Lv56 威を借る
「死にたくなかったら投降するかの」
「『妖狐』!? なぜここに…ああっ!!!」
心臓に沁みる呪いの紫炎。魔物の頂点を証明するがごとく沁み渡る。こんな小さな娘に命を掌握される。
「質疑には答えんかの。今の貴様らにできることは死か投降か、じゃ」
神出鬼没とも呼ばれる『妖狐』だが、人間に魂を写してからは肉体が消える異能は使えなくなったはず。
「なぜだ…なぜ…」
「この緑頭。見かけによらず頑固じゃの。まあよい、アタチが根負けしてやるかの。どのみち、アタチ達の勝ちじゃから」
『妖狐』が説明を始めた。
…。
化けていただと!?
「こちらウェイト、シャドウ、聞こえますか!? 早く撤退…」
「ははっ! 手癖の悪いおじさんだね」
揺れる。
上杉ユウト疾風のごとき蹴りが顎にさく裂し、意識が消えかかる。
握力が、もうない!
『加重』…対象は転移石!!
なんとか帰還だけは…
違和感。
手元に感じる、石に付与された他人のエナジー。
直後、その石はまるで生き物のように拙者から離れていき、その行き着いた先。
「ケッ! 俺ってやつはまた悪者にもなれねえみてえだぜチクショー!」
隣にいたはずのマグネ…脇谷トミヒコが自らのローブを脱ぎ捨て、小悪党のように笑った。
△△△
「はい次ぃ」
首筋まで届くくらいの黒髪が揺れる。
柔らかい関節。その蹴りが、敵対する男の顎を蹴り上げる。
「お兄さんたち、弱すぎない?」
例の機械でレベルを下げたとはいえ、2桁のレベルを持つ先輩たちを、レベルのないメスガキが、赤子の手をひねるように翻していく。
「なめるなよ、ガキ!」
「だから、ゴリラのお兄さん」
ゴリラ顔が容赦なく振るった拳を軽々と回避し、
「重心が丸見えだってば」
小柄の菱田レイナは、ゴリラの大柄で筋肉質な腕を掴み、背負い投げで床に叩きつけた。
「なんでお前が…」
このメスガキが教室に侵入して2分くらいが経つだろうか。俺はようやく、口を開けることができた。
いま見ているのは、夢なのではないか。
「またあとでね。レイナも、本気を出さないとまずそうだし」
生徒の一人が、背中から剣を抜いた。
さっき、粉のスキルで狂乱を起こしていた一人。
レベルが下がったとはいえ、『Lv19』。低いレベルの人間は瞬殺されるどころか、肉片も残らないかもしれない。
確かあいつ。訓練の時に…。
「おい! メスガキ! 逃げろ!!」
「無様なカッコしてるお兄さんに心配される筋合い無いと思うんだけどぉ?」
「ふざけてる場合じゃねえっつってんだ!」
知っている。
幸か不幸か、覚えていた。
あのうっすらと青い髪の男。いかにも真面目そうで規律に厳しい印象を覚えるその男。
学内最強チーム『ブルーローズ』のサブリーダー、神原マコト。冷徹の副官と、この前ゴウシさんとリサ姉が愚痴った3年生。
見るだけで高圧で精巧な『水のエレメント』を剣に付与する。
規律を重視するあの男は、急な侵入者に対して一言くらいは問答を投げかけるだろう。敵か、味方か、といった具合に。
しかし、その内面は、平時だからこそ。
「お前、お前お前お前お前。タナト教団だな…」
学校中も、自分自身も異常事態になっている脳では、普段の賢明な判断などできるわけもなく、
「殺す殺す殺す!!」
メスガキに斬りかかった。
「だから…」
腰に下げた円盤型の機械が、『起動』した。
「心配いらないって」
そこから、銃弾のような速度でワイヤーが射出され、
「っ!?」
神原の手に巻き付いた。
「意外とクールに見えて…」
狂乱の優等生の身体が、メスガキの方へと引っ張られていく。
「単調」
ゴリラ顔同様、重心を見抜かれた神原マコトは、その美形の顔を、振り上げた足に蹴り飛ばされ…
「まだまだ」
がら空きの腹を、俺も喰らったことのあるあの痛い正拳突きが襲う。
「からの…」
うずくまった後頭部めがけ、メスガキが床を蹴って低く飛ぶ。
「トドメ♡」
関節の柔らかい足を真上に突き上げ、ギロチンのようにそこから一気に振り落とした。
「うそだろ…」
「本当だよ。これが現実。勝負に勝った私と、勝負に負けたお兄さん、お姉さんたち。レベリングしてないレイナに負けちゃうなんて、なっさけなぁ~い♡」
ハイになっているのか、20人以上を床に伸したニヒルなメスガキの顔は、泡を吹いて気絶する学内最強チームの副官を見下し、たいそう満足そうに笑った。
