Lv58 監視
「丸井先輩と脇谷先輩、付き合ったんだって」
「へえ、意外。まあ、脇谷先輩ってお金持ちだし、将来は安泰そう」
「あの2人って接点あったのね」
10月31日、未明。
女子たちのくだらない会話を聞き流しながら、あくびを噛み殺す。
「滝本くんたちは、まだみたいね」
と、これまたくだらない視線。リョウに話しかけるミツキ。
俺は、くだらないやつらとは違うが、あの2人が仲良くしているのは何となく気に入らなかった。
でも今は、それも少しずつどうでもよくなってきている。
「よっ!」
その原因が、俺の肩を叩く。
「いいのかよ『太陽』様。大事な抗魔大祭の場、お前は前乗りしなくて」
「別にいいもん、あんなつまんない空間。司祭玉のオッサンはルナにゾッコンだし、『愚図』の私はいてもいなくてもあんまり変わんない。私は『警備』で行くんだから」
卑屈ではなく言葉通りだろう。口調が見事なまでに晴れやかだ。
てか、初耳だな。ルナに婚約者がいたなんて。それも、この国の司祭玉と…。
「じゃ、私はレッドフレームのバスだから」
「ああ」
手を振り、別れる。無意識に、唇へと目線が吸い寄せられているのに気づき、慌てて目を逸らす。
約1ヶ月前、文化祭。最後に触れたのはあれ以来だ。
その原因は…。
「では、俺たちもゆくぞ。せいぜい俺の足を引っ張るなよ、藤井カナト」
「うっせえ、指図すんな!」
文化祭の翌日から毎日、四六時中、
「つーかおめえこそ前乗りしてろよ、ヘンテコ仮面。義理のお兄様になるだろうおっさんに挨拶しなくていいのかよ。いでっ! 頭叩くな!」
俺は、24時間、ずっと、
「いつまで経っても愚かな貴様への正しい報いだ。それに、忘れたわけではあるまいな? 貴様は『監視対象』で、その任を引き受けたのは俺だ」
この約1ヶ月間。
タナト教団のやつらなんかよりもずっっっっっっっっと大嫌いな男・水無月オボロが、ずっっっっと一緒に俺の傍に居続けていた。
「早く暴漢にでもやられてくたばっちまえよ、優等生気取りの変態仮面」
「ふん。そんな日が来れば良いな」
「こんのやろう…!」
じいちゃんの弟子。
じいちゃんが教えてくれなかった剣術を、こいつは幼児の頃からずっと。
…ムカつく。
△△△
10月3日。
文化祭初日…タナト教団の襲撃から2日後。
緊急生徒会議。
「次に、藤井カナトの処遇についてだけど」
議長を務める生徒会監査・鍵カケルの進行が、ようやく本題と言うべき議題に移る。
藤井カナト。
『Lv1』。
上がったレベルがリセットされる、前例のない稀有なスキル『急成長』。
「一昨日、タナト教団が要求した『太陽』、または『月』。それに加えて彼の身柄も含まれた」
「その狙いが分からない。捕まえた『序列・伍』『序列・漆』も口を割らないから話が進まない。そうでしょう?」
大城が俺たち全員の疑問を代表して述べる。
「轟」
「ああん?」
「同じチームのリーダーとして、貴様は何か思い当たるか?」
イエロースパークの席。副官の飽田ヨウジの隣に座るチームリーダーに問う。
「思い当たってたらとっくに喋ってるっつーの。バカかテメェは」
案の定、轟ヒビキは悪態混じりで情報を持ち得ないという情報を提供する。
「そっちの議長はなんか知ってんじゃねえの? 死に際でも全力を尽くさなかったナンバー3くん? それとも、『序列・惨』っつった方がいいか?」
「ぼ、僕は…」
下を向く親友。
「どうしたぁ? 図星か?」
「横道に逸れるな、轟」
それでも圧をかける粗暴な男を諌める。
「集団の会話の流れを個人的な戯言で乱すな。貴様のその悪癖、貴様が思っている以上に悪しきことだと心得よ」
「うっせえばーか。…今日のところは黙っといてやるよ。弱いフリした嘘つき野郎」
「まあいいじゃないか」
短く切り揃えられた黒髪。海崎シアンが微笑交じりに口を挟む。
