Lv55 陽光凱歌
ああ、なんだって私たちはこんなバカなこと…。
「ギターのアズキ!」
屋上に設置した特設ステージ。
西日たっぷりの15時過ぎの陽光。
魔物を音波で攻撃するくらいしか役に立たなかった、スキル『拡声』。それを今回、私は『伝達』という形で初めて使う準備をする。
さっきまで閉じ込められて疲れているはずの『主役』が、仲間たちを快活に紹介する。
「ベースのキナコ!」
金髪を光らせた男前な姉御肌。キナコが、スキル『調律』で彼女の声を通りやすくし、
「ドラムのワタ!」
ゆるふわ系の癒し。ドラム担当。スキル『風のエレメント』で、より多くの人間に声を届ける環境を整える。
怖い。
タナト教団の人たちが襲ってくるのもだけど、こんな非常事態にライブなんてやって、みんなに責められないか、それが特に怖い。テリヒメの提案だけど、加担する私たちだって同罪だ。逃げられない。
でも、誰も反対を言わない。
勇気を出して闘ったテリヒメを、誰も責められる道理がない。
それに。
私たちだって、私たちなりに闘いたい。
ずっとずっと、準備してきた文化祭を、あいつらの一瞬の暴力に壊されてたまるか!
「最後に、ボーカルは私、天王寺テリヒメ!」
彼女がいるだけで、あらゆる暗さが浄化され、腹の底から勇気が生まれる。
「死力を尽くすみんなへ、全霊を込めて歌います」
私らの『主役』でボーカルが、曲名を告げる。
「『陽光凱歌』」
△△△
~その30分前~
「貴様は、『最果ての豪傑』」
ほっほっほ。
儂もなかなか有名人じゃのう。
「儂にまで驚くとはのう。嬉しくて尿が漏れそうじゃい」
「我の軍で貴様を知らんものはおらん。『最果ての豪傑』・藤井豊子。『抗魔戦役』にて、レベリングなしで『Lv30』越えの我が同胞15人を単独で殺害したZ地区出身の怪物」
「もう藤井ではない、菱田じゃ。かわいらしい旦那と結婚したものでのう…。ほほ、お前こそ、儂らの代で知らん奴はおらんじゃろう。『人間殺しの獅子王』。永遠の巨悪」
この男、老いというものを知らんように、当時と何ら変わらん。見たところ身体能力も衰えておらんじゃろう。
「しかし、まあ」
と獣人の口元が歪む。
「貴様は愚かだ」
「ほう」
ふむ。
どう愚かか。黙って続きを聞こうではないか。
「老いた上に、古典的な『人間らしさ』などに執着した『Lv0』の枯木。だからこそ貴様はここで」
「ここで?」
「死ぬのだ」
獅子そのものの強靭な肉体が二足で跳ね、それは銃弾の如くこちらへと近づき、
「なぬ?」
「儂とて、ここで死すつもりは微塵もないわい」
鉛のように重い拳を数発、両手で受け流した。
「ほほ、相変わらず、魔物の習性のように単調じゃのう。前のめりな重心が丸見えじゃ」
獣人が距離を取った。
「儂ごときに警戒とは『獅子王』も落ちたのう」
「惜しいものだ、貴様の心さえレベリングをよしとしていれば、我の全力と渡り合えただろうに…」
「その役目は儂ではない」
時間稼ぎ、にはなっただろう。
もっとも、このボンクラのために一瞬でも命を張るとは、腹立たしいことこの上ないわい。
「かかっ! さすがは姉さんじゃっ!!」
頭上。
着地し、割り込んだのは、ただの儂の弟。
しかし、
「貴様は・・・貴様は!!!」
目の前の『Lv50』の『獅子王』にとっては、史上最悪の悪魔。
「おめえ、誰だっけ?」
藤井寿太郎。
「お前、どっかで見たことあるんじゃけどなぁー。姉さんの知り合いか?」
「藤井寿太郎!! 『魔物殺しの悪魔』!!」
儂の存在なんかよりもずっと取り乱しておるのは少しショックというものじゃが、こやつには効果覿面であろう。
「儂自身いろいろ言われてきたけど、その異名だけは初めてじゃのう。魔物たちが言うてたんか?」
「とぼけるな…。まあいい」
獣人が両手にエナジーを集中させると、筋肉が盛り上がるように両腕が肥大する。この状態で来られていたら儂の腕はちぎれていただろう。
「出力最大。獅子奮撃!」
しかし、この愚かな弟ならば。
「ほほう、速いではないか」
距離を詰める獣人に対し、弟は、
『剣閃・真一文字』
刀を抜いたままの勢いで、光のごとく振りぬき、獰猛な拳を受け流しながら、
「『剣閃・九十九』」
突き主体の連撃に移行した。
それに対抗すべく、
「『獣王無尽』」
獣人も器用に技を変える。
両者が放つ、連撃。
その一つ一つが、緻密で膨大。
区民がレベリングをしないZ地区では、頭上にレベルを抱えた者たちを『人外』と揶揄する。その者たちの『エナジー』の衝突。両者のそれは、その『人外』の中でも『人外』と呼ばれるほど、一挙手一投足に爆裂を生み出した。
それはまるで、幾万もの死者を生み出した『抗魔戦役』の再来。それをたった二つの命が再現している。
こやつらの周囲だけが災禍のように、技と技が炸裂し続ける…と思いきや。
「ぐっ!」
獣人が技を止めた。
