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必殺のグロース—最弱からの急成長―  作者: ヒラメキカガヤ
第六章前編 白昼の抗魔大祭
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Lv59 自称兄弟子

「お疲れさまでした、ルナ様」


『祈祷』を終えると、真後ろの男性の声がこちらの背をなでる。


E地区。


大都市と呼ばれる地区の中央部に、別の空間から切って張られたように立つ古風な寺院。


しかし敷地面積は広く、何段もの階段を上ったところにあるので、林立するビル群にも負けないくらいの高さと存在感がある。


何より、1000年前のイージスと『月』の、婚姻の儀式を執り行った場所でもある。


「この場所で、私たちは1000年の時を再現するのですよ、ルナ様」


司祭玉様…司馬明人(しばあきひと)様が、艶やかな黒髪を朝日に輝かせ、私の手を取った。


「司馬様…」


「失敬」


目を逸らす私を気遣うように、手を放す。


「不用意な接触をお許しください。婚姻関係になるにはあと少し、早すぎました」


「い、いえ…、私の方こそ、すみません」


緊張するのは、司祭玉様という立場だからか。それとも、頭上に『Lv58』の数字が見えるからだろうか。


そのどちらでもあり、それ以上に。


「ああ、美しき『月』よ。早くあなたを、私の全身全霊で愛し尽くしたい」


整った唇を滑る舌。


知っている。


この人は、私の身体を求めている。


こんな小さな、貧相な身体を。


カナト君。


だめ。


彼を思い出すと、あの日の二人まで、…余計な感情まで…。


私は自分が、伝記に登場する姫や、小説に登場するヒロインだと勘違いしていた。彼を勝手に、私が思い描く世界の主人公にして、私のことを第一に助けてくれる、なんて思ってしまったんだ。


一瞬でも、テリヒメちゃんや嵐さんより魅力がある、なんて馬鹿な可能性を想像してしまった。


「どうなさいました? ルナ様。どこかお身体に障りましたか」


「あ、ええと…」


言い訳を探す。本当のことなんて、司馬様に言えない。


「私自身の未熟さゆえ、先ほどの『祈祷』で少し気分が優れないです…」


「そうでしたか。配慮が不足しておりました」


よかった。通用した。


でも、私の嘘は、司祭玉様を困らせた。


私のせいで。


こんなだから私は、誰にも選ばれない。


「お前、街へ降りて水と菓子を買ってきなさい」


「…御意」


私が『月』じゃなかったら。


私じゃなくて兄様が『月』だったら、母様は生きていて、カナト君たちにも迷惑をかけていなかった。兄様なら、多くの人の希望になっていた。


私が生まれてきたから。『月』の権利を奪ってしまったから。


「橘(たちばな)。ルナ様のお身体に異常がないか、拝見しなさい」


「ええっと、それは、大丈夫で…」


「なりません。見せていただきます、こちらへ」


橘さんに強引に手首を掴まれ、居間に連れていかれる。


橘御影(たちばなみかげ)様。


司祭玉様と同じ、長く艶やかな黒髪の女性。


この人は苦手だ。


私のことを嫌っているから。その態度を、堂々と私に見せつけるから。


「あなたは自己の価値を低くできる立場ではありません。あなたはタナトを退けた『月』としての自覚がまるでたりない。レベリングをして半年がたった今もその責務を自覚できていないようですね」


