Lv38 守りたい
「帰れ。そして、もう来るな」
訓練に顔を出し、秒で突き放された。
兄様は未だ満身創痍で、肉体だけは万全な私を『使えない』と判断した。
「先のK地区での愚行は望月から聞いた。もっとも、何の『愚行』もしなかっただろうがな」
ウサミちゃんは悪くない。正直に報告するのが『月』の家系のルール。血縁の絆を固く結ぶための決まり。私的な偽りは光を鈍らせる。
「『月』を持ちながら半端な治癒に半端な防御。お前は戦場に立つ器ではない。消えよ」
「はい。兄様。愚かで臆病な妹で、申し訳ありません」
「要らぬ言葉だ。疾く消えよ」
「オボロ君、それはちょっと言いすぎなんじゃ…」
控えめに口出ししてくれる鍵先輩の声。
グラウンドの頭上に浮かぶ曇天。その黒々とした分厚い雲から、今にも降り出しそうな豪雨。
私は、何も食い下がることもできないまま…
「待てよ!!」
声が割り込んだ。入り込んだ。
「仮面野郎!」
「今は仮面をしていないが?」
「そうだった…じゃなくて!」
不躾に、兄様の前に現れた『Lv1』。遠征の日と同じく、『Lv45』の兄様に近づく。
「ふ、藤井カナト! 君、またオボロ君に突っかかって…!」
「構わん、鍵。…言い分だけは聞いてやる」
構える鍵先輩を後ろに下げ、「文句があるのだろう、疾く言うがいい」と、松葉杖を突いたまま、しかし息遣いは微かに、臨戦態勢で迎え撃つようだった。
「それとも、また暴れたいのなら相手をしよう。この杖と健在な片足で」
藤井君…。
彼はきっと、また兄様と闘う。
そして次もまた、私は彼に手を差し伸べる勇気があるだろうか。弾かれない自信があるだろうか。『お荷物』だった私の手を、受け入れてくれるだろうか。
「み…水無月、…会長」
夢でも見ているかのようだった。
「お願いだ」
一触即発だった空気を自ら鎮めるように、兄様を睨む『Lv1』の頭は、深々と、重みを帯びたように下へと沈んだ。
その姿勢のまま、彼は言った。
「俺には、ルナが必要なんだ。だから、ルナのことも戦力に入れてくれ。…ください…」
拳に力を入れていた。
その手は、私のために握られていた。震えてくれた。
「必要なんです! お願いします!!」
再び、次は訴えるように大声で。
必要。
彼は確かに、言った。
余計な期待に、胸が躍ってしまいそうになる。
ああ、どうしてだろう。
せっかく、司祭玉様の婚姻を受け入れたのに。
誰かに影響されるがままの、受け身の人生を生きていくつもりだったのに。
「こいつはどうしようもない愚妹だが、仮にも我が水無月家で重宝する『月』。1000年に一度の『月』。この国の国玉、時にはイージスと同等の価値を持つ。それを理解した上での発言か? 藤井カナト」
「ああ、そうだ。だから俺は一秒でも早く強くなって、ルナの責任を背負いたい。必要だと思われたい。対等になりたい。一緒に前線に立ちたい。だからお願いします。俺に、妹さんを守らせてください。俺に、妹さんの力を貸してください」
彼の声は、彼の言葉は、彼の即答は、私の絶望への決心を邪魔する。
這い上がりたいと思わせてくる。
苦しいことばっかりなのに。
逃げたいことばっかりなのに。
心が、熱くなってくる。
身体が、いてもたってもいられなくなる。
エナジーを…、私にしかない『月』のエナジーを、錫杖の先に集め、
「『月光壁!!!』」
最大限の技を空に向かって撃ちだした。
『Lv10』の私にできる出力は、ちょうどこの学校の敷地内だった。
「お、おいおい!」
「急にどうした!?」
ブルーローズやレッドフレームの先輩たち、イエロースパークの先輩たちも私の奇行に驚いている。
ごめんなさい。
でも、今は。
「兄様!!」
