Lv52 ふざけてんのかよ
『…! 待ってよ!』
血だらけの手、血だらけの身体。
『オイテイカナイデヨ』
△△△
また、わけのわからない夢だ。
俺ではない『自分』が、覚えのない記憶で生きている。『急成長』の発動中、発動前後に意識を失うと、いつもこうやって、勝手に俺の頭に割り込んでくる。
目覚めて数秒後。
今の時間が15時過ぎだということに、大教室の壁にかかった時計が示す。
「目覚めたか、藤井」
「お前は…」
声をかけたのは、増田アキフミ。顔を合わせたのは入学当初の試験以来だ。
「お前が藤井カナトか」
2年のバッチを付けた男子。それ以外にも3年のバッチを付けた先輩も近づく。
それ以外にも、何人もの生徒たちの視線が俺に集まる。50人くらいはいるだろうか。まるで、この場にいる人間全員が、たった一つの何かを待っていたかのように。
ヒリヒリとした感覚。
抉られた腹を見やると傷口がふさがっていた。多分、ルナが治癒をしてくれた。
それよりも気になることがあるが、これを後回しにしてでも聞きたいことがある。
「…、そうだ! リョウとルナはどこにいった?」
「あいつらは、先輩たちの救護に行った」
増田が答える。
「ほら、轟先輩や会長たちはタナト教団のやばい獣人にやられて…」
「嘘だろ…」
目を逸らす増田。
そんなわけないだろ。ヒビキさんたちが負けるなんてこと…。
「おい、増田! 急に黙んなよ! ヒビキさんや仮面野郎になんかあったのか!? ってことは、他のやつらも…飽田は!? テリヒメは!? ミツキは!? 望月や他のリーダー、生徒会のやつらも」
「落ち着け藤井!」
落ち着いていられるか。
少しずつ、落ち着かなくなる身体。抑えられなくなるのに、俺の手足は縛られている。
まさかこいつら、俺のことを『タナト教団』に引き渡すつもりか。
「黙れよ、藤井カナト」
口を開いたのは、3年の先輩。恰幅の広い筋肉質の男。ゴリラみたいに鼻の穴が大きく、眉毛が毛虫のように濃く伸びている。『Lv25』。
「あんたは関係ないだろ、早く助けな…ぐっ!?」
腹を蹴られた。
後ろで手を縛られ、足も縛られた無防備な『Lv1』の腹に、激痛が走り、
「うぅ…おぇ…!!!」
今日食べたクッキーのような吐しゃ物があふれ出す。
そんなのお構いなしに、目の前のゴリラに髪を掴まれた。
やべえ…
もう一発もらったら…
「お前のせいだろ!!!!!」
もう一発、腹にお見舞いされた。
「ぐあああっ!!!」
ああくそ。
意識が暗くならねえ。
周囲の目は、心配…ではなく…
「お前がいるから、俺たちは狙われたんだ!!」
「…何が…言いてえんだよ…先輩」
「まだわからんか!!!」
もう一発殴られた。
こいつは多分、俺が気絶しない程度に加減している。
次は、赤い液体が口から垂れた。
しかし、誰も心配の色を見せない。笑っている顔があった。睨んでいる顔があった。よくやったと、その目たちは言っていた。
「お前のせいで、お前が抵抗したせいで、…見ろ!!!」
髪を引かれ、向けられた視線。
2年の男子。
肩に、惨たらしくえぐられた傷跡。
「鎖を持った男にやられた。藤井カナトが抵抗するから、その報復として抉ったんだと」
その傷を抱えたまま、俺を睨む男。憎悪の炎を燃やし、こちらの心臓を凍てつかせるように。
「誰が伏せていいといった!!」
垂れた頭を地面に押さえつけられた。痛い。
「見ろ!! 現実を!!」
次はその頭を上に引かれる。
その視界。
「ふひっ…もう終わりなんだわ、あははははははは!!!!!」
「うっ、許して許して許して許して!!!!」
「ああ、母さん。父さん…僕は僕は僕はしーあわせだよー…えへはははは!!!」
頭を抱えながら半狂乱を起こす女子や男子たち。
「特殊な粉を操る女にやられた。感情を増幅するらしいスキルで、自分たちの罪の重さを知ってもらうとか言ってな。…遠征で使った物よりエナジーが濃いから、時間が経てば何らかの後遺症が出る」
知らなかった…では、済まされないんだろうな。
「お前のせいだ」
隣の2年が呪詛のように吐き捨てた。
薄々、気づいていた。
どうしてか、あいつらが俺を狙ってたせいで、他のやつらが傷ついたこと。知らないふりをして、見て見ぬふりをして俺は俺の正義を貫いた。
でも、それなら…。
「闘えよ」
「ああ?」
「闘えばよかったじゃねえか!!」
なんで、どうしてこいつらは、
「レベルがあるくせに、『Lv1』にリセットされないくせに。あんたらは何やってんだよ!!」
なんで抵抗しないんだよ!!