怖い。


「さて」


着いた居間。2人になったと同時に、


「脱ぎなさい」


『Lv35』の手で、乱暴に、祈祷衣を引きはがされる。


「…っ、いや…」


「早くしなよ。私だって、あんたのような小娘を丁重に扱うのは嫌なんだから」


言葉が強くなる。殺意に近しい目つき。


言われるがまま、衣服を全て脱ぐしかなかった。


逆らうと、この人は何をするか分からないから。


「ふん、お粗末な身体ね。こんなののどこがいいのかしら」


外気に冷えた手で胸や尻を掴まれ、「ひぐっ…」と情けない声が出てしまう。羞恥に自分のすべてを破壊されそうになる。


私が『月』になったから。


この人から司祭玉様を奪ってしまったから。


その報いが、肌身に沁みる。



△△△



「しばらく自由時間だ」


11時32分。


E地区駅着き改札をくぐると、仮面野郎が言った。


「取り消しは無しだぜ。じゃあ俺は、腹減ったしラーメンでも…ぐっ!?」


首に引っかかる圧力。


「急に襟掴むんじゃねえ!」


「貴様一人でどこへ行く?」


「自由時間っつったのおめえだろうが! 鳥頭かてめえは!」


「貴様単独の自由時間ではない。俺も自由時間だ、共に来い」


「だからって一緒に飯食う必要ねえだろ…だから、襟引っ張んなや!」


こんのクソ野郎。


一か月ずっっっと一緒にいたけど、一ミリも好きになれねえぜ。


人には自己中だの身勝手だの言ってくるくせに、てめえも大概自己中じゃねえか、このクソ仮面野郎。


「クソ、しゃあねえな。じゃあラーメンおごれよ。ほら、あそこの、うまそうだろ?」


「ラーメンは好かん。そば屋にする」


「はあ!? ふっざっけんな! 何様だよお前!」


「『月』のお兄様だ。従え、愚民」


「ここぞとばかりに権力行使してんじゃねえ!」


結局そば屋に連行された。


△△△



『御意』なんて生まれて初めてこの口で言ったぜ。


それに、買ったら買ったで…。


水は最高級じゃないから、菓子は洋菓子じゃないから、って。たったそれだけの理由であんなくどくどと説教されるかね。どうなってんだよ、司祭玉様は。


「やんなっちゃうね、どいつもこいつも」


「それが仕事だろ」


E地区駅前のそば屋の前。


そこで落ち合った仲間に情報共有。


どうして若手のこいつじゃなくて、俺が偵察なんだよ、って文句を言いたいが、『序列・拾』の俺が上に意見なんて言おうものなら、『代わりはいくらでもいる』とかなんとか言われて簡単に消されちまうし。


「どうだった? おっさん」


はあ。


こういうのって、チェーンの旦那とオクトの旦那の仕事だろ。よりにもよってなんでツリーのガキンチョに報告しなきゃいけないのか。


「今、僕のことガキだと思ったろ?」


単純でキレやすいくせに、勘は鋭いんだよな、このガキ。


「ああ! また僕のことガキって言ってる! 目が訴えてる!」


「声デカいから、落ち着け、な?」


「ガキ扱いすんな!」


「分かった、分かったから…」


通行人の視線を浴びながら、自分より序列も年も下のガキをなだめた。


突然。


「誰か、誰かー!!」


近くにいた婆さんが、走り去る『Lv13』の男を指さす。似合わない柄物の荷物を抱えて逃げている。


「ひったくりか。気の毒に」


「おっさんが助ければー? あの婆さん、半泣きだよ。ほんと滑稽だね」


「そんなこと言ってるとろくな大人にならないぞ?」


「だから僕をガキ扱いすんな!!」



△△△



無茶ぶりにもほどがあるだろ。


『Lv13』のひったくり犯。


それを、『急成長』無し、『Lv1』の状態で捕まえろだって?


「お前、頭おかしいんじゃねえの?」


「遠征の時分、俺に立ち向かったときの無謀と比べれば造作もないだろう」


「お前ってシンプルに性格悪いよな」


「自信がなければいいのだ。貴様がその程度の人間であることが証明され、愚妹の人を見る目がつまらなかった、ということになるだけだからな」


「うるせえ」


身体に力が入る。


なんだってこいつは、ルナのことをそこまで蔑(ないがし)ろにすれば気が済むんだ。


「まあ、貴様は『太陽』を選んだのだからな。あの愚妹など、端から眼中に無かったのだろう」


「どういう意味だよ」


「そのままの意味だが?」


「ルナは…、仲間だ」


「仲間。抽象的な枠組みだな。もう少し絞り込んだ言葉を教えてもらいたいものだ」


「…うっせえ。それ以上も、それ以下もねえよ」


腰のナイフを抜く。


ひったくり犯に狙いを定める。


この一ヶ月で鍛えた技術。


『自称兄弟子』の、ヘンテコ仮面がやっていた動き。


足元のエナジーを爆発させるように…弾く!


エナジーを使った身体強化。みんなやっていることだけど、これを極限まで緻密にすれば、より爆発的な加速になるという。


俺の場合。


…


3週間前の模擬戦闘。


仮面野郎の言葉。


『おそらく貴様のスキル『急成長』は粒子系。エナジーという粒子の操作に長けたタイプ。それゆえに粒子(エナジー)に対する感覚的な理解度は他者よりもはるかに高く、エナジー出力も高い。…それを分かれ、愚物め。貴様は貴様の強みを知らなさすぎる』


くどくどと鬱陶しい言葉を添えた賛辞? 嫌味? それは知らんが…でも。


訓練通り、『急成長』無しで体感『Lv10』の加速を実現できた。


名付けるなら、『疑似成長(エナジードライブ)』。


…これを、制御!


「へへっ、しばらく金には困らねえだろうな…ぐへぇぁぁぁ!!!?」


その速さのまま、無防備な後頭部を蹴飛ばす。


「なんだ、このガキ!」


「月光閃」


後方の仮面野郎が狙いを定める。


直前…。


「なっなんだ!? クソっ! 放れねえ!!」


仮面野郎の技よりも、強い光が泥棒を取り押さえる。


『月光』でも『月』でも、『太陽』でもない。直感だけど、なんか違う。


「あんまり使いたくなかったんだけどな」


光の拘束具を文字通りの光速で放ったのは、知らないおっさん。


「『光のエレメント』…タナト教団の…いや、陽月教の人間か? 正しくは、『光のエレメント』ではなく、限定的な光属性の攻撃ができるスキルか…」


「この服で分かってくれ。タナト教団なんて大嫌いだね」


顎髭の整った男が、訝しむ仮面野郎にヘラヘラと両手を上げて笑った。


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