Lv53 膠着したゲーム
まずいな。
あの若草色の髪の人。
報告が本当なら、僕のスキルとは相性が悪いだろう。
そして…。
「っ! …無駄ですよ。この距離なら、拙者の『加重』が速いでしょう」
僕が一歩を踏み込むそぶりを見せただけで、反射的に右手をかざし、スキルの予備動作を見せる。
どうやら、E地区でのインターンシップの情報が共有されている。
「上杉ユウト、貴殿のスキルはさしづめ『高速化』といったところでしょうか。あるいは、強化系スキルの頂点の一つ・『神速』…これはあまり考えたくもありませんが」
「ゴウシ先輩」
「ああ、分かっている」
「僕は今回、無力かもしれません。すいません」
「お前が謝ることではない。現に、お前の存在が奴への牽制になっている」
廊下の一本道。
狭い室内で、スキル精度のミスを狙う。賭けにしては無謀というものだろう。あの男が失敗しても、トミヒコ先輩の『磁力』で近づけない、もしくは動きを縛られる。
今回は先輩に甘えるしかないか。
まあ、もっとも。
何もしないわけではないんだけどね。
「っ、無駄だ!」
投げた針を、『加重』で落とされる。胸元ではなく、顔を目掛けて投げれば、床に落ちる前に足くらいには当たってくれていただろうか。
「惜しいな。もう一本、投げてみようかな」
膠着したゲームになりそうだ。
△△△
拙者のすぐ後ろ。
そこを振り返り、奥の大教室に駆け込めば藤井カナトがいる。転移石を使って、使い捨ての脇谷トミヒコを学校に残し、任務完了のはずだが…。
くっ。
思った以上に、邪魔。
「そんなものか、トミヒコ!」
「うるせえ! 今日こそお前をぶっ潰してやる!」
岩を纏う少年の防御力。『加重』をかけるも、それをものともしない筋力。岩を纏う前提のスキルのためか、筋持久力の高い体質。多少の重みはもろともしない。
精度を上げて狙えば、頭部だけに『加重』をかけ、頚椎を折ることは容易だ。ピストルを使うことだって…。
しかし…。
本当の邪魔は、岩の少年ではない。
「へえ、スキルの発動時間、効果時間、予備動作はそんな感じか」
上杉ユウト。
あの少年の目からは、手慣れた殺意を感じる。
シャドウの情報によると、パニッシュ並の機動力を持つといわれる少年。少しでもあの殺意から目を逸らそうものならば、拙者の命はないものだと思っていいだろう。
ゆえに、集中できない。
不必要な殺しは、ボスの嫌うところ。
チェーン。
貴殿ならどうする。
『もしもーし』
その軽薄でだらしのない典型が耳に入り込んだのは、突如の出来事だった。
『だーれか聞こえるー』
「コンフュ!」
よりにもよって愚かなコンフュか。まあいいでしょう。
『あー、ウェイトー? あーたしいま、ちょー暇なんだけどー』
「生徒たちへ『粉』はバラまいたんでしょうね?」
『そーんなのとーっくの昔に終わったしー。だーかーら、帰っていーかーってきーてんのー。チェーンもターコもみーんな帰ったんでしょー?』
「どこにいるのですか!? 勝手に帰ることは許しません!」
『じゃーサボってないではーやくあーたしにおー仕事ふってよー。ていうかあーたしが相手したチューボーたち、へーぼすぎてはーなしにならなかったんだーけどー』
死に近い状況下にいることも知らず、相変わらずマイペースな小娘め。
しかし、チェーンもパニッシュも、オクトもツリーも帰還した今、辛うじて指示の通じる人員はこの娘しかいない。レオもシャドウも序列が上で我が強く、オーファンは背徳感に影響されやすい。
使うなら、この娘。
悲哀から目を背け、己の幸福のみを追求した哀れな女。
「第二校舎の三階。大教室」
愚かゆえに、単純な仕事を与えられる。指示役の目的など探りもせず、愚直に動いてくれる。
「藤井カナトを…」
飛んでくる針を『加重』で落としながら、この馬鹿にも分かるよう伝える。
「生徒が捕らえた藤井カナトを、引き取りなさい!」
さらに必要事項。
「そうすれば目的達成。貴殿は帰還してよし」
『あーとでざんぎょーとかナーシだからねー。てーじでかえるもーん、かえるげこげこー』
無線を切る。
もう少し。
任務完了まで、あと少し。
揃うのだ。
『太陽』と、そして『タナト』が。
「ははっ! よそ見」
にやりと笑った美少年の顔が近づく。両手の双剣の刃が首に…。
『月光』の刃が胴部を貫いたのと同じ、死の恐怖。
拙者が、ここで死ぬなど…。
「おっと…」
脇谷トミヒコが、スキル『磁力』で少年を一気に突き放す。
「なめんじゃねえよ、上杉!」
「やりますね、さすがはイエロースパークの策士」
「それはお情けで呼ばれた称号だ。ムカつくから二度と呼ぶな。…お前ら1年のことも、…殺したくてたまらねえんだよ」
「そうですか、残念です」
双剣を持ち直し、構える。
「僕はカナト君やルナさんとは違って、手加減できません。取り消すなら今の内ですよ」
「冷血自慢かよ。いいぜ、やってみろよ。クソッたれキザ野郎!」
遠征襲撃の日の学生らと言い、命のやり取りを心から楽しんでいるようにも見える。
この者たち、本当に中学生か。
△△△
「キシャシャ、嵐ミツキ! 『妖狐』! 苦しめ苦しめ! キシャシャシャシャ!」
「あなたは必ず、私がこの『風』で…ぐっ」
「どの風だぁ、どこに吹いてんだぁ、ああん?」
首にかかる大鎌の刃先が嵐さんに近づき、悪魔のような甲高い笑いが体育館に響く。見ているこちらが「ひっ」と声を出してしまうほどの殺意と嗜虐。
15時。
影の檻は、私たちの呼吸をゆっくりとむしばむ。
それに加えて、私はエナジーの消耗にも苦しむ。
もう、スキルが持たない。
ダメ。
でも、私がここでスキルを解いたら、『彼女』が死んじゃうかもしれない。
『彼女』だけじゃない。
騙された腹いせに、みんな殺されてしまうかもしれない。
大好きなヨウコ先輩だって、みんな…。
…。
脇谷。
あんたに見てほしくて、鍛えたんだよ。
カラオケで、あんたから話しかけてくれたの、すごく嬉しかった。
ずっとしつこかった、ブルーローズの時雨君。悪い人じゃなかったけど、何度もご飯誘ってきた。それを断ると、彼は冗談交じりに私のことをブスだとか色気がないとか言ったりして。
それが嫌で抵抗したかったけど、ヨウコ先輩に迷惑かけたくなくて、愛想笑いで誤魔化して来た。耐えてきた。
なのに。
バカだよ、あんた。
私があんたに助けてほしいって相談したこと、先輩たちに説明しなかったでしょ?
そのせいであんたは、イエロースパークから出て行って…。
私のちっぽけな尊厳まで守るなんて、本当にバカ。
そんな不器用、要らないんだから。
不器用で、バカで、他人の才能ばっかり気にして、…それでも、頑張ることを止めないあんたのことが、いつの間にか気になってて…。
あんたに振り向いてほしかったから…、私は…。