「俺のことさんざん見下してきたくせに、こういう緊急事態のときは縮こまんのかよ! エリートのA地区中学が聞いてあきれるぜ!」
「黙れ!」
胸倉を掴まれた。
「相手を殺すことに躊躇のない化け物め」
「はあ? 化け物? 急になに言って…」
「そうよ! 化け物!」
外野が騒ぎ始めた。
人を化け物扱いして、ざわめく周囲。
「お前、ずっと偽ってきたんだろ! 俺たちのこと騙して…」
何が何だか分からない。
俺が化け物だと? …バカげてる。
「こんなのが無くたって、いつでもレベルを上げられるんだろ?」
スライムの核。くそっ、取られてやがる。
意識のない間に奪われていた。
俺が1個に3時間かけて仕込んだ、残りの1つをゴミ屑のように握り潰すゴリラ顔。
「弱いフリして、いつでもレベルを上げられるんだろう? 俺らを殺せるんだろ?」
…粉。
こいつらがおかしくなってるのは、さっき言ってた、粉を操る女のせいか。
「お前の腹の風穴だって、お前が勝手に塞いだ。あれだけの大怪我を自力で、それも意識のない状態から」
「…はあ?」
何言ってんだ、このゴリラ。
「それは、ルナが『月のエレメント』で…」
「見たんだよ! この場にいる全員が!!」
周囲には、うなずく人間が何人か。
「水無月ルナは、何もしなかった。何もできなかった」
「ふざけんな! ルナはそんなやつじゃ…ぐっ」
また、馬鹿の一つ覚えみたいに腹を殴られた。
…。
俺が、そんなわけ…。
俺が、化け物?
ふざけてんのかよ。
「まあいい」
ゴリラが話を進める。
「連絡は済ませた。お前はこのまま拘束して、敵勢力に引き渡す。『太陽』に続いてお前が捕まる。それで丸く収まる。藤井カナト、お前が覚醒すれば、『獅子王』さんたちが止めてくれるしな」
こいつ、今、なんて…
「おい! 今なんつった!!? テリヒメが捕まったのかよ!? 誰に!? おい、言えよ、ゴリラ!! テリヒメはどうなって…ぐえっ!!!」
「うるせえよ、一年。お前はもう表舞台に出るな、化け物」
再び、腹を殴られた。
意識が飛びそうだった。なんならもういっそ、このまま飛ばしてほしかった。
息が、苦しい。
楽になりたい。
テリヒメ…。
△△△
「あれはやばい」
言葉通りだ。
『神器』があるとはいえ、レベル差、スキルの強度、戦闘能力、圧力。どこを比べてもまともに闘える相手ではなかった。
あれだけ勢いづいていたのに、情けないな、私は。
おかげでタコおじさんと植物くんを捕らえ損ねた。
「で、ワン公を目前に尻尾巻いて逃げた、ってか」
先に目覚めたのは、さすがというべきか轟ヒビキ。温室育ちのオボロ坊ちゃんとは違い、野生児らしい早めの覚醒。
「なんとでも言うがいい。勇敢なお前らには私にそれを言う権利がある」
「言わねえよ。俺らは束になって負けたんだからよ。あいつのポリシーだか上の意向だかがなけりゃ、俺らはとっくに死んでた。バカな立ち回りだ」
「珍しくお行儀が良いな。怖気づいたのか?」
「いいや、いいべんきょーになったね。次の期末はお前を超えて2位は固いな」
「ビリの常連がこれまた啖呵を切ったものだ。1位とは言わんのだな」
「この温室お面野郎には勝てねえよ。座学だけは譲ってやる」
謙虚なのか意地っ張りなのか、よくわからん男だ。
『スキル耐性』。
この男のスキルで、『獅子王』と呼ばれたあの獣人の技からオボロを守った。『魔物化』系統のスキルにも効果が適用されていたためか、その渾身の技を受けても目立った外傷はなく、建物への衝突で気絶、という軽症で済んだ。
「あ」
その怖いもの知らずの男が、歩いてくるその人物を指さし、
「へへ」
と悪だくみを思いついた男児のように歯茎を見せて笑った。
「オボロなんかよりも、飽田なんかよりも、おんもしれえやつがいるじゃねえか」
「…ふん」
私の想像が当たっていれば、この男、よもやまた面白いことを企んでいるな。
「お前も力貸せや、海崎」
「言うと思ったよ。愚か者め」
止まらない腹の震え。
やはりこの滅茶苦茶な男は、いつも退屈しないな。
『スキル耐性』で『獅子化』した分の攻撃力はいくらかカットできたけど、レオの素の実力が高すぎて、さすがに気絶しました。
加えて、レオも殺さないように手加減していたので、本気を出してたらヒビキの防いだ腕は確実に吹き飛んでました。
タナト教団の上から6人は単体でめちゃくちゃ強いので、これからどうなるんでしょうね…。
ヒビキは何か思いついてますけど…。




