Lv46 邪魔者
体育館に大きな影の帳がかかる。
E地区で見たものと同じだけど、強度というか、闇の濃さが段違いに感じる。
体育館付近の見回りは確か。
「ミツキ…」
急がねえと。
影に触れられる距離までたどり着く。
「ルナ」
「はい!」
隣のチームメイトに呼びかける。言われずとも、ルナは錫杖を構え光を溜めていた。
でも。
「させねえよ!」
割り込んだのは、見覚えのある鎖。
先端には、見覚えのある刃物。
リーチを補う鎖に付けられた小さな刃物、…それは、麻痺。
防御…間に合わない。
腹に当たる。当たってしまう。
「『月光壁!』」
間一髪、ルナのスキルで鎖は弾かれ、俺は命中を逃れた。
「大当たりだな」
ローブをまとったスキンヘッドの男。ガラの悪そうな顔。
俺と飽田を襲った男。『Lv32』になっている。
「久しぶりだな、『Lv1』の…藤井カナト」
「お前は…」
「チェーン。ああそうか、お前あの時いなかったもんな」
スキンヘッド…チェーンと名乗った男は鎖を手元に戻しながら笑う。鎖の本数は6本。
そして、その隣には…。
「でも、こいつのことは覚えてるだろ? オクトと一緒に世話になったもんな」
身体に余計な力が入るのを必死でこらえる。弛緩しろ。冷静に。落ち着け。
「急成長のお兄さんだ!! 会えてうれしいよ!!」
キンキンと甲高い声を鳴らす小さなガキ。乱れた金髪のガキ。
忘れもしない、あの蒼い雷。
「ねえねえ! 早くお兄さんとビリンビリンしたいな! ねっ! いいでしょ!! チェーン!」
ガキらしく、その場を飛び跳ねて意見を主張する『Lv18』。
「ああ、殺すなよ」
「殺さないってば! 前から言ってるでしょ? このお兄さんは生け捕りにして、僕と永遠にバチバチにやり合うんだから!!」
「ふん、信じるぞ。レベリングして3日で『序列・肆』になった、11歳の化け物」
「ジョレツとかハイカとかよく分かんないけど、チェーンは邪魔しないでね? …お兄さん、早くしてよ」
「なっ…!」
こいつ。
俺の『急成長』を待ってやがる。
待つ余裕があるということ。酔狂で俺と闘うということ。
俺が負けたら、次の標的は…。チェーンは頭脳派。俺たちの闘いを観戦なんてせず、真っ先にもう一人を襲う。『月』を奪う。
あのガキと闘いながら、ルナを守らないといけない。
…クソ。
鎮まれ…。
落ち着け…。
闘うか。いったん退くか。
交渉するか。飽田のクソ野郎みたいに、言葉を使って…いや、雷のガキには通じないし、あのまともなチェーン相手に俺の拙い話術が通用するわけがない。
ダメだ。
どうしたって、戦闘を避けられない。
どうすれば守れる。
チクショウ!
ルナを守らせてくれって、仮面野郎に豪語したくせに…俺ってやつは…!
「闘いながら!!!」
裏返った叫び声。
俺の少し後ろの、月光色の髪がなびいた。
「闘いながら逃げましょう! カナト君!」
「ルナ…」
「さっきの放送が本当なら、『タナト教団』の狙いは私たちです! 私の『月』とカナト君の『急成長』で逃げ切って、先輩や先生たちに匿ってもらいましょう!」
臆病な『月』が笑った。
誰よりも臆病なくせに、笑って見せた。
「『月光壁』!」
自分と俺を包んだ月光の壁。その強度は…
「面白いお月様だ。次は6本で突き破ってみるか」
「はあ!? 邪魔しないでよ! ぶっ殺すよ?」
全力で振るわれた鎖と、すさまじい音を立てる蒼い雷光を物ともしない。
「お、鬼さんたち、こちらです! あっかんべーです!!」
小さな少女は、ぎこちなく舌を出して虚勢を張り、
「行きましょう、カナト君!」
俺の手首をつかみ、並走を促した。
「こちらチェーン。藤井カナトと『月』、逃走中。『月』の障壁によりパニッシュの攻撃も無効化。『囲い込み』に作戦変更を求む」
「えんくろ…」
どっかで聞いた単語だ。意味は、ええと、なんだっけか。
「エンクロージャー…直訳するなら囲い込みという意味でしょうか。相手は援軍を呼んで周囲から攻撃してくるかもしれません!」
「そ、そうだな! 俺もそう思ってた!」
そういうことなら。
懐に入れたスライムの核を砕く。
『急成長』…『Lv40』。
『機動力全振り成長』を発動!