「相変わらず悪趣味だなおめえは。…ほら」
「ん? なあに?」
「拘束ほどいてくれよ」
俺を助けに来たんだろ? でなきゃこんなに暴れない。
「人にモノを頼む態度じゃないんじゃなぁい?」
「ああクソ! わーったよ!! こ・う・そ・く・を・ほ・ど・い・て・く・だ・さ・い!!!」
「拘束をほどいて、その拘束を私に付けたいの? もう、お兄さんって弱いくせにほんとスケベ」
「どんな解釈だ!」
そういやこういうやつだったな。
「あー始まってるねー。これぞ文化祭って感じ」
俺の要求を軽く無視して、メスガキが開放した窓。テリヒメの、場違いすぎる楽し気な歌声が琴線に触れた。
△△△
天女か何かの類が歌っているような凱歌が、薄暗い闇に響く。
「キシャ!? まさか…」
解けそうな『変身』が、エナジーを取り戻したことにより、安定を取り戻す。
と、同時に。
壁が、最初に襲われた時と同じ爆音を立てて崩壊した。
『影檻』に覆われた壁を、ものともしない打撃。それを実現したのは。
「男子は良いとこなしだからな、もうひと暴れしてやろうじゃねえか!」
チームのリーダーらしからぬ粗暴さと、大口を叩けるほどの強さを持ち合わせた男。
『Lv45』。
その2つの『Lv45』が、周囲にどれだけ安心感を与えたことか。
「貴様に言われずとも、あの虫けらは俺が斬り殺す」
仮面の生徒会長の冷徹な声が、希望を与える。
「キシャ!? 俺よりも高レベルが2人!?」
瘦身すぎる男は驚くが、しかし、今の状況の優位性を理解したうえで、態度を元に戻す。
「キシャシャシャシャ。でもいいのか? このかわいいお嬢さんの首と身体が離れ離れになっても!!」
「おいおい聞いてねえぞぉ、オボロくぅん?」
「貴様は知らなくて当然だろう。俺も知らなかったが」
人質を前に、2人は動けない。距離を詰めようものなら、倫理感のなさそうなこの男はきっと嵐さんを迷いなく殺すだろう。それを分かっているから、あの2人も動けない。
「おい日陰野郎。年下の女の子を人質にして優位になるとかだっせえな! お前、女にモテたことねえだろ?」
「キシャ!? …なんとでも言え…行動で示してやるだけだ」
ちょっとちょっと、轟先輩、何言ってんの!?
「たわけ」
「いってえ! てめえ何しやがんだ!」
「刺激してどうする」
案の定、水無月会長に耳を引っ張られる。
「ああ殺す。あのヒョロガリの前におめえをぶっ殺してやるよ」
「のぞむところだ」
すると、2人が取っ組み合いを始める始末。
「キシャ? なんだあいつらは」
敵にも笑われてるって…。
「っ!」
「ダメだぜ嬢ちゃん? 手足を縛ってるけど、ちゃんとお前のことは警戒してるからな。キシャシャシャ」
微かな風をも感じ取る。あいつ、エナジーの感知が鋭いのか。テリヒメの歌がもう少し早く聞けなかったら私も感づかれていたかもしれない。
…。
勇気が。
私に勇気があれば。
その時。
ピンポンパン。
歌以外に聞こえてきたのは、校内放送の始まりを告げる効果音。
『生徒のお前ら!』
粗野な声が聞こえた。小悪党みたいな甲高い声が、琴線を揺らした。
『藤井カナトと『月』は手に入れた。もうお前らに用はない』
その声を知っている。知らないわけがない。毎日、脳内で再生されてしまうから。もう、それを好きだと認めざるを得ないところまで来ているから。
そんな声で、悪夢のような言葉を放つ。
『俺はタナト教団・新『序列・拾弐』。マグネだ! お前らを裏切って正解だったぜ!』
嫌だ。
「嘘だって、言ってよ…」
どうせ、いつもみたいに、ヘタクソなウソなんでしょ?
『ついでだからよ、俺の仲間にも伝えとくぜ。影使いの…シャドウ!』
「キシャ? 無線を使えばいいものを。バカなやつめ。所詮は使い捨ての駒か」
『仲間は一足先に撤退している。俺も目的を果たしたから、お前も捕まりたくなかったら早く帰ってくることだな。嘘だと思ってるやつらに…、おらぁ!!』
『いってえ!!』
『カナト君!!』
痛みの声と悲痛の声。まぎれもない、水無月ルナと藤井カナトだ。
『こいつらの無事を祈るなら、無駄な抵抗はよすんだな』
「…キシャ! 捨て石の癖にやるじゃないか。かつての仲間を無遠慮に傷つけられる畜生以下め」
影が濃くなる。
「キシャシャシャシャ!! じゃあ俺も、この娘を殺して帰るぜ!!!」
許さない。
脇谷トミヒコ。
私の、あんたに対するこの気持ちを返してよ!