足元しか映らなかった目線は、目を合わせるのが怖くてたまらない相手の目を自然と捉えた。
一時の高揚か。とにかく今は、怖くなかった。
「私が、『月のエレメント』を持つ私が、カナト君を…みんなを守ります! だから。私からもお願いします! 私を、カナト君たちと対等にさせてください」
すると兄様は私から目線を外し、
「大城」
と、副会長を呼んだ。
「はいはい、会長」と、呼ばれた大城副会長が突如、固定機銃を天に向け私の『月光壁』にの天井に向かって乱射した。
「エナジー出力最大。それでもって、きれいなお月様ね。彼女の内側と同じ、健気な光よ?」
無傷の障壁を見上げ、お手上げと言わんばかりに両手を挙げて笑った。
そして、兄様は何を考えているか読めない流し目で、次は校舎側を向き、
「勝手にしろ」
とだけ言い残し、遠くへ歩いて行った。
「あら、妹とこの勇敢なボーイの健闘に対してそれだけ?」
「これから検査の予定だ。大城、鍵。あとの時間は頼んだぞ」
「はあ、相変わらずの不器用さんね」
と大城副会長が私たち兄妹を交互に見やった。
「ルナ!」
カナト君が顔を上げた。目元が赤くなっている。
「やったな、ルナ! …ってなんだよみんなして!?」
カナト君の周辺には生徒会、学内3チームの面々が近くに立ち、彼の隣には、
「いつでも俺の氷で止められるからな。下手な真似はするな」
「もう、カナト! あんまりびっくりさせないでよ! 心臓に悪いんだから…」
滝本君や嵐さん、
「っはは! 一人の弱小がこんなに輪を作っちまったよ」
飽田先輩がいて、
「あんたのせいでルナの立場が崩れたらどうすんのよ!」
私の隣には、テリヒメちゃんがいた。
遠征のときみたいに、誰もがカナト君を見て各々の感想を述べるけど、その誰もが、遠征のときとは真逆の態度だった。
「うっせえなお前ら! 俺への信用なさすぎだろ!」
きょろきょろと、多方面からのからかいや叱責に反撃を頑張るカナト君。
「つーかお前ら、俺がいなかったらあの仮面野郎に反論できなかったくせに」
「はいはい」
「ミツキ! その顔やめろ! それが一番傷つくから!」
「つぎ出しゃばったら叩き斬るからな」
「俺の幼馴染はクソしかいねえのか!」
「っはは! カナトのくせに、いい友達に囲まれてんじゃねえか」
「ていうか、前に私にも必要とか言っといて。たまには一人の力で何とかしてみなさいよ!」
「んだとバカ『太陽』! …いいぜ、みーんなでかかって来いよ! 俺の絶賛急成長中の新スタイル、見せてやるぜ! …なあ、ルナ!」
無邪気な『Lv1』が、私に笑いかけた。
「見てろよ! お前も俺を頼らざるを得なくなって…って、おい!」
血の気がサッと、抜ける。
「おい! ルナ!」
「ちょっとカナト、あんまり揺らさないで! 単なるエナジー切れよ。運んであげましょう」
テリヒメちゃんの言う通り、エナジーを使いすぎたようだ。
視界が真っ暗になる。
こんなにエナジーを使ったのは初めてだ。実家での修練や、先日の『退魔祭』の『祈祷』でもここまで消耗しなかったのに。
息苦しくて、気持ち悪い。
でも、悪い気はしなかった。
勇気を出して、力を振り絞って、それで駆け寄ってくれる人がいて…。
もっと、頑張りたい。
私もカナト君みたいに、強くなりたい。
「おい、ルナ! すぐに保健室連れて行ってやるからな! 『盗賊成長』で即搬送だ!」
「目覚めのキッスでもしてやれよ、王子様」
「ふっざけんなクソ飽田! い、今そんな下らねえこと言ってんじゃねえ!」
「うわ、耳真っ赤。きもっ」
「うるせえ! バカ『太陽』!」
カナト君と対等になりたい。
次は私が、カナト君を…
守りたい。
カナトが大人になってる。。。
急成長、ですね。