「全速力で逃げるぜ! バリア解くなよ!」
「きゃっ!? え、か、カナト君!?」
ルナを抱きかかえる。
嫌われるかもしれないが、状況が状況だ。
追っ手を置き去りにできた。これがレベルの暴力!
「どうだ思い知ったか!」
「すごいよ! お兄さん!! 『Lv40』になれたなんて!」
「なっ!?」
こいつ、俺の渾身のスピードに平気で追いつきやがった。『雷のエレメント』は風と同じで速度重視のエレメントらしいけど、こいつの蒼い雷は、そんなのを簡単に凌駕してきやがる。
「僕も本気を出さないとだね…! ビリンビリンの、バッチンバッチンだよ!!」
「パニッシュ! 殺すなよ!!」
味方の忠告など聞きいれることなく、手足の身にまとっていた蒼雷を全身に纏った。
「一気に打ち砕いちゃうよ!!」
視界も、音も、すべてを置き去りにする『雷撃』が、『月光壁』に衝突し、
「あっ…」
あれだけ強固だった『月』が、粉々に砕け散った。
「やっと破れたね。…お姉さん邪魔だから、消えてね!」
「殺すなよ、パニッシュ!」
音速…いや、雷速とでもいうべきか。
最高硬度の防御を誇る『月のエレメント』。それを打ち砕いた蒼雷が、片手に凝縮される。
「あっ…、あっ…」
突如として迫りくる死に、立ち上がるのがやっとの様子のルナの胸元を、武道の貫手の形を作った右手で…
「ルナ!!」
俺が助け…
レベルが、1に戻った。
虚無へと消え去るエナジー。それに伴い、戦意という戦意がしぼんでいく。
「ルナ!!」
また『急成長』できるまで、時間を…稼がないと…。
無力な俺は、声を出すことしかできなくなった。
「ルナ!!!!! 逃げろ!!!!」
死ぬな。
優しい顔が、弱さが、俺の日常から消える。
水無月ルナが、死ぬ。
無駄だった。
俺で何とかするって、うぬぼれていた。
一緒にいたリサさんと別行動をしなかったら変わっていただろうか。
いや、変わらない。
このガキが強すぎたんだ。
むしろ、リサさんがいたら一緒に死んでいたかもしれない。
…。
不幸中の幸い?
ふざけんな。
ルナは、ルナは、もう…
せっかく仲良くなれたのに。
守るって誓ったのに…!
逸らして閉じた目。開けられない。顔もむけられない。瞼の裏の暗闇で聞こえる音すらも聞きたくない。すべてを遮断したい。
せわしない鼓動。
暴れる心臓が促す衝動。
腰の短刀を抜く。金属の峰の冷たさが首に伝わる。
こいつらは俺が目当てなんだろ?
じゃあ、ここで、自分で首を切って死んでやる。
イージスになんて…イージスになんてならなくて、いい…いいんだ、もう…。
衝突した。
すさまじく甲高い音がした。
「また邪魔者だよっ!! もう!!」
甲高い音…。ガキの甲高い癇癪。いや違う、一瞬前、肉を貫いた音とは思えない高さの音。
それは、冷気を最大限に固めた『氷』の衝突のような…
「はあ…」
開けた目の先。無傷のルナの前に立つ男。何度も見てきたそのムカつく顔。
「なにボケっと突っ立ってんだ、バカカナト」
すさまじい冷気を纏った剣士。
「リョウ…!」
そいつはいつだって、いつも通り、俺のことを軽々と見下した。
「遊びじゃねえんだ。さっさと片付けるぞ」
剣を構える滝本リョウ。
「わかってるっての、クソッたれ」
また俺を弱い者扱いしやがって。
「あと何分だ? 『急成長』できるのは」
「体感2分…」
「余裕だな。雑魚のお前のために時間を稼いでやる。だからせめて、俺の邪魔をするなよ」
強くてムカつく野郎がまた、笑いやがった。
信じるとか、信じられないとか、そんな次元じゃない。
こいつはいつも、俺が必死で乗り越えようとしている困難を、平然と、日常茶飯事みたいにぶち壊す。
ああ、くそ。
だっせえとこ、一番見られたくねえやつに見られた。
「この2分間だけは、負けを認めてやるよ!!」
投げナイフを構える手に力を取り戻した。
「せいぜい俺を引き立てるために時間稼ぎやがれ! 腐れ縁!」
カナトの弱点は『急成長』発動後のインターバルです。
カナト自身の努力で徐々に縮んではいますが、それでも2~3分はかかります。