ヨウコ先輩。
「こっちを向け、クズ男! お前を殺すかの!」
『妖狐』の威、お借りします。
「キシャ! 来ると思ったぜ!」
△△△
キシャシャシャシャ。
手を地面にやる『妖狐』。
俺は相手のエナジーの出力には誰よりも敏感だ。この女の微かな風も、簡単に分かった。
『妖狐』の炎ならなおさら気づける。
E地区で作った分身とは、わけが違うんだよ。
下から、突き上げるように紫炎を出すつもりだな。
それなら反応して、この風の娘にすべてなすりつけてやる。
そのわがままな炎で大事な仲間の命を燃やし尽くすんだな。キシャシャシャシャ!!
「キシャ?」
おかしい。
十秒経過。
攻撃が、こ、こない…?
それどころか。
小さな体躯が背丈を伸ばす。
それだけじゃない。
纏う衣服、髪、肌の質感、顔。あらゆるすべてが、狐が化けていたように…。
「サプライズ、なんだから!」
『妖狐』が別人へと変貌を遂げた。否、『妖狐』に擬態していた女が、元の姿に戻った。
「キ…キシャぁぁぁぁぁぁぁ!!???」
この俺が、今の今まで気づけなかっただと!?
「レッドフレーム2年・丸井マドカ! エナジー操作は学年2位なんだから!」
「ふざけるな!!」
「ヨウコ先輩が赤の枠組みに入れてくれた恩を、今ここで、返す!」
「キシャ!?」
「じゃあね、変態さん」
鋭い風が、手薄になっちまった『影枷』を切り裂き、流れるように、風の女が俺から器用に距離を取った。
直後。
大きな破壊力の予感が頭上にあった。
「ルナは誰にも渡さないっちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
『妖狐』と同じくらいの小柄の女。『Lv15』の女が、身の丈に合わない大槌を構え、レベルにそぐわないエナジー量を携えながら落ちて…。
「キシャ! 隙だらけなんだよ!」
相手をなめたような分かりやすい大振り。バカ以外はみんな避ける。
「『月光閃・月輪』。…貴様も他者に拘束される不快を味わうといい」
「キシャぁ!? こ、このクソガキぃぃぃ!!!!」
向けた刀身から顕現された光の輪が、俺の両足を束ねやがった。
キシャ! こんな微弱な光…。相性が悪くても…悪くても…。
「キシャ…こ、交渉をし…」
「出力最大。渾身の、『彗星強打』《メテオストライク》、っちゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「キシャぁぁぁぁぁぁ!!!!」
『影膜』。
寸前で止めた。
止めなければ、頭が破裂していた。
キシャ…。
ああ、ミサ…。
俺は…俺は…。
せめて、俺を化かしやがったこの女に!
『キシャ!! 影飛鎌!』
飛ばした影の刃は、化けていた女の首を捉えた。
なのに。
「『磁力発動・引』!」
「…脇谷!」
女の身体は、マグネ…脇谷トミヒコの腕に引き寄せられた。
「俺は飽田のクソよりも頭がいいからな! やいやい! 俺のこと下に見てた馬鹿どもぉ! この俺にまんまと騙されただろ!?」
「バカ野郎! これ俺の作戦だろうが! お前のもんにしてんじゃねえ!」
「ひぃ!? ヒビキさん! で、でも、ヒビキさんの作戦の8割は改変してるから実質俺の策でしょ!」
「バカ…本当にバカなんだから…」
「なっ!? 何泣いてんだ丸井! 鼻水が制服についてる!! 離れろ!」
「うっさい、バカ、死ね。もう…ホント死ね」
消えかかる影を突き刺す、16時の西日に照らされた二人を最後に、映る世界が影の内側に落ちた。
『マグネ』として裏切っていた脇谷トミヒコは、助けに来た紺野ヨウコ、それからゴウシとユウトに目を合わせず謝りました。
そのあと、轟ヒビキと水無月オボロと合流し、小便をちびりそうになりながら頭を下げました。
本来のヒビキの作戦は、教団側のはずの脇谷と共に奇襲し相手を動揺させる…ということでしたが、脇谷は相手が人質を取っているかもしれないことを懸念し、そして『カナトとルナを捕らえたフリをして放送する』という作戦に大幅改変。それが功を奏し、今回の逆転に繋がりました。
「ケケ! ヒビキさんは単細胞なんすよ。もっと、戦略の幅ってもんを考えましょうよ」
「裏切りもんが何言ってんだ? ぶち殺されてえか、ああ?」
「い、いえ、すんません」
「何笑ってんだよ、オボロ」
「いや、脇谷トミヒコと同意見だ。貴様の視野は路上の溝のように浅く、狭い。本当に度胸以外は何も持ち合わせてないな」
「お前らマジで覚えてろよ」
↑
ヒビキの作戦は、脇谷が生徒側に戻ってくることを前提にしていたので、オボロはその信頼関係を評価しています。素直に言えないので、毒を吐く結果になりましたが…。




