Lv37 ロック・アンド・アンロック
「おはよう」
感情が出にくい顔。よく知ってる女の子が上からのぞき込む。僕が大切にしていて、僕を大切に思ってくれている女の子。
「ここ、どこ?」
見知らぬ天井…いや、知ってるけど、どうしてここで寝てたんだっけか。
すぐに思い出した。
「カケル、なかなか目覚めないから心配で来ちゃった。来て正解だった。2人っきりになれたし」
「サイハ…うおっ!?」
「心配だったよ」
感情の波を感じ取れない声は、かすかに震えている。僕のために震えてくれている。
抱きしめた身体もまた、小さく震えている。
「あら、お邪魔だったかしら」
「うわあ!! お、大城副会長!? ノックぐらいしてくれよ!」
「ごめんなさいね。私、一度はこういったドッキリしてみたかったの」
△△△
「じゃあね~、カケル監査の甘い恋人」
艶やかに手を振る大城ユミコに、サイハは目を背けながら小さく手を振り返し、控えめにドアを開けて出ていった。
僕に向き直る。
「単刀直入にだけど、事実はあの報告書通りでよかったのかしら?」
「うん、相違ないよ」
どうやら、丸2日が経っていたらしい。
スキルを酷使したからだ。僕のスキル『施錠・解錠』は、個体はもちろん、液体や気体、光などにも干渉できる。
しかし、スキルの対象が曖昧なものであればあるほど、スキルを掛けるのに時間を要するし、エナジーと肉体の消耗も激しくなる。今回は、それが顕著に表れた。学校中の問題になりかけた。
精神干渉。
刑事にうちの生徒会を通して派遣され、僕はE地区の拘留場へ向かった。
E地区で捕らえた襲撃犯の一人。取調室での尋問。
土浦ミドロ。
あの巨漢。『マッド』と呼ばれた男の閉ざした心を『解錠』した。
「ふふん、上出来。やつらの尻尾を掴む大きな収穫。あなたはやっぱり優等生ね」
「だからそんなタマじゃないってば」
偶然、僕のスキルが警察の要望に応えただけだ。もし同じスキルをオボロ君やこの副会長が持っていたなら、丸2日もグーすか寝てない。
そうやって2人は僕のことを高く買っている…いや、強者の余裕からくる弱者への世辞だ。組織運営を考えて、僕のモチベーションを損なわないように配慮してくれてるだけ。
「それにしても、驚く事柄が多すぎるわね」
「うん。土浦ミドロ。彼がある組織の『序列・拾弐』の配下。…『タナト教団』の一員だった」
タナト教団。
反社会勢力の過激派集団で、レベリング式典時に中学を襲ったり、『抗魔大祭』の日に襲撃予告を行い、千人規模で襲撃するなどの反社会的活動を行ったことで全国的な脅威となった派閥。
『最古の異生物』の一体にして最恐の魔物…破壊の巨獣・『タナト』の文字を冠した悪趣味なテロ集団は、15年前に解体されたといわれているが…。
「あとは、あのヘビちゃんね」
蛇塚ウロコ。
一年前、前生徒会長の滝本先輩を殺した張本人。学校に序列があったころ、学内最強である『ナンバー1』の滝本先輩と並び、『ナンバー0』…裏の最強と呼ばれた最低最悪の男。
今ではその男は、中学という小さな箱を超え、タナト教団という物騒な集団においても『序列・零』であることが判明した。
「登龍門を通過したってことね。本当に、なっちゃった」
彼女も、あいつを見た人間だ。こんな時に冗談は言わないだろう。
あいつは、『龍』になった。
『最古の異生物』の一体。
『タナト』と並ぶ、伝説にして凶悪な魔物。あいつは、それに成ってしまった。
「弟の弱体化弾を撃ち込んだけど、いつまでもつかしらね」
いつもおどける彼女の顔が少し曇る。
△△△
「今日はゆっくり寝てるのよ。オボロとあなたが休んだ分の激務は、私がやってあげるから」
「本当に申し訳ない」
僕は戦闘向きではないので、せめて事務で貢献したかったのだが、このざまだ。中学生ながら国家直属の撃退組織『銃撃隊』にも所属している激務な彼女には、少しでも楽をしてほしかったのだが。
出口の前に立ち、再び僕に振り返る彼女。
「あ、そうそう。カケルくん」
「なんだい?」
嫌な予感がした。
「あなた、『施錠』してるでしょ?」
刺すような目つき、とはまさにこのことか。
冷徹そのものの眼差しで、彼女が続ける。
「報告書に書かれた情報。タナト教団、蛇塚ウロコ、…そして、この学校に潜む内通者。彼、あるいは彼女に『施錠』を発動した。いや、まだ発動している」
「何を言っているか分からないな。タナト教団、欠番の『序列・惨』。それのことかい? それが僕らの学校にいるなんて、あのデブがきっと適当こいてるだけだよ。彼は『序列・拾弐』。末端だっていうじゃないか。『下位六配下』の下。下の下の彼は正しい情報なんて知らされてないだろ? ただでさえ、『太陽』の推し活に忙しかったみたいなんだから」
「よくしゃべるのね」
「別に、普通だろ? 僕なんかにカマかけたって意味ないよ。君たちにすぐに殺されるのが関の山だ。強い悪役には向いてない。善人側の脇役だ」
「自分で善人って言っちゃうのね。すごく面白い」
藍色の闇が、鋭い陽光を奪い去っていく。電灯をつけなければ部屋はほとんど真っ暗なことに今気づいた。
「それに、カケル君にしては少し男らしい目つき」
「それも、普通だろ?」
「…まあいいわ」
開いた窓から吹く風が、彼女の長い髪をなびかせる。
しばらく僕の目を見たのち、
「お大事にね、大切な学友くん」
背を向けたまま手を振り、彼女は今度こそ部屋をあとにした。




