Lv51 深淵
『青』のリーダー・海崎シアン。彼女のスキルこそ、彼女が学内最強チームのリーダーたる所以。
『神器』・『海神の魔槍』。
遥か昔、西洋の国に存在していた海神が持っていたとされる三叉槍。『最古の生物』の一体、破壊の巨獣・『タナト』に殺される前に、海神はその槍に己のスキルとエナジーの一部を注いだといわれる。
常人が持てば、その槍に理性を破壊され廃人と化すが、この娘は…
「ほらほらお二人さん、ボーとしてると殺しちゃうよ?」
「調子に乗るなよ! 『即成長!!』
その『神器』を我が物顔で振り回す。ツリーが、投げた種たちを一瞬で強化ワイヤーのような硬度の蔦にし、捕縛しようとするも、あっさりと『神器』で切り落とされる。蜘蛛の巣を手で掻き分ける幼児のような気軽さで、ツリーの全力を軽んじる。
多少、抑揚がハイになっているだけで、それ以外は何の影響もない。
スキルか。
この槍を手元に顕現し、使いこなすためだけのスキル。
妖刀や宝剣、『陽光宿し』などの『神器』は、特定の『スキル』がなければ使いこなせない。
なんという不運。
『太陽』の再会に転じ、このような災厄を呼び寄せることになるとは…。
ワタクシのような半端な『章魚化』とは違う。
この娘は、まるで『妖狐』の生き写しが『妖狐』の炎を操るかの如く、自由にその三叉槍を振るい…。
「…ああ、血が、血がぁぁぁぁ!!!」
貫かれたツリーの肩。
「お前! こんなことをして樹の檻の人質がどうなっても…うぁぁぁぁぁ!!」
「脅すなら、きちんと脅しなさい。ちびっこ」
肩を貫いた槍を上下左右にねじり、悲痛の叫び声を楽しむサディスト。
「助けて、タコ!! 助けてよ!!! …お母さん…」
敵前で涙を流し助けを乞う愚か者をよそに、本当の地獄はこれからであることを悟る。
伝承が誠ならば…。
「『八足超再生』!!!」
だからこそ、先手を打つ!
激痛をこらえ、切断された足を超速で生やす。
息を吸う。
「『八道・深淵染め』!」
体内の墨。常人相手ならば目くらましで吐き出すそれを、タコ足のエナジーに還元し、基礎の身体能力を一時的に底上げする。
それだけではない。
深海のように黒く染まる足は、少しでも触れれば墨を付着し、相手のエナジー出力を乱す。
凡人だったワタクシが生きるための奥義。
ワタクシの死に場所は、深淵ではない。
もっと浅く。
太陽の光が届く、浅き水面下。
水を掻け。
上に。
『おい、タコ』
『泳げよ、タコだろ?』
『気持ち悪い』
上に。
『粉まみれだ、えい、タコ焼き!』
『ちょっと八谷くん。粘液着いたんだけど』
『うわ、きっしょ』
上に。
『クズが! お前のおかげでうちの家は…!』
『あんたなんて産まなきゃよかった…!』
『おいあんた! あいつ溺れてたのになんで助けてくれなかったんだよ!』
上に。
こんな暗澹たる深淵を抱えたまま死するなど、許されんのだ!!!
「『八道・太陽求愛!」
さらに、黒く染まった足に粘液を混ぜ、虹色に変色させる。触れた瞬間に、エナジーを蝕み、やがて皮膚を溶かす。『太陽』の光のごとく、敵の身を消し去る奥義。
女の方へと伸ばす。一滴だけでいい。あの悪魔のような女へと触手を伸ばし、粘液を付着させれば勝機はある。
伸ばした触手。
「紙一重…だったな」
邪悪と形容するにふさわしい笑み。
『タナト教団』に入り、文字通り血反吐を吐き続けた毎日を送った地獄を、その横なぎがあっさりと否定した。弾いた粘液の飛沫は、三叉槍が持つ強力な『水のエレメント』で防がれる。放った奥義は、一矢も報えぬ結果と化した。
「このまま勝ってしまうのは悪いから、説明してあげよう」
慈悲ではない。ワタクシを簡単に絶命の深淵に落とさない。この恐怖をさらに具体化するための説明。無慈悲。
「お察しの通り、私のスキルは『武器適正・海神の魔槍』。その名の通り、海神様の『神器』を使えるようにするためのスキル。天の神様には感謝したいが、最初から自由に振るえたわけではない。それ相応のエナジーと生命力を要求される。レベリング式典の日から半年ほどは、顕現して握っただけで、糞尿を垂らして気絶していたよ」
高揚のままに長々と口を動かす悪魔。
「その羞恥と屈辱を乗り越え、3年生となった私はこれをものにした。青薔薇の存在ような奇跡をものにし、青き規律のリーダーとなったわけだよ」
「華々しい…とでも称賛すれば見逃していただけますかな…」
息の浅くなったツリー同様、次第にワタクシも呼吸が困難になる。
「殺しはしないさ。おデブなお仲間さんのように拘束するだけだ。ただ、殺してしまっていたかもな。この槍のスキルで…ふふ、物知りのあなたには説明は要らなかったかな」
『海神の魔槍』に宿された海神のスキルは3つ。
そのうちの1つ、『深海夢想』。刃先に触れたものに、まるで海中に閉じ込められたような、激しい幻覚を与える。半身がタコでなければ、今頃、ワタクシの肺は勝手に地上で活動を止めていた。
「水と相性のいいあなたたちでなければ、死んでいただろうな」
それを笑いながら語る少女。
「もしもし、ユミコ」
そして、端末を開き、仲間に連絡する。
「タナト教団の二人、捕まえたよ。私単体でやれたってことは、多分、下位の人たちかな?」
このサディスト。
下位の部分を強調し、女子中学生ながらその端麗な美顔を悪魔のようにゆがめ、3つの内のスキルの1つを使い、ワタクシたちを拘束した。
「樹の檻の解き方も尋問しなければだし、やりがいしかないな。…ふん、ユミコには言われたくないな。お前も大概、人の心なんかないくせに」
晴天の下の悪魔。
上に傾きかけた日常は、再び深淵に引き戻される。