「人間誰しも、秘密の1つや2つ、あるものさ。なんの隠し事もしなくていい君が特別なんだよ、轟。…さて」
学内最強チームの『青』のリーダーとして、文化祭では最も成果を上げた海崎が話の軌道を元に戻す。
「うちの副官が言っていたよ? 藤井カナトは、タナト教団の団員に抉られた腹を、治癒のスキル無し、それも『Lv1』にリセットされた意識のない状態で回復した、と。傷痕も無く、完全回復だそうだ」
会議の前にも聞いたが、これを信じろ、というのは無理な話だ。
「嘘だろ、それ」
「私の友を疑うのかい? 神原は真面目で優秀な副官だ。嘘はつかん」
轟ではないが、俺もにわかには信じられない。そんなことが、あっていいのか。それではまるで…。
「そのところ、どうなんだい? ウミネ」
文化祭実行委員長にして、藤井カナトに『スキル』を付与する形になった、貝塚ウミネが、「えっとね」と、不慣れな生徒会議で懸命に言葉を紡ぐ。
「私のスキルは『手作り』。シアンちゃんたちも知っての通り、私のエナジーを相手に経口させて消化させることで、その相手のエナジーを活性化する。ヨウちゃんの下位互換みたいなスキルだよ」
言いながら、自分の交際相手を見やると、
「貝塚実行委員長の発言は間違いないですね。俺も何度か助けられたことがあります」
その相手、飽田ヨウジが証言する。
「もう、ヨウちゃんったら」
場違いに顔を赤らめる貝塚。周囲の視線を察し、「ごほん」と咳払いしたまま、「でもね」と続ける。
「その、藤井カナト君っていう子、腹をひどく抉られたんでしょ? 多少の擦り傷や切り傷なら、エナジーの活性で細胞にも働きかけるけど、抉られた腹を治すほどの効力はない。…だから、藤井君が地力で治したとしかいいようがないと思うの」
「アタチも同意見かの」
と、紺野ヨウコ。
「あの少年からは、『妖狐』の魂を転写されているアタチに近いものを感じるかの。アタチの紫炎は『模倣』などの類で他者が使おうものなら、その身を一瞬で焼き焦がされる。藤井カナトも、『急成長』という特異なスキルを使うための体質が、常人の域を逸脱しているかの。あんなの、普通なら使えば急激なエナジー増加で身体が爆発すると考えるかの」
紺野。
お前の言いたいことを理解した。
「これは、言いにくいことかもしれんが…タナト教団は藤井カナトに、『タナト』の魂を転写したい。そういうことか?」
お前の口から発言させるのは酷だろう。
「そういうこと、かの」
この負担、俺の立場から引き受けよう。
「破壊の巨獣『タナト』。1000年前、初代イージス、『太陽』と『月』の三者によりS地区で抹消された肉体。その魂が残っているという仮説。『龍』との戦いに敗れたとも言われているな。今となっては正史の判明しない大昔の伝説」
「つまり、どういうことかな」
分かっているだろうに。趣味の悪い女だ、海崎。
「どういうことだよ、端的に言えよバカ」
貴様に関しては本当に分かっていないようだな、轟。
「やつらは、やつらが解釈している通りの、その伝説を実現しようとしている」
自分で言っておきながら、誠に馬鹿馬鹿しい話だ。
「藤井カナトへの『タナト』の転写。あるいは…」
あるいは。
「藤井カナトにすでに転写されている『タナト』の魂を、何らかの方法で目覚めさせる」
沈黙。
10秒は続いただろうか。
「お前の冗談、やっぱつまんねーな」
轟が何も言わなければ、重々しい沈黙は、もう少し続いていたかもしれない。
面白くない冗談だ。しかし。
「『タナト教団』が学校を襲撃したこと。『太陽』と『月』に並び、人質の中に藤井カナトが加わっていること。それが判断材料だ」
「まあ、そうなるよね」
今、すぐにでも目が覚めて、布団の中に身体が入っていることを自覚するころだろうか。
そうはならない現実が、誠に馬鹿げている。
「轟」
「…あんだよ?」