「ほほ、やはり」
しわだらけの弟のしわがさらに深くなる。相変わらず気色の悪いガキじゃ。
「腕の切り傷は、さしづめ儂の弟子がつけたものじゃか。でもなんじゃ? その腹の打撲痕は? お前の身体を素手で傷つけるガキンチョがいたんか! 面白いやつもいたもんじゃい! ガハハハ!」
「グルルルル…」
図星を差されたのか、人間だった男はその魔物の姿らしく、目の前の忌むべき男を威嚇する。
「どうだ、獣人よ。儂から素晴らしい提案があるのじゃが」
「…なんだ?」
「今日のところは互いに引き上げる」
「っ!?」
「決闘はまた別日に決めるというのはどうじゃ?」
「我がそれを飲むとでも? 謀略、策略と華美な言葉で着飾り、嘘で闇討ちする汚い人間ごときの言葉を?」
「儂とて、そんなつまらんことはせん。日を改め万全になったお前でも、儂一人で十分じゃろうて。お手の一つも触れられんじゃろうに。中坊一人も満足に殺せぬ可愛いワンころよ」
瞬間。
獣の眼差しに宿る苛烈な殺意。
寿太郎め。お前は本当に口達者で、他者をいらだたせる達人じゃ。
じゃが。
「いいだろう、『魔物殺し』。貴様の言葉、それこそが死因にならねばいいがな」
「ふん。樹立じゃ。…お、そうそう」
弟が平手に拳の側面を打ち、視線を変える。
「樹立と言えば、あの樹はどうやって解けばいいんじゃ? …お?」
弟が問うとほぼ同時に、数本の大樹で構成された檻が崩れ、そこから体積以上の人間たちが、空間を瞬時に転移したかのように、間隔を開けて出てきた。
「弱き人間の小童め。収容よりも己の処置を優先したか」
獣は真下に転がった、血だらけの少年を一瞥し、鼻で笑う。
それはよいとして…
「テリヒメ!」
優美な黄昏色の髪がうなだれている。微かに感じる『太陽』の光。
「はぁ…はぁ…、トヨコさん…?」
まさか、周囲の人間を守るために、ずっとスキルを使っていたのか。
ほほ。
才能は元からじゃが、ふとましい根性がついたのう。
「お前は本当にいい子じゃ、よく頑張った」
レイナを愛でるように、この老骨の手で嬉しくないじゃろうが、
「えへへ…」
頭をゆっくり撫でてやった。
「ほーう。これが『太陽』の娘か! 儂ゃ初めて見たわい!」
じじいが興奮しおる。儂が見た時以上に。
「ほら、この悪いやつらから助けたのは儂じゃ! ご褒美に耳かきでもしてくれんかのう。雲のように柔らかそうな膝じゃ! こりゃ偉いベッピンさんじゃのう…ぐぇっ!!」
欲情で伸びる鼻の下に、怪力をお見舞いしてやった。
「そんなにしてほしいなら昔のように儂の膝に乗るがいい」
「鬼ばばぁのは要らんわい…」
目を回すバカじじいを横目に、「さて」と儂が言葉を継ぐ。
「もう、帰った方がよさそうじゃぞ? 『剣士隊』も『騎士隊』も『銃撃隊』の一部も、あと5分で着くじゃろうて。弟を含めた200人と命を取り合いたいか?」
「…虫のように集まる劣等種どもめ。滅ぶのは貴様らだ」
捨て台詞を吐き捨て、文明玉の阿呆が創った『転移石』で、獰猛な獣人が消えていく。
「わ…ワタクシたちも…」
下半身だけタコの男が樹の小童を足で捕まえ、同じように消えていく。
取り残された儂らのもとへ、
「テリヒメ!」
何やら陽気な女児たちが心配な面持ちで駆け寄った。
「心配したんだよ!」
「何もできなくてごめん!」
涙を浮かべる子たち。
「寿太郎」
「分かっとるわい」
儂らが口をはさむのは無粋というものであろう。
「みんな」
だが、
彼女らのうちの一人の言動。いや、奇行は、長生きした儂らとて、想像つかぬものだった。
「ライブ、始めよう!!」
『太陽』が、人差し指を天へと向けるように屋上へと差した。
彼女の仲間が困惑の色を見せる。しかし、そんなものはまるで相手にせず、
「せっかくの文化祭だよ! 全身全霊で、みんなにパワーを届けるんだよ!」
「だめだよ、こんなときに…」
「こんな時だからこそ、だよ! さあ、みんなで!!」
空気の読めぬその発言は、しかし、空に浮かぶたった一つの太陽のごとき光を纏う。
「テリヒメらしいな」
「そうだよね。私たち、いっぱい練習してきたもんね」
「大好きなカナト君に成長したところをたっぷり見せてあげないと、だもんねっ」
「そっ、そんなんじゃないんだからっ!! ほら、行くわよ!!」
顔を真っ赤にした『太陽』は、仲間を天へと続く外階段へ導いた。
「カナトも隅におけんのう」
愚弟が笑うが、こいつの言い分には少しだけ同感じゃ。
見ているか、司馬よ。
貴様はもう、この娘を『愚図』とは呼べんだろうよ。
その数分後。
学校の敷地すべてに響き渡る『陽光凱歌』は、遠目に見える、ローブを纏う邪悪以外を器用に包み込み、闘う者たちへ力を増強させた。
こういう、いい感じに空気読めないところも最高ですね、テリヒメ。
もうこの子が主人公でいいと思います。
「ふざけんな、三流作家」
「カナトくん、冗談だから」




