトの話してるの? あたしも混ざっていいかしら」
「もちろんっすよリサ姉!」と脇谷先輩が彼女の真下の椅子から埃を取り除き、岩城先輩が手を付けていない団子を空の紙皿に乗せる。
長井リサ。イエロースパークの3年。『タナト教団』の団員を1人で退けたと噂される人物。
「ヒビキもこっち座りなよ。自慢の彼氏、って紹介したいし♡」
「いいのかよ。幼馴染どもの空間に邪魔して」
見かけによらず気配りのできる人だが、もう手遅れだ。
脇谷先輩たちが入り込んだ時点で、俺たち2人はもう多数派でも何でもない。イエロースパーク中心の空間になっている。
「つーかおめえら、俺の分の団子はねえのかよ。茶ぁくらい出せっての」
「野郎の分は野郎で取りに行ってくだせえ」
「うむ。右に同じです」
2年の2人が自分らのリーダーを茶化す。
「おめえら後でぶっ飛ばすからな」
と、本人はあまり気にしていない様子。ブルーローズの堅い礼儀とは大違いだ。自由奔放、という言葉がよく似合う、少数精鋭の部隊。
「まあ、あれだな。俺もお前らとは訓練以外で話してみたかったんだよ。あのバカの幼馴染ってどんなやつかなってな」
驚いた。
滝本レイジの弟だ、とか言われると思っていたのに。
カナトの幼馴染、か。
そういえば、そうだったな。俺はあいつの幼馴染だ。腐れ縁といった方が正しいのだけどな。
△△△
「どうして来ちゃったんだよ!」
抗魔大祭の日。
『タナト教団』が攻めてくるに決まっている日なのに、僕の命なんかよりも大切な彼女が、来ている。
「や、…屋台がいっぱいあるから」
「嘘だそんなの。僕のことを、心配してきてくれたんだろ?」
「カケルって、私の気持ちに関しては自信家だよね」
クスクスと、のんきに笑う彼女。そこが可愛いところでもあるけど、今日はそんな彼女の可愛らしさが奴らに脅かされるかもしれないと考えると、居ても立っても居られない。
「僕が送って帰るよ」
一刻も早く、この子をA地区へ。
身体に、柔らかい感触とぬくもり、少し遅れて匂いが伝わる。
「カケルと一緒にいたいの。お願い」
華奢な身体から伝わる重み。
「…分かったよ」
受け入れるしかなかった。
「僕だって、できるならサイハとずっと一緒にいたいよ」
それが僕の甘さであり、弱さだった。
「ありがと。大好きだよ、カケル」
僕が守らなきゃ。
この子は、必ず僕が。
△△△
16時。
司祭様…司馬様は挨拶周りと、18時に始まる祭典の準備のため外出中。
抗魔寺院は、国家最大の寺院にして、陽月教の拠点でもある。陽月教の『盾』、正教騎士として、その騎士団長として、司馬様の帰る場所を守らねばならない。
そこに現れたのは、橘御影。
「終わったのか、橘」
「終わったからここにいるんでしょ? あなたの頭には頭蓋骨しか入ってないのかしら」
俺の問いをトゲのついた言葉で返す女。その美貌が台無しになるほど、心は汚濁している。
ただ、今日に限っては私相手にも上機嫌だった。
「アキヒト様からの『褒美』。ああ、この身を全て捧げて、享受するの。私こそ、長い、長い時を超えて、…ようやくここまでたどり着いた」
司馬様からの『褒美』を夢想し、中空を彼に見立て、己の両肩を両手で抱きしめながら「はぁはぁ」と呼吸を乱す。
私の視線に恥など感じず、その所作を止めない。
お前こそ、頭に脳みそが詰まっていないのでは、と問いたくなるが、立場上では彼女は司祭様の側近となっているため、余計な口出しはやめておくことにする。
「…手筈は整っているな、日南?」
「あいあいさ!」
名を呼ぶと、抜けた天井から滑らかに着地する『Lv18』の女。
「私はいつだって疾風迅雷! トントン拍子のお茶の子さいさいですよん!」
日南さくら。
忍の末裔らしからぬ声量と抑揚、派手な金髪と華美な化粧。しかし、確実に結果は出す仕事人。
主な例を挙げるなら、3年前。魔物化系のスキルを使う者たちによる500人規模の暴動計画。決行前に、それを企てた者たちを猛毒で皆殺しにし、事件を未然に防いだ。
「頼まれた通り、今日派遣された『銃撃隊』、『剣士隊』、『騎士隊』の重鎮さんたちに遅効性の毒を注入完了! みーんな、30分後にはベッドで喘いでるころでっさ!」
「大儀であった。あとは我らと、『タナト教団』に任せよ」
「はいはい、報告終わり。さっさと給料プリーズ!」
差し出した両手に、施すように給料袋を渡すと、「ふぅぅ!」と女児のように興奮する20代後半の女は、忍び装束を全て脱ぎ、人目をはばからず全裸になったまま、私服に着替える。
「はっやく、駅前のプリンたべにいこーっと! …司馬っちによろしく言っといてー!」
そして、疾風迅雷の勢いで外へ飛び出し、寺院の長い階段を一歩で降りた。
「ふん、意地汚い野ネズミね」
ようやく落ち着きを取り戻した橘御影が笑う。
「まあ、あんな小汚い女もきちんと働くから、おかげで楽しい夜になるのだけれど」
その笑顔が邪悪に歪むが、
「同感だ」
他人のことを言えた口ではないだろう。
鏡に映せば、きっと人の死を好都合に思う私がいる。
「すべては、陽月教のために。すべては、司馬明人のために」
我が肉体も、エナジーも、気力も、すべてを夜に捧げよう。