俺は立ち上がり、ようやく話についてきた男と目を合わせる。
腐れ縁のこの男。幾度となく精神的に、時には物理的に衝突してきた男。水と油の交わり。
「話の内容は、分かったか?」
「バカにしてんのかてめえ。ぶっ殺すぞ」
「今の話を踏まえて、貴様に頼みたいことがある」
「頼みだあ? …てめえの発言次第じゃあ、ここで暴れることになるな」
立ち向かうように立ち上がる轟に、
「止めさせてもらうよ!」
鍵が指先を、
「大暴挙の予感かしら。ぞくぞくするわね」
大城が拳銃を構える。
何度も衝突してきたからこそ、俺はこやつの人柄を知っている。一寸たりとも知りたくもないのに、旧知のごとく知り尽くしている。
己が味方とするものを己の命に代えても守ろうとする男。その男が、今は何を守ろうとしているのか。エナジーの揺らぎが、あの身の程知らずの問題児を守るべく、荒ぶる。
大きな勘違いだ。
「藤井カナトを、俺の手で」
刀の柄と鞘を握る。
「…てめえ…」
粗野な不良が五指を鳴らす。
一触即発に対し、『月光』を宿す。
『にいさま、にいさま。えほんをよんでほしいです!』
『にいさま、おけいことおべんきょ、がんばってください』
『おやすみなさい。にいさま』
『月光』を解いた。
腰の刀を外し、床に置く。
「お前っ!?」
外した仮面は、机に置いた。
「抗魔大祭の当日。藤井カナトを、俺の手で守らせてくれないか?」
「はああ?」
轟ヒビキの素っ頓狂な声が教室に響く。
「どういう魂胆だてめえ?」
獰猛な虎が得物を睨むような目で、俺に問う。
包み隠さず答える。
「俺の愚妹が、やつを大事に思っているから。それだけだ。…頼む」
頭を下げる。
下げた頭の中、記憶の回想。
『カナト君…カナト君…、私は…私はまた何もできなかった! できるのに、しなかった! 母様…!」
腹の抉れた藤井カナト。あの男を失いかけた、ルナの顔。母様の死のショックが蘇る。
藤井カナト。
これ以上、余計な失態を犯すな。
やつも愚妹も、俺の手の届く場所にいればいい。
肩に手が置かれた。
「顔上げろ」
言われた通り、顔を上げる。
「調子狂うからやめろよな、気持ちわりい。…わーったよ、俺も手ぇ焼いてたからな、あのガキには。いくらなんでも暴れすぎ。ま、そういう男らしいとこが気に入ってたのは事実だが」
頭を掻きながら、目を逸らす轟ヒビキ。
「恩に着る」
「だからやめろっつの、それ! つーか仮面も早くつけろ! 無駄にイケメン顔でムカつくからよ。つーかさっき、俺の悪癖がどうこう言ってたくせによぉ。人にモノ頼む前に言うことかよ」
「不器用な俺を許してくれ」
「だから! それやめろ!! きめえから!」
轟ヒビキ。
単純で、身勝手で、問題のある行動・言動を頻発する。
だが。
「ったくよぉ…」
腹立たしいほど、貴様は器が大きいことを、俺はよく知っている。
「ふん。轟がデレたな」
「アタチより分かりやすい男かの」
「うっせえ!」
青と赤の茶化しに、黄色が取り乱した。
「早く会議に戻るぞ! 鍵! チンタラしねえで早く進行しろや! ぶち殺すぞ!! ゴミ!」
「理不尽っ!」
この日より、俺は、剣術やエナジー操作を指南することを約束に、タナト発現の可能性の『監視役』として藤井カナトの身柄を生徒会で預かることとなった。
オボロさんは普段からくっそ激務です。生徒会の仕事、『月光』としての政治への参加、『月光』として魔物の討伐依頼や遠征、後に登場する『陽月教』の関係者へのあいさつ回り。さらに学生の本文の勉強に、自己の鍛錬。基本的にプライベートはほとんどありません。土日も働きます。兄様やばすぎ。
「だからオボロ君の仕事を増やすなよ、轟」
「うっせえ腰巾着。じゃあおめえに清掃の仕事押し付けてやるよ、クソ監査」
「うわっ! ゴミはごみ箱に捨てろよ! おい、待てよ! 無視するな! おーい!!」




